破裂…再会の円舞、あやめの傷

29 2つの特急― 陰陽寮、緊急連絡!

 浜松・鍛治町での騒乱と同じころ――


 PM 9:10

 大阪府千林せんばやし駅付近

 出町柳でまちやなぎ行き京阪特急

 


 大阪と京都を結ぶ京阪本線。

 清水寺や祇園へのアクセスに便利な私鉄だ。

 寝静まった大阪の住宅街を、鳩マークを掲げて走り抜ける特急電車。

 全ての席が新幹線のようなクロスシートで、二階建て車両も連結しているが、特別料金はいらない。

 座席もフカフカ、贅沢な電車である。


 そんな二階建て車両の上階席に、八咫鞍馬の最高幹部、山本五郎左衛門が付き人と一緒に乗っていた。

 船場で行われた、大阪支部の会合の帰りだった。


 ピリリ…と鳴り響く、安っぽい着信音。

 山本が懐から取り出した、古い二つ折り携帯電話― いわゆるガラケー。


 その画面を確認すると、山本はボタンを押して携帯電話を懐にしまった。

 しかし、それはマナーだからではないし、そもそも彼が押したのは、通話ボタンである。


 この携帯電話、実は妖怪世界での連絡も併用できる特殊な機器。

 通話ボタンを押したまま、電話を切ると、相手との会話を頭の中で行うことができるのである。


 つまり、山本は今、人間に悟られることなく、電車の中で堂々と電話をしているというわけ。


 《私だ》

 〈六条です!〉


 相手は、浜松で捜査中の六条咲久弥。

 脳内に響く、慌てた声にただ事ではないと感じ取る山本だったが、冷静さを保ちながら、六条に質問を返した。


 《なにがあった?》

 〈浜松に藤井薫が現れました!〉


 藤井薫。

 

 聞きたくなかった名前に目頭を押さえつつ、山本は質問をつづけた。


 《それで、今の状況は?》

 〈市内で捜査中のノクターン探偵社一行を襲撃。 その際、商業施設駐車場で両儀式地雷を使用したとのことです〉

 《両儀だと!? ……で、被害は?》

 〈駐車場内の車数十台が大破しましたが、死傷者はいません。

  現在、トクハンと県警が、奴を浜松駅近くの繁華街に追い込んでます〉


 両儀式地雷。

 それが、禁忌の技であることは彼が一番よく知っている。


 《やはり、奴の狙いは姉ヶ崎か》

 〈現段階での断定は尚早ですが、恐らくは……〉

 《わかった。

  君はそのまま、情報を集めてくれ》

 〈了解〉


 通話を終えると、聴覚は脳内の声をかき消し、規則正しい電車の走行音を拾い始めた。

 組織というブレーキで、ギリギリのところを暴走せずに済んでいた藤井。

 彼は破門され、今、しがらみなく愚連隊を動かしていると聞いていた。


 姉ヶ崎あやめの帰国が、まさか、このような事態まで引き起こすとは……。

 山本は複雑な険しい表情を浮かべた。


 「どうかなさいましたか?」

 漆黒の窓ガラスに浮かぶ彼の顔。

 それに気づいた付き人に、山本は唸った。


 「厄介なことになったよ、谷崎君。

  二両編成の電車を探し出すだけじゃあ、事は済まなくなったようだ。

  大至急、幹部達を無鄰菴に集めてくれ。

  それと、枚方市駅に車を一台」

 「承知しました」


 ■


 PM 9:14


 JR東京駅

 東北新幹線ホーム


 東京から東日本を縦貫し、遠く北海道・函館までを結ぶ大動脈、東北新幹線。

 新函館北斗駅を発ち、約3時間の旅を経て「はやぶさ」号はようやく、首都東京の土を踏んだ。


 「東京、東京です。ご乗車ありがとうございました――」


 鮮やかな緑色をまとった、細長い鼻のE5系新型車両。

 開かれたドアから降り立ったのは、スーツを身にまとった、仕事モードの水瀬美月。

 ワイシャツからこぼれる、たわわな胸を揺らしながら、アナウンスの流れるホームを颯爽と抜けていく。 


 彼女の持つ特殊携帯電話にも、着信が入った。

 2000年代に流行したスライド式の旧式携帯電話。


 相手は山本五郎左衛門。

 水瀬はそのまま、着信ボタンを押すと、電話を耳へ。


 「私です」

 《山本だ。 今、遠野か?》

 「いえ。

  ケサランパサランの事後処理を終えて、東京に戻ったところです」

 《そうか……急で悪いが、大至急、無鄰菴に来てくれ。

  緊急会議を開く》


 突然のお願いにも、彼女は足を止めない。

 肩と頬の間に電話を挟みながら、ICカードを改札機に当てて通り過ぎる。


 「生憎ですが、本日は南青山の別邸に――」

 《藤井が現れた。 そう言えば、分かるかね?

  しかも、姉ヶ崎あやめの前に、だ》


 藤井。

 

 彼女も、その苗字に足を止めた。


 改札の方を振り返る。

 降ってもいないのに、雨の音がしてきた。

 そして、視界から唐突に消える乗客。

 文字が途絶えた行先表示盤。

 改札機の向こう、暗闇の中には――!!


 《水瀬、どうした?》 


 山本の声で我に返ると、そこには雑踏の改札が広がるだけ。

 不覚にも、フラッシュバックしてしまったようだと、水瀬は寂しく失笑してしまった。


 「いえ……分かりました。

  妖怪自動車でそちらに向かいますので、転送線の確保だけ、お願いしますね」


 電話を切ると、急ぎ足で駅出口を目指す。

 改札を出て丸の内側。

 2012年に本来のドーム屋根姿へと復元された、赤レンガの荘厳な駅舎。

 そこから出てきた水瀬の前に停まるのは、タクシーとは違う一台の車。

 どう見ても、最近のものじゃない。

 新宿ナンバーを取り付けた、子供が絵に描いたように、真四角にかくばったセダン。


 三菱 デボネア。

 30年以上モデルチェンジがなされなかった、自動車界のシーラカンス。

 水瀬の専用車だ。


 ドアを開け、後部席に乗り込むと、運転席に座る、髪の白い初老の男が振り返ることなく出迎える。

 

 「おかえりなさいませ、お嬢様。

  山本様からの通達は、私共、既に伺っております」


 水瀬のお抱え運転手、長月ながつき

 彼もまた、妖狐だ。

 彼女はルームミラー越しに、彼の眼を見て言った。


 「そのまま、京都に向かうわ。

  明治神宮に向かって頂戴。

  転送鳥居を使って、平安神宮まで移動できるよう、手はずは付けてあるから」

 「かしこまりました」


 デボネアはすぐに発進。 ライトアップされた赤レンガの駅舎を背にして走り出す。

 車は皇居外苑に沿いながら、桜田門、警視庁、国会図書館を横目に通りすぎる。

 そして、赤坂見附から青山通りに。

 最先端のハイブリッド車、低床の都バスが織り成すヘッドライトの洪水に混じって、シーラカンスは悠々と泳ぎ続けていた。


 「自動車電話を新潟本部に繋いで」

 「……繋がりました」


 長月が、シガーソケットを押すと、間髪入れずにセンターコンソールに置かれた、バカでかい固定電話が鳴った。

 携帯電話が普及する以前、1980年代から90年代にかけて、主に社用車や警察車両に搭載されていた、自動車用無線電話だ。

 水瀬のデボネアに搭載されているものは、妖怪世界用の特別製。

 シガーソケットを押すと、新潟にある佐渡銀狐本部と直接連絡が取れる、ホットラインになるのだ。


 受話器を取り、水瀬は座席にもたれ掛かりながら、的確で簡素な指示を飛ばした。



 「水瀬より本部へ、第一級通達。

  首都圏の妖気警戒レベルを5段階中の3に引き上げます。

  東京都心以下、各県庁所在地に式神を展開し、藤井薫たちの攻撃に備えてください。

  特に鉄道、高速道路等の外部地域に繋がる交通機関は、一段の警戒を。

  陰陽寮レイニー・サンダー、及び安達一家へも、同様の指示をお願いします。」


 ―― 本部、了解した。


 全ての事柄を終え、受話器を置いた水瀬は、ため息をつきながら座席にもたれ掛かる。

 

 「台風14号の新宿駅……あの時と同じことが起きなければいいけど」


 窓の外、漆黒の空にそびえ立つビルが、瞳の中を横切っていく。

 東北新幹線の改札で、フラッシュバックした光景がまだ、頭の中にこびりついている。

 目をつぶっても、離れない。


 プルルル。


 彼女の思考を遮るかのように、突然なった自動車電話。

 普段、こちらに他方から電話がかかることは無い。

 あるとすれば、本部からの緊急連絡。


 嫌な予感がする。


 水瀬は、身体を前のめりに、受話器を取った。

 

 「水瀬」

 ――八咫鞍馬より緊急無線を傍受。

   浜松駅前で、破裂式肉人形が使用された模様です。

   現在、姉ヶ崎あやめが交戦中。


 相手の言葉に、彼女の声は自然と大きくなる。


 「冗談でしょ!?」

 ――現地で偵察中の半人妖怪が現認。

   人的被害は必至かと。


 奥歯をかみしめながら、荒々しく受話器を置くと、水瀬は座席から乗り出すようにして、長月に叫んだ。


 「芝の陰陽寮へ引き返して! すぐに!」

 「よろしいのですか?」

 「八咫鞍馬より、こっちの方が最優先よ!

  陰陽寮、いえ、妖怪世界が触れずにやり過ごしてきた禁忌を、簡単に破るなんて……あの男、どこまで狂ってるのよ!?」


 見えてきたのは表参道交差点。

 ここを右折すれば、原宿、明治神宮方面だ。


 ハンドルを握る長月は、右折レーンに入ったデボネアを強引に左折。

 対向側の車に、クラクションを浴びせられても知らぬ顔で、ぐんぐんとスピードを上げていくのだった。

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