27 鍛治町、再会の痛み

 緩い上り坂と、その先に見える市役所。

 交差点には横転した車が、まだ転がっている。

 それを過ぎると、ザザシティ前交差点を右折し、鍛治町通りを抜けて、広小路通りへと左折。

 この先は、言わずとも分かるだろう。


 確実にランエボは、市中心部の同じ場所を、グルグルと走り続けていた。

 何か意味があるのか、それとも――。


 考えるより早く、雪凪の無線を引っ張る手が動いた!


 「特01より各移動。

  一気に攻めるわよ!

  逃げてるランエボを、ザザシティ前に囲い込む。

  こちらに向かってる全パトカーは、直ちに鍛治町通りを封鎖。

  他の車両も、浜松駅方向に向かうよう、ルート上の各交差点を封鎖して!」


 三度目の飛龍街道。

 ランエボは市役所を通り過ぎ、順調に道路を直進し続けていた。

 だが、今回は様子が違う。


 警察の誘導で、全ての一般車が路肩に誘導され、がら空きの道をエキゾーストを唸らせながら、ランエボが走り去っていく。 

 その後ろを、雪凪のGT-R、静岡県警のパトカーが続く。


 もう間もなく、鍛冶町通りと飛龍街道が重なる交差点。

 

 「!?」


 こちらへと逆走してくる、一台の車。

 純白のポルシェ ケイマンGT4。

 真っ赤なシングルランプを点滅させ、パッシングしながら接近してくるではないか。


 「雪姉!」

 「ええ、私の同僚よ」


 雪凪は無線を引っ張った。

 

 「内山、チキンレースよ!

  覚悟決めて、そのまま突っ込んで!」


 相手は無線越しに何も言わない。

 が、対向のポルシェが、タイミングを同じくしてパッシング。

 OK、ということだろう。


 ポルシェは、その運転に一切の動揺を見せず、一直線にランエボへと突っ込んでいく。

 既に左車線には、退避したバスや車がいた。

 逃げることはできない。

 否、できるとすれば、交差点を左折するのみ。


 それ以外の道は、県警のパトカーが、その車体を盾にして防いでいたからだ。


 キイイイッ!!


 根負けしたのはランエボ。

 いっちょ前にドリフトを決めながら、交差点を左折、鍛冶町通りに入った。


 でも、そこはデッド・エンド。


 道幅一杯に並んだパトカーが、交差点を封じ行く手を遮る。


 前門の虎後門の狼。

 スピンターンを決めるも、後ろには、GT-Rとポルシェを先頭に、パトカー軍団が通りに蓋をしてしまっていた。


 ザザシティ前に横たわるスクランブル交差点。

 それは猛獣を入れておく檻に、雪凪たちには見えたという。

 猛り狂うランエボは、その中でようやく止まった。


 「あやめっ!」


 雪凪の静止も聞かず、GT-Rを降りたあやめは、銃を構えながらズンズンと前へ歩く。


 沈黙したランエボ。

 睨みつけるあやめ。

 両者を囲うように停車するパトカーのランプは、炎のように輝き焚きつける。

 彼女をココロを。


 ランエボはエンジンを唸らせることも、ライトを点滅することもなく、ただ交差点のど真ん中で大人しくしている。

 真っ白な排気ガスを、ケツから吐き出し続けて。


 「……!!」


 両手でSIGザウアーを構えるあやめ。

 洗髪したてのボブカットが、生ぬるい風に揺れながら、硬いリンスの香りを街中に広げている。

 アイアンサイトから覗き込む視線は、鋭く、華麗に、車のエンジンを捉えていた。


 いつものあやめ。

 怪奇探偵としての彼女のオーラをまとい、状況での最適解を冷静に選んでいる。

 仕事人のあやめが、そこにいた。

 

 だが、様子がおかしい。


 「あやめ、どうしたの?」 


 車を降りた雪凪が聞くと。


 「……撃ちたくない」

 「えっ!?」

 

 銃を構えているのに、撃ちたくない――。

 今時分、颯爽と車を降りていったはずなのに。

 動揺しながらも、雪凪は続けて聞いた。


 「何言ってるの?

  相手は、あなた達を殺そうとした犯人よ!

  いえ、あの時あやめの判断が遅れてたら、大勢の人が死んでたかもしれない。

  そんなことをした奴が乗ってるのよ?」

 「……」

 「どうしたの、あやめ?

  敵を前にして動揺してるなんて、あなたらしくないわよ」


 途端、あやめは吐き捨てる!


 「そうじゃないっ!!」

 「だったら――」

 「踊りたくないのよ!」


 叫び声に、悲愴の金切り声が混じった。

 そのままの声で、あやめは叫び続ける。

 涙をこらえて。


 「あの車に乗ってるのは、藤井で間違いない。

  そう私に囁くの!

  奴に啜られ犯され壊された、私の肉体が、記憶が、血が!

  でも同時に、奴と踊るな、踊らされるなって叫ぶの!

  いまここで、奴のマシンに弾丸を打ち込めば、それが号砲になるって!」

 「あやめ……」


 その場に銃を捨て、彼女は両耳を塞ぎながらうずくまった。

 怯えた彼女を、姉ですら久しぶりに見た。

 彼女が、子宮を失った時以来。

 それに相当するしんどさ。

 重症であることは火を見るよりも明らか。


 「頭の中で2つの声が、サイレンを消すほどがなりあってる。

  砂嵐を聞き続けてるようで、吐き気がする。

  その中でこうやって、最適解をさがしてるのよ。

  この引き金をひくことが、正解なのかどうか!」

 「……」

 「でも私は、私自身のココロに正直でありたい!

  だから……だから撃ちたくないのっ!

  もう、あの時と同じ風景は見たくないからっ!!」


 刹那!!


 《だったら、踊らせてやるよ》


 「う……っ!!」


 脳内に直接語り掛ける声。

 全身の血と毛が頭へと逆流し、風邪にも似た悪寒が走り抜ける。

 建物の至る所からこだました声に、あやめは瞳孔を縮ませた。

 恐怖に視界がゆがみ、街の灯がぼやけてくる。


 《あの日と同じように、血のワルツを》


 本当は、自分の直感が、全くの見当違いであってほしかった。

 久しぶりの日本で、生まれ育った国で、こんな苦しい思いをしたくはなかった。

 でも―― そんな淡い、普通の人なら難なく享受できる希望は、光輝く歓楽街の真ん中で打ち砕かれた。


 目の前のランエボを中心に、世界は絶望と言うモノクロに染め上げられた。


 「やっぱり……藤井……なのか」

 

 問いかけても、相手は答えない。

 ランエボのヘッドライトが、彼女を照らすだけ。

 耳をふさぐことも、虚しい抵抗と諦めた。


 「……そうか」


 銃を拾い上げ、ゆらりと立ち上がるあやめ。

 フッと口元を揺らし笑いながら。


 「逃げられない……だったら……っ!!」


 獲物を前にした獣のぎらついた眼光。

 逆立つボブカット。


 「望み通り、踊ってあげるっ!!」


 彼女から冷静さが消えかけている。

 アイアンサイト越しに、運転席を捕えて叫んだ!

 彼女を翻弄させる藤井、その名の全てを――!!


 

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