26 カーチェイス!― GT-R vs ランエボ


 屋根を背にして落ちてきたワゴン車は、セダン2台を押し潰すとバウンドして、2人が倒れていた場所に。

 その上、この両儀地雷が炸裂すると、周囲にいる非魔術師、つまり民間人は身動きが取れなくなってしまうのだ。

 あやめは大丈夫だが、エリスは非魔術師だ。

 手足を封じられている。

 このままでは、押しつぶされてしまう!


 しかし、九死に一生を得る、とはこの事だろう。


 エリスは清められた上白糖を浴びていたため、魔力の中でも動くことができ、間一髪逃げることができたのだ。

 お互い咄嗟に転がった直後、ワゴン車は運転席を完全に潰して沈黙。


 肩で息を切り、自分たちが生きていることを実感するのだった。


 ようやく、衝撃波が消えた後、駐車場の車は残らず廃車。

 建物への被害は、幸いなことになかった。

 無傷なのは、護符を貼り付けていた、雪凪のGT-Rだけ。


 ゆっくりと起き上がったエリスとあやめは、互いに、服に落ちたガラス片を払いのける。


 乗ってきたワゴン車を横目で確認したが、やはりと言うか、跡形もない。

 爆心地となったその車は、アスファルトを軽くえぐり、消滅していた。


 「エリス、大丈夫か?」

 「大丈夫……アヤは?」

 「平気。 なんだったの、今のは?」

 

 エリスが聞くと、あやめは粉々になった車の破片を拾上げながら、話した。


 「両儀地雷りょうぎじらい

  太極図の矛盾点が持つ、莫大なエネルギーを圧縮し、一気に炸裂させて周囲の敵を破壊する、闇の陰陽術よ。

  第二次大戦期に、日本軍に属した陰陽師が各地で乱用してね、非人道的ということで、戦後、平城京条約で国際的に使用が禁止されたわ」

 「バチカン時代に、噂で聞いたことはあったけど、まさかこれが……。

  これだけの被害を出すんだから、禁止されても当然でしょうね」

 「だけど、今回のは、かなり弱い部類に入ると思う。

  聞くところによると、サイパンの戦いでは、米軍側の戦車3台が蒸発する程の両儀地雷が使われたそうよ。

  それくらい、この呪術は危険――っ!!」


 唐突に、あやめは口を閉じた。

 それも、瞳を揺らしながら。


 「どうしたのよ?」


 視界に映る車に、彼女の唇は段々と青ざめていく。


 「なによ、幽霊でも見たような顔……っ!?」


 エリスも、彼女ほどではないにしろ、車を見て青ざめる意味を、真紅の瞳に映し出して理解した。


 シルバーの三菱 ランサーエボリューションⅧ。

 それ自体は、何の代わり映えもしないシティーカーなのだが、問題は今現在の様子だ。

 月明かりを受けて輝くボディには、へこみもかすり傷もない。

 呪術による爆風を受けても、窓ガラス一枚、サイドミラーの一つも欠けていない。


 他の車は、原形を留めないほどに悲惨たる状況であるのだが。

 しかもここは、爆心地の近く。

 廃車置き場と見間違える惨状なのに――。


 「シルバーの国産車……あの車!」


 あやめの勘が働く。

 雪姉の言っていた、奴の愛車。

 それに呼応したのか、車はライトを上向きにして、彼女たちを睨みつけると、次いで重低音のエンジンを唸らせた。

 誰が乗っているのか、スモークガラスで車内は見えない。

 これで車体が赤ければ、紛れもなく“クリスティーン”だ。


 「エリス……」

 「キングはまともに読んだことないけど、アレがフツーの車じゃないことぐらい、私でも分かるわ」


 誰の意志で走っているか分からない、呪われた車。


 「私……誰が乗ってるか分かる」

 「ええっ!?」

 「アイツが…アイツがどうして、こんなところに……!?」


 狼狽する唇。

 それでも、あやめには確信があった。

 あの車に乗っているのは絶対――!!


 「待てっ!!」


 近づくよりも早く、ランエボはタイヤから白煙をあげて、急発進!

 廃車の群れをかき分けて、駐車場を後にしてしまう。

 挑発するかのように、テールライトの尾を、その幼い瞳に刻み込んで。


 舌打ちするあやめの前に、また、眩しいヘッドライト。

 手で遮って、その正体を確認するが、今度は彼女の援軍。 


 「乗って!」


 GT-Rの窓を開けて雪凪が呼びかけるより先に、あやめは助手席に飛び乗った。

 特注レザーシートに腰かけるなり「早く!」と叫ぶ彼女に、姉はパドルシフトをクリック、急発進でランエボの後を追った。


 唸るエンジン。

 GT-Rは、パトランプを屋根に載せてサイレン全開。

 そのまま通りに出ると、大きな中沢町交差点を突っ切る。

 

 「至急至急! 特01より浜松本部。

  中区高林、温泉施設駐車場において爆破テロ事案発生。

  現場より逃走した、容疑者と思しき人物を追跡中!

  車両は尾張小牧ナンバーのランエボ、色はシルバー。

  現在、常楽寺バス停を通過、飛龍街道を浜松駅方向に南進中 !」


 ――本部了解。 周辺の各移動は、特01号車の応援に回れ。

   尚、追跡の際は、受傷事故防止、これを徹底されたい。

   以上。

 「できるもんならね!」


 無線を戻した雪凪は、夜の街で展開されるカーチェイスに全身全霊を注ぐ。

 ラッシュアワーを過ぎたとはいえ、浜松市中心部の交通量は、かなり多い。

 中央分離帯で仕切られた、片側三車線の道を、サイレンを鳴らしてGT-Rが駆け抜けていく。


 一般車は、サイレンに気づき線左側に寄ろうとするが、それより前に、マシンが間を縫っていく。


 フロントガラスの中に、ようやく肉厚の尻の一片を見定めた。


 「あやめ、ダッシュボード!」


 雪凪に言われ膝元のレバーを引き抜くと、中には資料や本の山。

 その上に無造作に置かれていたのは、武骨なオートマチック拳銃。

 ステンレスのボディが、差し込む街灯のLEDライトに点々と照らされる。


 「これって!?」

 「SIGザウエルなんて、アマチュアが滅多に扱える銃じゃないかもだけど、一応お守りよ。

  いざとなれば、発砲しても構わないわ。

  責任は私が取るから!」


 その銃の名を、SIGザウエル P226。

 日本の特殊部隊に採用されているハンドガンだ。

 はじめは驚いいていたあやめだったが、すぐに慣れた手つきで、銃身をスライド。

 セーフティーロックをかけると、眼はすぐに、流れるフロントガラスからの風景に注がれた。


 「了解」


 眼前を走るランエボは、ノーブレーキで市役所前の交差点に進入!

 赤信号を強引に突破。

 驚いた走行車がハンドルを切り横転、交差点内を滑走する。

 その背後に後続車が追突。


 「つかまって!」

 「……っ!!」


 雪凪はハンドルを短く切り、横転した車の脇をすり抜ける。


 それを見てか、前を走るランエボは、一般車と並走し、手当たり次第に体当たりを始めた。

 コントロールを失い、スピンしていく車。

 だが、雪凪はハンドルを小刻みに動かしながら、転がる車たちを避けていく。


 〈前の車、止まりなさい!〉 


 突然聞こえたスピーカーからの声に、あやめは振り返った。

 路地から飛び出した、静岡県警のパトカー。

 ハイスピードな追いかけっこに、警ら中の車両が2台、3台と追随し始めたのだ。

 それを見てか、ランエボは交差点をドリフト。

 鍛冶町通りに入り、浜松駅方向に進路を変えた。


 キイイイイッ!!


 大型複合施設ザザシティを中心に、歓楽街が広がるエリア。

 市街から駅へ向かう路線バスが、必ず通るルートであるため、幅のあるストリートには、シルバーの大型バスがあふれかえっている。


 視界が遮られる中、雪凪はとうとう、集中モードに突入した。

 無言。

 それが、彼女のドラテクを神経一本で支える、最後のスイッチだ。

 妹であるあやめも、その様子は察したのか話しかけなくなる。


 「……」

 「……ん?」


 バックミラーを見ると、ヘッドライトより、真っ赤なパトランプの方が増えてきた。

 パトカーが、浜松中から続々と集まってきてるのだろう。

 しかし、追跡者の数が増えても、ランエボはお構いなしに走り続ける。


 何事かと通行人は足を止めると、走り抜けるパトカーを目でおいかけ、手にしたスマホで動画を撮る者もいた。

 

 グオンッ!!


 シルバーのランエボは、そのまま浜松駅前を走りすぎると、アクトシティ前の交差点を左折。

 中央分離帯に隔てられた広小路通りを北上し始める。


 GT-Rにパトカー軍団も後を追う。

 比較的真新しいオフィスビルやタワーマンションが見下ろす通り。

 落ち着いたとばりを、サイレンがコーラスをかなでて切り裂く。 


 ギャギャギャ!!


 今度は4ブロック先。

 移転した近代的な遠州病院が構える交差点を、ノーブレーキで左折。

 並走していた鉄道高架を潜り抜け、今度は昔からの住宅街を疾走する!


 黄色いセンターラインで隔てられた道路。

 反対車線に飛び出しながら、速度を緩めず走る後ろを、雪凪は華麗なハンドル捌きで、ランエボを追いかけ続けていた。

 

 片や同じ方向へと走り続ける車の隙間を、余裕綽々と縫いこみ、片や自殺志願とでも言わんばかりに、反対車線の車を威嚇しながら逃げ続ける。

 一般車のクラクションが鳴り響き、至る所で正面衝突が発生。

 正面から突っ込んでくるランエボを避けるため、ノーブレーキで電柱に突っ込んだ車まで出始める!


 「狂ってる」


 今まで無口だった雪凪も声を漏らす程に、相手の運転は狂気に満ち溢れていた。

 後ろを走るパトカーも、ブレーキを踏んで事故現場にとどまり始め、10台ほどいた県警のパトカーは、今や3台に。


 「雪姉、早く止めないと」

 「分かってる!」


 キイイイイッ!!


 そして2ブロック先の交差点をドリフト。

 なんと、最初に走り抜けた飛竜街道― 国道152号線へと戻ってきたではないか。

 

 同じところを、グルグルと回っている――?

 

 「藤井……アンタいったい、何がしたいのよ」

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