25 両儀地雷、爆破5秒前!!
どこ?
どこ?
どこにいる?
鉄の塊が眠る森の中を走りまわる美女の靴が、アスファルトを蹴り上げ、相手を探し回る。
焦燥感を押し殺すことも、できないままに。
いた!
「アヤ!」
ブルーのGT-Rの前で話し込む、あやめと雪凪の姿を見つけたリオ。
息継ぎをする暇もなく、何事かと驚く2人に状況を話す。
「レンタカーに魔術を掛けられたみたいだ!
エリスが運転席のドアに張り付けられて、身動きが取れなくなってる!」
「どういうこと!?」
「とにかく、すぐ来てくれ!」
リオから冷静に、そして丁寧に話を聞いてる暇はなさそうだ。
有無を言わず、あやめの身体は勝手に走り始めていた。
「あやめ!」
そいつをふいに止めたのは、姉の声と彼女が投げた、テクニカラーの物体。
伸ばした右手に掴んだソレは、怪獣のマスコットがのっかった、プラスチック製の笛。
縁日でおなじみの、ハッカパイプ。
「これは……っ!!」
あやめも自前の物を持ってるために、すぐわかった。
その中身が。
「七瀬礼儀式上白糖よ!
熊野神社で清められた、東京式の物だけど、アンタなら使いこなせる!」
「ありがとう!」
再び走り出したあやめに、リオは手渡されたモノについて、聞いた。
「その笛はいったい、なんなんだ?」
「七瀬礼儀式上白糖。
一部の陰陽師が、お祓いや護符代わりに使う、清められたお砂糖よ。
私と雪姉は、駄菓子魔術を使えるから、こういった縁日のハッカパイプに入れて、霊力を高めているんだけどね」
「駄菓子魔術?
お前、アトリビュートと妖術以外に、魔術も使えたのか!?」
リオの混乱する頭をよそに、あやめは走りながら話し続けた。
「意外にもね。
日本で古から親しまれている玩具や菓子、そこに宿る童の霊力を最大増幅させて利用する、新参の魔術よ。
ベガスで、ホテルの内偵に人形を使ったり、ケサランパサラン倒すのに紙風船やビー玉を使ったでしょ?
アレが、駄菓子魔術なの」
「ああ、あれが!!」
そうこう話しているうちに、2人の視界には、大きく手を振るメイコの姿が。
傍には、自分たちが乗ってきたレンタカー。
状況は、好転していないことが、必死の形相をしているメイコからうかがえる。
「メイコ、エリスは?」
「まだ、ドアに」
慌てふためくメイコを押しのけ、あやめは、冷汗をかくエリスと、運転席のドアに貼り付けられた、彼女の右手を見た。
車両に刻まれた、無数の傷も。
そして、即座に断言する!
「間違いない、魔術の類よ」
「やっぱり?」とエリスは弱弱しく。
「どこの誰かは知らないけど、陰陽術の初歩的な技を、応用した呪術ね。
この車に刻まれた傷が、ある種の結界になってて、ボディに触れた人間を、捉えて離さないようにしているのよ。
丁度、蜘蛛の巣のように」
あやめもまた、車に触れず、エリスの周りを観察して、救出法を探っているようだ。
車体の下を覗き、バンパーを蹴り、エリスの腕をゆっくりさすって。
「解ける?」
「ええ、そんなに複雑なものじゃないわ。
風呂上がりで申し訳ないけど、この上白糖をかけてやれば――っ!!」
動揺を隠せない。
息が荒くなる。
視界に映る、その文字が信じられない。
ハッカパイプを握る手が、足が、動かせない。
狼狽するあやめ。 理由は当然――
「LT…NS……Long Time No See!?」
ボンネットに刻まれた4文字。
ひときわ目立つ、華麗な刻印。
エリス達には意味不明だった文字の羅列が、あやめには一つのワードとして意味を成し、こうして呪いをかけたのだ。
心理的拘束と言っても差し支えない。
「……じゃあ……アイツが……これ……を!?」
すっぱいものが喉からこみ上げる中、心の声を振り絞った、その時だ!
「ケケケケケケケケケケケケケケ!」
唐突にボンネットが開き、中から頭部が異様に大きな小人が現れたではないか。
腰から下がなく、肉がむき出しの手で、ボンネットにぶら下がる様は、グロテスク以外、表現のしようがない。
何が面白いのか、耳まで裂けた口で甲高くケタケタ笑う様に、リオとメイコは驚き身構える。
「なんだ、コイツは!」
「コレ…肉人形ですよ!」
「肉人形?」
「陰陽師が使う、式神の一種です!」
驚くリオとメイコをよそに、小人は彼女たちを襲う訳でもなく、次第にその姿を変えていった。
血まみれのグロテスクな人形は、煙に包まれながら人型の紙切れに。
掴む手すら消え、ひらり舞い落ちると、今度は青白く燃え、エンジンの上に燃え残りが、とあるマークとなって浮かび上がったのだ。
円の中に白と黒、2つの勾玉のような模様が絡み合った紋様。
表すのは、二極化された、この世界の理であるという。
陰と陽。
男と女。
阿と吽。
紛れもなく、誰しもが見慣れた道教のシンボル、太極図が浮かび上がった。
塗り分けられた丸いシンボルが、今度は誰が触れたわけでもなく、ゆっくりと時計回りに回転し始めたのだ。
「やばいっ!」
電光石火、回り始めた太極図を見るや否や、あやめが力の限り、腹の底から声を絞り出して叫んだ。
「みんな逃げて! はやくっ!!」
普段見せることのない姿、声を向けてくる彼女に、エリス達は何か、想像を絶する事態が進行していることを察した。
「なっ……意味が分かんないよ、アヤ!」
「コイツは禁忌の魔術よ、リオ!
最悪、この銭湯もろども、跡形もなく吹き飛ぶわ!」
「そ、そんな……!!」
すると、愛車に乗って雪凪も到着。
「あやめ!」
運転席から降りた姉に、彼女は言う。
「雪姉、この車に両儀地雷が仕掛けられてる!」
「ええっ!」
雪凪は、事の重大性を秒で理解し、開きっぱなしのボンネットを覗いた。
回転を速める太極図を前に、我が目を疑った。
「両儀地雷は極刑モノの禁忌。 いったい誰が!?」
「あと数秒で爆発する。
駐車場にいる人を、すぐ建物の中に避難させて!
ここから逃がすには、時間がないわ!」
「了解っ!」
雪凪は車に戻ると、屋根にパトランプを載せ、最大音量でサイレンを鳴らした。
「警察です!
駐車場内で、自動車が爆発する恐れがあります!
直ちに、建物の中に避難してください!」
スピーカーで叫ぶ注意喚起。
それでも、駐車場内に立ち止まっていた利用客は、動く気配すらない。
唐突にそんなことを言われても、質の悪いイタズラだと思うだろう。
当然の結果だった。
「仕方ない、ちょいとばかり荒行と行きますか」
すると、雪凪は足元に積んでいた発煙筒を取り出し、それを焚きつけて放り投げた。
アスファルトを転がる赤い筒は、近くに停まっていた車の下にもぐり、盛大に煙を吐き出し始める。
何事かと見ていた彼らの前で、車から巻き上がる煙。
事態の深刻さを、例え誤解であろうとも理解した人々は悲鳴を上げ、乗ってきた車を捨て、次々と建物に向かって走り始めた。
雪凪も、GT-Rを後退させ、逃げる人々の誘導を開始した。
「大至急、中に避難してください!
爆発まで、時間がありません!
できるだけ、建物の奥に、奥の方に移動してください! 急いで!」
リオとメイコも追随する。
「逃げてください! 早く!」
「車を捨てて、早く建物の中に!」
雪凪の荒行と、迅速な避難のおかげで、駐車場は2分もしないうちに無人となった。
これで、民間人の犠牲は最小限に抑えられるはずだ。
■
一方、あやめは1人、取り残されたエリスの救出に取り掛かった。
横目で見えた、太極図の様子に動揺しながら。
エンジンに刻まれた太極は、その回転を遂にやめ、互いの領域にある異色の点、つまり“矛盾”が、同色の領域に向けて、ゆっくりと落ち始めていた。
両儀地雷―― その恐怖は、この矛盾、つまり陰陽道における両儀の状態が、太極から消滅した瞬間に訪れる。
まもなく、矛盾は同色に触れる。
時間は、もう残っていない!
「我慢してね」
ハッカパイプの笛部分を取り外し、マスコットの中に詰め込まれた砂糖を、一気にエリスの身体にぶちまけた。
「はああっ!!」
街灯に照らされ輝く粒は、エリスの豊かな髪や身体に付着すると、ほのかなピンク色に光り、甘い香りと共に蒸発した。
すると――
「取れたっ!」
握りっぱなしだったエリスの右手が、ようやく自由になり、運転席のドアを手放したのだ。
脂汗でじっとりと濡れた手を拭く間もなく、あやめは、彼女の腕を掴み走り出す。
「逃げるわよ!」
「えっ!?」
レンタカーから2人、全速力で遠ざかり始めた―― 次の瞬間!
「うわあああああっ!」
背後で激しい爆発が!
火の玉を吹き出し、車体が紅蓮に焦がされながら舞い上がる。
更に、エンジンがライトブルーの炎を吹き上げ、車が空中で大爆発!
両儀地雷が持つ、魔力独特の圧縮炸裂だ。
車体が粉々に吹き飛んだだけではない。
衝撃波が、駐車場に停まる全ての車の窓ガラスを破砕していくではないか。
更に、爆心地に近い車は、空中に舞い上がりながら、他の車両の上に落下していく。
その勢いは、凄まじい。
「うわっ!」
「きゃっ!」
建物近くまで離れていたリオとメイコの近くに、隕石のように飛んできたのは、スポーツカー。
ついさっきまで、彼女たちが乗ってきたレンタカーの前に停まっていたもの。
それが、キャンピングカーの側面に、弾丸となって食い込んだのだ。
反動で、車は横倒し。 傍に停車しているミニバンにもたれ掛かった。
離れた場所で、これだけの被害なら、爆心地の近くは想像を絶する!
立つどころか、息をすることもままならない状態でアスファルトに押さえつけられているエリスとあやめ。
その真横に、吹き飛ばされたワゴン車が落ちてきた!!
「危ないっ!」
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