24 エリスに向けられた毒牙
「アヤに用事って、一体なんの話なんだろう?」
「久しぶりの姉妹水入らずなんだから、私たちが詮索するのは野暮じゃない?」
「言えてるぜ」
一方のエリス達は、湯風景しおりの建物から少し離れた場所を、ゆっくり歩いていた。
今までいた温泉は、背後遠く。
自分たちが借りたレンタカーを探しながら。
「えーと……メイコ、私たちのレンタカー、どれだっけ?」
「確か黒のミニバンで、浜松ナンバーの、23-66」
とはいっても、どの車も浜松ナンバー。
自分たちが駐車した場所が、アバウトにどのあたりかは分かるが、似たような車ばかりで、少々こんがらがりそうだ。
「あれじゃない?」
エリスが指さした方向に、一台の車がいた。
左右のスペースが、ぽっかりと空っぽの中で、寂しく止まっている。
「みたいだな」
浜松ナンバー。
わ 23-66。
間違いない。
ようやく、自分たちの車を見つけた時だった。
「……えっ?」
リオが目を細め、自分の視界に入った光景を疑った。
「……おいおい! 誰だよ!」
声を荒げて走り寄ると、続いてエリスとメイコも、その異変に気付いたようだ。
彼女たちが乗ってきたミニバン。
黒い車体に、おびただしい数の白い筋が、幾重にも走っている。
鋭利な何かで引っかかれたものだというのは、すぐに判ったが、車体が白くなるほどに傷つけられているのは、異常というほかないだろう。
「日本って、こんなに治安悪かったっけ?」
変わり果てたレンタカーを前に、頭を抱えるリオだったが――
「でもリオさん、他の車は無事みたいですよ?」
「え?」
メイコの言う通り、周囲に駐車してある車は、傷一つついていない。
外国車やスポーツカーなど、標的にされやすい車種もあったが、なぜか彼女たちの国産車だけが被害に逢っている。
「本当だ……到着早々、恨みでも買ったかな?」
「誰から?」
「さあ? バチカンじゃないか?」
すると、エリスは苦笑。
「こんな子供じみた事、するわけないでしょ!」
「やっぱり?」
「それより、この車、どうするかよね……」
「乗って帰るしかないだろ。
なんだったら、ミス・セツナに頼んで、被害届でも出すか?」
リオの提案に、彼女はやんわりと答える。
「これくらいのイタズラで、アヤのお姉さんには迷惑かけられないわ。
……にしても、ひどい有様ね」
何本も不規則に、そして荒く刻まれた線。
しかし、特徴的なのはボンネットに刻まれた、4文字のアルファベット。
「L…T…N…S…?」
これだけは、まるでレーザーで焼いたかのように正確で、滑らかな傷だったのだ。
「エリス、何かの暗号か?」
「だと思うけど、全然分からないわ」
「LとTで、ライフ・タイム・バリュー ……んなわきゃねえわな」
「なんで、マーケティング用語なのよ」
再度苦笑しながら、エリスはミニバンのオートロックを解除した。
ドアノブ横のボタンを押すと、ハザードと共に電子音がピピッと鳴る。
「メイコ、代車って用意できるかな?」
「なんとか、掛け合ってみます。
狭くなりますけど、小型車ぐらいなら、すぐに手配できると思いますけど」
「それでもかまわないわ。 こんな車じゃあ、大手を振って街中走れないもの」
メイコはすぐに、自分のスマートフォンを取り出し、どこかにメールを打ち始めた。
車を提供してくれた人物であろうことは、容易に予想はつく。
あとは、不承不承ながら、この車に乗って帰るだけ。
「もう八時半か……。
さーて、とっとと帰って、明日に備えようぜ」
ふと、エリスの方を見ると――
「おい、なにやってんだよ」
エリスが運転席のドアノブを、力いっぱい引っ張っていた。
ガコガコガコと、何回も。
「んっ…んっ……」
声を漏らし、思いっきり右手を前後しまくる彼女。
「とれ…ないのよ」
「はあ?」
「ドアノブを握ってる手が!
まるで、瞬間接着剤でも塗られたように……」
確かに変だ。
ドアノブを握る右手は、その形のまま微動だにしない。
普通であれば、握りなおしたり、手を放して、ほぐすなどするはずだ。
しかし、エリスの手首から先は固定されたまま。
引き離そうとも、車が左右に揺れるだけ。
びくともしない。
それに、読者は気づいているだろうか。
この車のロックは、既に解除されていることに。
ドアが開かない。 そのこと自体があり得ないのだ。
「んな、バカな~」
リオが呆れながら近づく刹那!
「来ないでっ!」
エリスは咄嗟に叫び、彼女は足を止めた。
「なんだよ!」
「この感覚、普通じゃない!」
自分の右手を見下ろすエリスの顔は青ざめ、苦悶の表情を浮かべる。
リオもようやく、ただ事でないことを理解した。
「間違いない……すぐにアヤを呼んで!
もしかしたら、この車に、魔術をかけられたかもしれない!」
「なんだと!?」
「解くことができるとしたら、巫女の力を持ってるアヤだけよ!
セツナと話しているなら、まだ、この駐車場にいるはず!」
「わ、わかった!」
リオはすぐさま、あやめのいる場所へと走り出した。
一方、メイコはエリスの様子を、手が触れない程度に離れて観察。
だが、妖気の類は何も感じなかった。
「どう、メイコ?」
「呪いとか呪術の類は、よく分からない。
けど、妖気は感じないわ。
これは、妖怪の仕業じゃないわね」
「陰陽師?」
「それは、あやめが来ないことには、なんとも……。
とにかく、触れることができないんじゃあ、どうしようもできない!」
ヤマネコ妖怪であるメイコに分かることは、それだけだった。
「アヤ、早く来て……」
エリスにできるのは、肩で息を切り、祈ることだけだった。
探偵社の中で一番長く行動を共にしている仲間の到着を。
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