23 雪凪動く!


 「それ、本当なの!?」

 「被害者の写真に、そう書かれてたのよ。

  イタズラの線も疑って、遠州鉄道調べたんだけど、該当する駅はなかったわ」


 再び露天風呂に戻ったエリスとあやめ。

 驚くリオとメイコを説得し、2人は依頼人から見聞きした、きさらぎ駅の話を雪凪に話した。


 予想通りと言うか、当初は目を見開き驚いていた雪凪だったが、次第に眉をしかめ、思い詰めた顔をしだした。


 「雪姉?」


 のぼせたにしては、顔色はいいし、何より足湯でのぼせることなど、例え雪女でもあり得ないだろう。

 そして、雪凪は顔を上げた。


 「あやめ、いえ、ノクターン探偵社の全員に話したいことがるの。

  提供してくれた情報に似合う、見返りとでも言っていいわ」

 「どういうこと?」

 「詳しくは言えないけど、端的に言えば、あなた達と私たち、双方が追っている事件の核心に近づける話ってことよ。

  あなた達からの情報で、私たちの捜査にも光が見えた。

  そういうことよ」


 つまり…と、エリスは発しようとしたワードを、喉元に抑えて濁した。


 警察は、きさらぎ事件に関与する、何らかの極秘情報を握っている。

 まどろっこしく話すということは、一般人に聞かれたら相当厄介なレベルの話と言うことだろう。


 「浜松中央署の近くに、ファミリーレストランがある。

  そこに朝9時に来て頂戴。

  話は、その時にするわ」


 「今からじゃダメなのか?」と、リオが聞くと


 「ちょっとばかし下準備があるもんでね。

  でも、それだけの時間と手間に見合った価値があると断言できる」


 「なるほど。

  アヤとメイコの意見を聞くのは野暮だとして、私は、彼女の提案に賛成だ。

  この際だ。 すがれるものには、全部すがりたい。

  後はエリス、社長である貴女が判断してくれ」


 「分かった」


 エリスはゆっくりと頷き、雪凪もまた、彼女を見て同じく頷いた。

 互いに信じられる関係にある。


 「決まりね。

  時間厳守、それだけお願い」

 「無論ですとも。

  私たちもプロですから」


 上に立つ者だから分かるシンパシーを、瞳の中に受け取ったから。


 ■


 「あ~、いい湯だったわぁ~」

 「違いない」


 PM20:24


 ささやかな湯治と、併設する食堂での夕飯を終えて、エリス達は正面玄関から出てきた。

 その火照った身体に牛乳を一杯流し込み、クーラーの下で心地よく冷ましてはみたものの、初夏の暑さと日本の湿気がもわんと、少女たちの肌と髪を、服を通して差し込んでくる。

 エリスとリオは、風呂屋のフロントで貰った団扇をあおいで、じめっぽさを払っていたが、あやめとメイコは、久しぶりの風土を体全体に感じているようだった。

 

 「あやめ、ちょっち話あるから、私の車まで来て」

 「わかった」


 雪凪にそう言われ、あやめは3人と別れることに。


 「じゃあ、先にホテルに帰ってるわね。

  明日のスケジュール、打ち合わせしてるから」

 「そうして頂戴、エリス」


 互いに手を振ると、あやめと雪凪は、玄関近くの駐車スペースへと足を運ぶ。

 浜松ナンバーが揃う中に、一台だけ混じる品川の2文字

 このマシンで、間違いないだろう。

 否、そうじゃなければ、ふざけたギャグだろう。

 同じような形の、ミニバンや軽自動車が整然と並ぶ中で、雪凪の愛車はオンリーワン。

 色から形から、ものすごく目立っていたからだ。


 「あれが、雪姉の車?」

 「そうそう。 性格に言えば、トクハンの覆面車」


 そこにあったのは、ワンガンブルーに白のレーシングストライプが、ボンネットからルーフへと駆け抜けている、特徴的なスポーツカー。

 何と言っても、フロントグリルに輝く、伝統的な赤いエンブレム。

 車に興味がないものでも、一度は耳にしたことのある、そのマシンの名は――


 「日産 GT-R、しかも50周年アニバーサリーモデル。

  半年だけの生産限定車を、パトカーにしちゃって……。

  よく、経費で落ちたわね。 ワンガンブルーなんて、一番高いグレードじゃん」

 「物は言いよう、ってやつ。

  公には存在しない組織の備品なんだから、こういうところで欲を出さないと。

  それに、我が妹の愛車と、同じメーカーのマシンにしたかったから」

 「お母さんのレパードといい、父のハコスカといい、姉ヶ崎家は完全に、日産車の家系ね」


 興味津々で、雪凪のマシーンを見回していたあやめだが、一通り嘗め回したところで、本題に入る。


 「で、用件はなに?」

 「それなんだけどさ……あやめ」

 「どしたの?」


 あっけらかんとした態度で聞いてくる妹に、姉の雪凪は、迷いを捨て、単刀直入に聞いた。


 「まさか、藤井なの?」


 藤井。


 その苗字を聞いて、あやめは黙った。

 表情すら変えなかったが、大きく息を吐き、小さく二度頷いた。

 多分、と呟いて。

 

 「大量の式神って聞いて、まさかとは思ったけど、さっきの姿を見て察したわ。

  エリスちゃんを連れて行ったときに、これは何かあるってね。

  そしたら案の定、きさらぎ駅の話」

 「……」

 「あなたが他人に優しくて、義理堅いのは、姉である私が一番よく知ってる。

  依頼人から、口止めされてたんでしょ?

  それを破った、ということは、あやめの性格が変わったか、信条を変えなければいけないぐらいの、よほどの事態が進行中か」


 すると、あやめは腕を組み、GT-Rの車体にもたれかかりながら、話し始めた。


 「遠州鉄道で調査したって、言ったわよね?

  その時に、気配を感じたのよ。

  不気味というか、懐かしいというか、そんな感じの」

 「それが、藤井だって言うの?」

 「今は、確証を持って、そう断言できるわ。

  奴の気配は、忘れられないほど、私の中に刻み込まれてるから」

 「場所は?」

 

 雪凪が聞いた。

 

 「さぎの宮駅の前にある、大きな駐車場。

  でも、アイツの車は見かけなかったわよ。

  奴の愛車は、今でも覚えてるもん。

  黒のヒュンダイ XG。

  高校生で無免許のクセに、無鄰菴の傍でイキがってたっけか。

  姉ヶ崎家と同じ日産車だ、って……見た目は似てたけどね」


 あやめが、苦笑しながら言うと


 「そうか、知らなかったのよね」

 「なにが?」


 雪凪は言う。


 「アイツ、2年前にひどい事故起こしてね、ヒュンダイ、廃車にしたのよ。

  死人こそ出なかったけど、藤井自身も右足と肋骨を骨折するぐらいのね」

 「じゃあ、奴は運転を――」

 「止めてはいないわ。

  車を新しいものにして、今も運転してるそうよ。

  詳しい車種は分からないけど、シルバーの国産車に乗ってるらしい。

  しかも、その事故を既成事実にして、矢絣会は藤井を、事実上の破門にしたって」

  

 姉の言葉に、我が耳を疑った。


 「本当なの?」

 「げんって、烏天狗の大幹部、いたでしょ?

  彼が数名の幹部と、大頭目の山本五郎左衛門やまもとごろうざえもんに、極秘で伝えたそうよ。

  会議や連絡会を通さず、ダイレクトに」

 「目的は、報復措置」


 雪凪は頷いた。


 「あやめが防いだ琵琶湖反魂はんごん未遂事件と、その後に佐渡銀孤の水瀬が防いだ、新宿駅両面宿儺りょうめんすくな事件。

  この2つの事件が、悪い意味でも暴走しなかったのは、奴が矢絣会のメンバーだったからって理由が大きいわ」

 「そんな彼が、破門された。

  佐渡銀孤が管理する、絶対的な聖域ともいえる東京で事件を起こしても、不問にされたほどの奴が」

 「組織のしがらみを失い、抑えられていた欲望を開放する時と、その術を得た彼が、何をしでかすか分からなかったからね。

  八咫鞍馬や佐渡銀孤に、一方的な恨みを持っていてもおかしくない。

  でも実際は、何も起きず、以降の消息は不明だった」

 「それが今回、浜松に現れた……いや、いるかもしれないという、推測の域を出ないのだけれどね」


 すると、雪凪は頭をかきながら、ぼやく。


 「しっかし、分からないのよ」

 「何が?」

 「今回の事件に、藤井が関わっているのだとすれば、その理由が何なのか。

  琵琶湖の続きをしたいなら、なにも電車を消すだなんて、まどろっこしいこと、しなくていいんだから」

 「そうなのよ。 私も考えてたんだけど、そこで煮詰まっちゃってね」


 あやめもまた、動機不明の坩堝にはまっていたのだった。


 「とにかく、気を付けることね。 もしかしたら……」

 「何よ?」

 「標的は、あなたかもしれないからよ。

  あなたは、どの陰陽寮の構成員よりも早く、奴の目的に気が付いて、それを防いだんだから」


 すると、あやめは首を横に振った。

 とても悲しそうに。


 「でも結果、私は全てを失った。

  友人も、居場所も、身体の一部も、何もかも。

  これ以上失うものがあるとするなら、それは……そう……」

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