不穏…動き出す影
21 湯風景会議…探偵たちの裸の付き合い
PM19:24
浜松市中区高林1丁目
湯風景しおり
疲れを芯から癒すには、やはり風呂は欠かせない。
ローマ帝国でも、現代日本でも、極寒のフィンランドでも、人類に刻まれた快感は変わらない。
エリス達ノクターン探偵社の面々は、利用するホテルのチェックインを終え、一休みすると、今日の調査結果の話し合いもかねて、この大型銭湯へとやってきた。
小高い丘をくり抜いて作られた、自然豊かなここは、百坪を超える露天風呂をはじめ、ジェットバスや炭酸湯、漢方サウナなど、様々な湯舟をこころゆくまで堪能できる。
「あぁ〜生き返るわぁ〜」
湯気の立ち込める屋内。
洗面器を置く音が反響する中、3人はジェットバスの泡に塗れながら、悦に浸っていた。
その三人とは、言うまでもなく――
「ニッポンの風呂はサイコーだぜ」
「全くよ、リオ。
凝り固まってたものが、どんどん落ちていく気分だわ~
来て正解だったわ、アヤ」
「どもども~」
エリス達は、ため息を吐きだしながら、日々の疲れを吹き飛ばし続けていた。
くつろぐ身体、腰や足裏に際限なく打ち込まれる、いい塩梅の水圧に浸りながら。
若いつややかな肌を包み込む湯けむり。
豊満に小並、様々な形の山が、温かい海の中で浮き沈み……などと言ったら、彼女たちに殺されそうだから、やめておこう。
「思えば、ラスベガスのすぐ後に、この事件だもんな。
神だろうが悪魔だろうが、安息日は必要だ。
Oh~feel so good……」
深く息を吐きながら、リオはそう言って目を閉じた。
噴射する熱湯が、彼女の腰をダイレクトにほぐす快感に、身を任せて。
一方で――
「あ、そうだ」
「ん?」
大事なことを思い出したとは到底思えないほど、力の抜けた声で、あやめがエリスに話しかけた。
「忘れないうちに~」
「うん」
エリスは目を閉じ、口元を緩めながらあやめの話に相槌を打った。
「美奈の学校にアポ取ったよ~
明日、夕方から聞きに行ける~」
「お~、それ以外のところは?」
「塾も抑えた~。
沙奈絵がね~そこの個別指導部で、アルバイトしてるんだって~。
んで~」
望み薄だった、聞き込み調査。
ここは日本だし、同じ日本人のあやめに、アポイント取ってもらいましょう。
と、悪く言えば丸投げした張本人は、ブイサインを掲げながら。
「うむ、よくやった~」
と、したり顔。
あやめも頷きながら、ブイサインで返す。
すると
「オッサンか、アンタらは」
その声に、ふと見上げてみると、あやめには見慣れた顔が2つ。
「雪姉、早かったね」
湯船からゆっくりと起き上がり、見上げると、そこには雪凪とメイコ。
警察署から、この銭湯に直行してきたのだ。
「捜査会議が前倒しで終わったからね。
ま、進展なしってのを確認するようなもんだったけど。
……ところでさ、あやめ、露天風呂に場所変えていい?」
「いいけど、やっぱり、利用客の中に妖怪が?」
不思議がるあやめに、雪凪は室内を見回してみせる。
風呂に浸かり、身内友人と喋り、シャワーを出して散髪。
別段、変わったところは見られないが――
「そうね。 気配を人間たちと同じくらいに薄く溶かしてるけど、ざっと20人程度は。
話を聞かれると厄介なのは、人間も妖怪も変わらないけど、問題はそこじゃないのよ」
「ん?」
「暑いのよ、冗談抜きで。
昼間の気温も合わさって、マジ身体が溶けそう」
確かに、雪女に高温多湿は堪える。
夏場ともなれば尚更。
「そうだった。
長いこと、日本に帰ってなかったから、忘れかけてたわ。
私の姉が、完全な雪女だってこと」
「随分な言い方ね?
妹たるあなたにも、私と同じ血がながれているのよ」
「私は半妖だもん。 長風呂もサウナも平気だし」
ザバンと、勢いよくジェットバスから立ち上がったあやめは、姉の顔を見るなり微笑んで言うのだった。
「じゃ、そろそろ乙女たちの、秘密の捜査会議といきましょうか。
大切な我がお姉さまの要望に、全身全霊でお応えしながら」
■
エリス達は、そのまま露天風呂に場所を移して、捜査会議を始めた。
百坪を超える広大な敷地の中央。
湯舟のアラカルトが囲む、やぐら状のヒノキ風呂。
夏の生ぬるい風と木々の揺れる音、受け取った汗を流す程よい温度の源泉。
幸運にも、他の利用客はおらず、半ば貸し切りの状態だった。
風呂の淵に腰かけ、足だけを湯に浸しながら、雪凪は話を始めた。
「結論から言って、静岡県警は今回の事件に白旗を上げてる状態よ。
消えた列車の手がかりも、乗客の家族への犯人側からの接触もなし。
乗客の誰かが、SNSなんかで助けでも出してると思って、愛知県警のサイバー課にも声かけて、徹底的に捜索したんだけど、何の投稿も無し。
完全に八方ふさがり、手がかりを失っちゃったのよ」
「例の、遠鉄沿線で採取したっていう、指紋の結果はどうなんですか?」
雪凪とは逆に、湯船に肩までつかるエリスが、やんわりと聞くと
「今日の深夜から、明日中に結果が出る予定よ。
なんせ、新浜松から浜北までの全駅と、駅周辺エリアの指紋を片っ端から採取したから、データの数も膨大で」
「警察はテロリストによる、大規模な誘拐の線で捜査をしていたんだよな?
それ以外で他に何か、現実的にあり得る話は、出たのか?」
手足を湯舟の中で思いきり伸ばしながら、リオが聞く。
「いくつか出たけど、お世辞にも現実的とは言えないわ。
1つは、企業戦争説。 これは、ネット記事から拡散されたものよ。
乗客の中に、エレクトロニクスの技術者が乗っていて、その利益を狙う企業ないしは、企業から依頼された集団が、電車もろども技術者を攫ったっていうもの。
確かに、浜松では過去、テレビ伝送の実験が行われていたし、今でも半導体や精密機器の工場が多く集まってる。 あり得ない話ではないわ」
「裏は?」
「取ったわよ。 でも、乗客の中に、そういった精密機器メーカーの関係者はいなかった」
そして、雪凪は続ける。
「次に、計器異常説。
意外にも、この説を支持する人はコメンテーターなんかに多いわ。
何を考えてるんだか、県警上層部にも、この説を信じる人がいるそうよ」
「どういう説なんだ?」
湯船に浸かっていたリオも、雪凪と同じように、湯船の淵に腰かける。
「この事件はそもそも、西ヶ崎駅にある運行管理所のコムトラック、つまり列車の位置情報を表示する機械に、異常が出たのが始まりってのは、知ってるわよね?」
「ええ」
「元々、その機械が壊れていて、電車は何事もなく走り続けていたって話」
「じゃあ、最終電車はとっくに、終点に着いていたって話か?」
「そういうこと」
非現実を求めるノクターンの中でも、現実的な思考を持つリオでさえ、この説は無理があると考えた。
というのも――
「だけど、変だぜ。
浜北から先で、誰も電車の姿を見てないんだろ?
あの路線は全線各駅停車だし、もし駅を通過していたら、乗客たちから声が上がるはずさ。
今はネットで誰しもがつながってる。 SNSに、そう言った投稿が出てもおかしくはない」
「リオちゃんの言う通りよ。
それに、該当車両が西鹿島の車庫に戻っていないのは、警察も確認済みだし」
電車にはそれぞれ、形式や搭載機器、所属などを文字やカタカナで表記した、車両番号が側面下部に刻まれていて、同じものは2つとない。
該当する番号の車両が、独立した線路上のどこにもいないとなれば、それは電車が消えた証拠の一つとなりうるのだ。
「最後は、この説に付け足しした、鉄道会社陰謀説。
遠州鉄道が何らかの事故を隠ぺいするために、電車もろもど、どっかに隠したって話……まあ、これは都市伝説界隈のユーチューバーが、かぶりつきそうな根も葉もない噂だけどね」
「ああ、コイツはあり得ないな。
運行管理所に話を聞きに行ったが、誰も彼も憔悴してた。
電車を隠したって感じには、到底見えない」
「中には、2011年に中国で起きた新幹線の事故を引き合いに、電車は事故を起こして、秘密裏に埋められたなんて言い出す奴まで、ネットでは出てきてるわ」
2011年7月、中国・温州で起きた高速列車衝突事故では、その原因の調査解明が行われないまま、事故車両が当局により現場の地中に埋められた。
この出来事は世界各国に衝撃と与え、中国国内では中央政府に対する激しい非難が巻き起こった。
「いずれにせよ、警察や企業が事態を穏便に済まそうにも、変な噂が独り歩きし始めている状況よ。
いつ、どこで、何が引き金になって爆発するか分からない。
私たちも、焦り始めてるってのが正直な気持ちよ」
そう話す雪凪の顔は、どこか緊張に眉をしかめているようにも見えた。
ゆっくりと吐き出される息も、そう思わせる匂いを醸し出す。
暑さと疲れで、汗が肌の上を流れているのもあるかもしれないが、昼間のレストランで見せたような余裕の笑みが、見えていないところを考えると、やはり気のせいではないのだろう。
だが、現実的なリオとは対照的に、あやめは別の観点からの情報が気がかりとなっていた。
日本国内で怪奇事件が起きれば、黙っているはずもない連中。
そう、妖怪同業組織・陰陽寮。
つまるところが、八咫鞍馬の動向なのだ――。
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