17 調査:浜北駅


 PM3:22


 エリス達の電車は、あっという間に次の浜北駅に。

 ホームに入ると、向かい側で発車待ちをしていた下り西鹿島行きが、ゆっくりと駅を後にする。


 乗ってきた新浜松行きも、乗客を乗せるとすぐに出発。


 それぞれの電車を見送り、4人はホームから改札へと降りていく。


 浜北区、市町村合併前は旧浜北市の玄関口。

 コンパクトで、ステンレスな外観を持つ小さな駅舎は、傾き始めた日差しを受けて、輝いていた。


 「浜北駅。

  ミナの乗った最終電車が、本来到着するべきだった場所」

 「でも、その手前で、電車が消えた。

  私たちが乗ってきたのと同じ型の、2両編成の電車が」


 エリスとリオは、駅舎の周囲を見まわす。

 駅舎の左右にはそれぞれ、パーキングと駐輪場があり、駅前には石畳のロータリーと、茶色い外観の大きなビルが建っていた。


 なゆた浜北。

 2000年代初頭に再開発事業として建てられた、複合行政・民間施設だ。

 1階には商店、中層階には図書館や市民ホールなどの公共設備、上層階には分譲マンションと、一つのビルにカオスが凝縮されている。


 数年前には、老朽化した区役所機能が、1階の歴史展示ホールと児童図書館をぶち抜く形で移転。

 カオスさに磨きがかかっているこの頃だ。


 「玄関口って言っても、ずいぶん静かね」

 

 あやめの言う通り。

 浜北区の顔とも言える駅前だが、ロータリーにはタクシーが数台しかおらず、車の往来も少ない。

 バスも遠鉄と地元会社の2つが乗り入れているが、1時間に1、2本しか来ない。

 なゆた浜北も、区役所が移転したとは言うものの、やはり外から見ると、無呼吸ともいえる静寂が包み込んでいる。


 背伸びして洒落た田舎駅、であることは間違いない。


 そもそも、人の集まる大型ショッピングモールやレストランなどは、少し離れた国道沿いに集中しているため、この辺りはラッシュ時の送迎等ぐらいでない限り、にぎやかにはならないのだ。


 「静かってことは、それだけ人目に付きにくい怪異が眠ってるってことよ」

 エリスは、そう言うと3人の方を向いて

 「よし、個別に浜北駅を調べてみることにしましょうか。

  今まで降りた駅の中で、一番大きいから、全員で回ってたら時間がかかっちゃう」


 「同感だ」

 「ええ」


 リオとあやめが相槌を打った時だ


 「エリス」

 

 突然メイコが手を挙げた。


 「どうしたの?」

 「それなら、私、駅の向こう側を調べたいんだけど……」


 そう言って指さしたのは南の方角、新浜松駅方面だった。

 エリスは一瞬不思議そうに首をかしげたが


 「ええ、いいけど……何か変な事とか、気づいたことがあったら、すぐに知らせるのよ、いいわね?」

 「はーい」

 

 元気よく返事。

 メイコに、別段変なところは見受けられなかった。

 その後、エリスが駅舎と駅東側、あやめが駅西側となゆた浜北、リオが駅北側を捜索することで決まり、一同は解散。

 個別捜査を開始したのだった。


 ■


 「確か、あの時こめかみが痛くなったのは……ここね」


 メイコは1人、駅南側を横切る踏切の前に立っていた。

 線路はすぐ先で分岐し、浜北駅のプラットホームを囲う。

 警報機も遮断機もあり、進入禁止の黄色い柵もある。

 変哲もない、ただのフミキリだ。


 それをメイコは、憑りつかれたかのように往復して、隅々を見回す。

 

 加えて、線路からひょっこり、遠くをのぞき込む。


 何も怪しいところはないし、さっきのような頭痛もない。


 「気のせい……だったの?」


 すると


 「ここにいたのね」


 声がして振り返ると、腰に手を当ててあやめが立っていた。


 「あやめ!」

 「車内といい、さっきといい、なんか様子が変だったから気になってたのよ。

  安心して。 なゆた浜北の方は、もう調べ終わったから」


 傍に近づいたあやめに、メイコは言う。


 「気づいてたんだね」

 「この駅に差し掛かる直前、こめかみを押さえたのでしょ?

  ええ、横目でね。

  メイコ、怪しい妖気を感じると、ソコが痛くなるじゃない?

  電車が揺れて頭打ったって、リオには説明してたけど、そんな風になるほど、ひどい揺れでもなかったし。

  だから、これは何かあるって感じたのよ」


 照れ隠しで誤魔化すメイコは、ただ一言。


 「あやめに、隠し事はできないね」

 「それはお互い様でしょ?」

 「フフッ」

 「で、何か変なところは、あったの?」


 話を変え、あやめが核心となる部分を聞くと、メイコは頭を抱える。


 「それが、全然」

 「どういうこと?

  妖気の感度は、半妖の私より鋭いはずでしょ?」

 「そうなんだけど、さっきから踏切の周りをウロウロしてるんだけど、何にも感じないの。

  頭のズキズキどころか、妖気の気配も」


 あやめも、改めて踏切を見回した。

 確かに、何もない。

 雪女と人間のハーフ、つまりは半妖である彼女も、人間が気づかない妖気を感じ取ることはできる。

 

 それでも、何も感じない。

 

 「きのせい?」

 「私もそう思ったんだけど、あの痛さは本物。

  だから、この踏切の周りに何かあるって思ったのに」

 「どこかに移動した……ってことは?」

 「これだけ頭を突き刺した気配なら、その痕跡が残ってるはずなのよ。

  足跡としてね。 

  それすら、この周りで感じなかった」


 と、2人が行き詰まった時、ちょうど踏切が鳴り始めた。


 「もしかしたら、電車が何かしらのトリガーかも」

 

 メイコのつぶやきは最もだ。

 なんせ、彼女が頭痛を感じたのは、電車に乗っている時であり、つまりそれは、踏切が本来の機能を果たしている瞬間だからだ。


 「考えられるわね……来たわ」


 遮断機が下り、小松駅方向から電車がやってくる。

 カー、と車輪が線路をこする音が伝播したのち、赤い車体がゆっくりと踏切を通過する。

 すぐ傍の分岐で、金切り声をあげながら。


 「どう?」


 電車が渡り終わり遮断機が昇ると、数台の軽自動車がゆっくりと、踏切を通り始める。

 警報も止み、あやめが話しかけても、メイコは黙って首を振るだけ。


 「そう……」

 「私も分からなくなってきたわ。

  あの頭痛が一体何だったのか」

 「通りすがりの妖怪、なわけないわね」

 「針、そう、ミシンみたいな太い針で刺したような痛み。

  アレは、普通の妖気なんかじゃないわ。

  この踏切には何かある。

  でも、それが何なのか……」


 すると、あやめは言った。

 

 「私も分からないことがある。

  どうして、メイコにだけ、その妖気を感じ取れたのか。

  いくらメイコが鋭いとはいえ、私も妖怪の血が流れてる以上、人ならざる者の気配は感じ取ることはできるわ」

 「そう言えば、ラスベガスの事件でも、ケサランパサランの入ってた瓶から、妖気を感じ取ってたもんね」

 「だったら、あの電車に乗ってる私も、同じ場所で気配を感じたはずなのよ。

  でも、メイコだけが何かの気配に気づき、こめかみに、その危険を受け取った」

 

 メイコは言う。


 「じゃあ、私が妖気のトリガー?

  でも変よ。

  それだったら、なんで今、妖気を感じ取れないの?」

 「そうなのよ、そこに帰ってくるのよ。

  堂々巡りだわ。

  この区間で電車が消えたことと、メイコの頭痛は何か関係あるかと思ったんだけど……いいえ、あるはずよ。

  私たちも気づかない何かが」


 念のため、上り列車の通過も確認したが、結局、メイコの頭痛の正体どころか、妖気すら感じることはなかった。



 だが――


 「ようやく見つけた。

  会いたかったよぉ……とっても」


 実は、あやめがここに現れた直後、2人の後ろに一台の車が現れていた。

 踏切の彼方に停まる、シルバーの三菱 ランサーエボリューションⅧ。


 スモークフィルムで見えにくいが、乗っているのは若い男。

 それも、あやめと年の近い。

 

 「そのお腹をかき回して、俺をまた、イカせてくれよ。

  なぁ、君もそうだろう? ……あやめ」


 小さな後ろ姿に興奮する心を、ハンドルを舐めることで抑える男。

 今なら苦味すら快感に変われる。

 その変態的かつ狂気に満ちたオーラと笑みに、あやめは気づくことすらできなかった――。

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