18 調査:さぎの宮駅


 踏切での調査を終え、再び浜北駅前に集まった、あやめとメイコ。

 既にエリスとリオは、待合室の中にいた。

 扉を締め切った小部屋は、クーラーが効いていて気持ちい。

 

 缶のコーラ片手に話し込んでいた2人に、あやめとメイコが合流すると、踏切でのいきさつを話した。


 「なるほど、あの頭痛はそういうことだったのか」

 と、リオはコーラを飲み干しながら納得。


 「でも、何も感じなかったってのが不思議よね」

 「そうなのよ、エリス。

  私も踏切に行ったけど、何も感じなかった。

  感じなかったんだけど……やっぱり、メイコの気のせいで片付けるのは、何か違う気がして……」


 エリスもあやめも、唸り考え込んでしまう事態に。

 そこで、当の本人、メイコは明るく。


 「まあ、ここで考えてもしかたないですよ!

  いったん場所を変えましょうよ。

  次の小松駅なら、何か妖気を感じるかもしれませんし」

 「確かに……よし、移動しましょう!」


 だが、次の小松駅でも妖気は感じられなかったし、手がかりもつかめなかった。


 その次、西ヶ崎駅に降りた時には、西日が眩しく突き刺さってくるほど。

 気づけば、時計の針は5時近くを示しており、駅構内に駐機してある青い機関車も、夕陽に焼かれて白くゆがんでいた。


 ここには、遠州鉄道の運行管理や保線にかかわる部署がある。

 最終電車消失に最初に気づいた場所なのだが、無論、ここでも手がかりは得られなかった。

 その上、事件当日の担当員は非番。

 警察からの指示か、それともメディアへの警戒からか、あの日の事を聞こうにも、職員は口を閉ざし、分からないの一点張り。


 結局、この遠州鉄道途中下車の旅で分かったことは、美奈の乗った電車が確実に、遠州鉄道線とは違う線路に迷い込んだ、と言う事実だけである。

 


 「で、エリス。

  次はどうするの?

  もう、新浜松に帰る?」


 電車の来ない、だだっ広いホームの端で、機関車を眺めるエリス。

 彼女に近寄りながら、あやめは聞く。


 リオとメイコはと言えば、足が棒になり、日陰のベンチで休んでいた。


 「あと一つ、その駅を見たら、遠州鉄道での調査は終わりよ」

 「最終電車にかかわる駅は、もう、全部見たじゃない?」


 そう聞くあやめに、エリスはウィンク。


 「知ってる? きさらぎ駅には、モデルになったって言われてる駅があるって」

 「モデル?」

 「そう、それを見に行くのよ。

  あわよくば、何かヒントが見つかるかも」


 ■


 PM4:54


 エリスがヒントと見出す駅は、西ヶ崎から2つ目の駅。

 本日最後の調査地点に、電車が滑り込んだ。

 西ヶ崎や浜北同様、その駅も島式ホームだった。


 「どうよ、アヤ?」

 「ネットで言われている通り、確かにニュアンスは似ているわね」

 「平仮名も多いし」


 駅標の前で話し込むエリスとあやめ。

 リオとメイコも、同様に真っ青なカンバスに刻まれた、駅名を見上げている。

 その名こそ――


 「さぎの…みや?」

 

 ――っと、リオが呟いてくれたおかげで、前説が転びそうになったぜ。


 「そうそう、さぎの宮」


 サンキュー、メイコ。

 

 ここは、遠州鉄道さぎの宮駅。

 浜松市東区に位置する、郊外駅だ。


 この駅こそ、都市伝説の「きさらぎ駅」発祥の地と噂されている場所なのである。


 以前、紹介した通り、きさらぎ駅の怪談は、投稿者はすみの話から、遠州鉄道西鹿島線で発生したものであるとの見解が、掲示板利用者によって出た。

 更に詳しく調べると、この遠州鉄道西鹿島線には「きさらぎ」に、ニュアンスがよく似た駅が存在することが分かったのだ。


 それが、さぎの宮駅。


 地元新聞が行った、遠州鉄道への取材でも、きさらぎ駅のモデルはこの駅じゃないかと、担当者が話したことが記されている。


 駅に降り立つと分かる通り、ここは他の駅と比べて、少し異質な部分は確かにある。

 線路は周辺の道路より、小高い場所を走っており、駅から道路に出るには、薄暗い地下道を通らなければならないのだ。

 冷たいコンクリートが、何か起きそうな恐怖を醸し出してくれる。

 更に、駅舎とホームが合体した姿なので、外観はかなり狭く小さい印象を持つ。 


 その上、近くには田園が広がり、川も流れている。

 深夜ともなれば、風の唸りや、虫の声がよく聞こえるだろう。


 きさらぎ駅の特徴に当てはまる部分も、確かにあるのだ。


 しかし――


 「でも、ここじゃないわね。

  妖気も何も感じないし、駅の周りは完全な人口密集地よ」


 あやめの言う通りだ。

 4人は駅を出て、地下道を通り、駅前に出てみた。


 線路の周囲を、民家がぎっしりと囲んでおり、歩いて3分程の場所には、24時間営業のコンビニエンスストアがある。

 更に駅前を、二俣街道が並行して走っている。

 

 美園中央公園でも出てきた、天竜区と浜松市中心部を結ぶ幹線道路だ。

 四六時中、交通量は多い。


 加えて、駅から10分ほどの場所には、この道路と並行して、国道152号線が走っている。

 別名を飛龍街道

 沿道にレストランが立ち並ぶ、片側二車線道路で、無論、夜でもその灯が完全に消えることはない。


 きさらぎ駅のモデルにしては、描写されている風景に完全なる齟齬が生じるのだ。

 

 故に、ネット上では「さぎの宮駅」は「きさらぎ駅」のモデルでは絶対にないと言う者も少なくない。

 見たところ、ため息をついたエリスも、そのようだ。


 「みたいね。

  どうやら、ニュアンスだけで、ここがきさらぎ駅の元ネタだって、広まった感じよね」

 「ここも外れ?」

 「そうね。

  ま、焦らずゆっくりと、地道に調査していくしかないか」


 リオは言う。


 「おいおい、んな悠長なことも言ってられないだろ?

  被害者の無事もそうだが、一番の心配は同業者の殴り込みだよ。

  八咫鞍馬はともかく、バチカンやメイスンが、この事件に介入する可能性だって、まだ消えてないんだからさ」

 「そういえば、まだ誰も見てないわねぇ~」


 そう。

 エリスは悠長に構えているが、我々は今、大事なことを失念しようとしていたのだ。

 

 世界中の怪奇事件に介入する勢力は、ノクターン探偵社だけではない。

 バチカンの諜報機関、そして、米国の原理主義秘密結社も、エリス達同様、怪奇事件に介入し、アカシックレコードの探求を行わんとしている。

 音沙汰がないだけで、電車消失事件に介入しないという保証は、どこにもないのだ。


 「ところで、バチカンの方はどうなってるのかしらね?

  今のところ、ものすんごい静かじゃない?」


 あやめは、エリスにそれとなく聞いてみた。

 一作目を呼んでくれた方なら、ご存じだろう。

 エリスは元、バチカン諜報機関のエリートスパイだったのだ。

 詳細は不明だが、何らかの事情で古巣を追い出され、彼女は、この探偵社を作った。


 「私もアンナと、連絡取りあってるわけじゃないから、何とも言えないけどね。

  ただ、事件への介入に、ある種の抵抗があるのは間違いないわ。

  まかりなりにも八咫鞍馬のテリトリーで起きた事件。

  陰陽寮との直接的な喧嘩は、避けたいでしょうから」

 「そういえば、福岡で追い回された時も、連中、式神の姿を見て、すぐに引き上げたらしいわ。

  どうやら、九州の陰陽寮が飛ばした偵察機だったそうだけど」


 エリスは頷いた。


 「だから、仮に日本にやってきても、ベガスの時のように大胆な行動は、できないかもしれないわ。

  おそらく、少数精鋭で隠密行動厳守」

 「なるほ……!?」


 本能が、何かを感じ取った。

 相槌を打っていたあやめが、突然に振り返る。

 駅に隣接する、だだっ広い駐車場。

 そこに、目を凝らして。


 「どうした?」

 リオが聞くと、彼女は小さく

 「今、誰かが、こっちをずっと見ていたような……」

 「えっ?」

 

 エリスやメイコもまた、あやめが振り返った方を見た。

 数台の車が止まっているだけで、何の変化もない。

 人の気配すら。


 「何も感じないけど?」

 「気のせい……だったのかな?」

 「きっとそうよ」

 

 エリスは微笑んで、あやめの肩を叩く。


 「そろそろ、電車が来るわ。

  ホテルに戻って、明日からの調査方針を話し合いましょう」

 「ええ」


 地下道へと向かうエリス達。

 後ろ髪を引かれる思いを置き去りに、遅れて後をついていくあやめ。

 あれは気のせい。

 そう、言い聞かせて。


 ただ、その勘の鋭さ、実は物凄く正確だった。

 

 いたのだ。


 彼女たちのいる場所からは、2台のワンボックスカーが影になって見えなかったが、その裏にちゃんと停まっていたではないか。



 浜北駅にもいた、あの車。


 シルバーのランサーエボリューション。


 ハンドルを愉しそうに舐めまわす、あの男が――。

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