15 調査:岩水寺駅
PM2:45
エリス達を乗せた下り電車は、定刻通り
旧天竜市、現在の浜松市天竜区の玄関口だ。
ここは、操車場や整備工場を併設しており、
下り電車は乗客をいったん下ろし、車内の軽い点検を終えると、上り新浜松行きとして、来た道を引き返すのだ。
駅員が素早く改札を開き、待っていた乗客をホームへと入れていく。
エリス達も、この電車に乗ることはできたのだが、なんせ折り返しのための停車時間は、わずか三分。
この短さが、地方ローカル線としては異例の高密度ダイヤを支えているのだが、これでは、外で深呼吸することすら許されない。
4人は、この電車を見送り、一度駅から出ることにした。
西鹿島駅の駅舎は、赤い洋風屋根が特徴的なモルタル造りで、その外観はさながら、懐かしい昭和の避暑地といった様相を見せてくれる。
歩いて5分程の場所を天竜川が流れており、轟々と力強い流れと、澄んだ川面を楽しめる。
また、毎年8月には
「さて、終点まで来たけど……まずは、どの駅に引き返す?」
腰に手を当てリオが聞くと、エリスは自分のスマートフォンを、ひらひら振りながら言った。
「1駅前よ」
「どうして?」
「あなたも聞いてたでしょ?
ホノカが言ってた、きさらぎ駅の名前と一緒に送ってきたって言う写真。
彼女はそれを、以前にミナが間違えて降りた駅の写真じゃないかって、言ってたけど――」
「その写真と、実際の駅の風景が合わなければ、ミナの写真はきさらぎ駅を写したものである可能性が出てくるわけか」
合点するリオ。
加えて、あやめが補足する。
「穂乃果さんの話では、美奈さんが乗り過ごしたのは岩水寺。
丁度、ここから一つ前よ。
岩水寺まで約1キロ。
そんで、次の電車が来るまで、10分少々あるけど?」
捜査のスイッチが入ったエリスに、しばしば待つという選択肢は消える。
それを知ったうえで、横目を向けると、やはりエリスはしたり顔。
「時間を無駄にはしたくないわ」
「オーケイ、じゃ、始めましょ?」
エリス達はロータリーでタクシーを拾うと、岩水寺駅へと向かった。
遠州鉄道は、駅間が平均1キロ前後と短いのが特徴。
そのため、目的地にも、車であっという間に到着してしまった。
降り立った第一印象は、何と言っても人がいない。
当たらずとも遠からず。
ここは、遠州鉄道の中で一番利用客数が少ない駅である。
駅名の由来となった岩水寺は、安産祈願で有名な真言宗の寺院で、駅から歩いて30分程の場所に位置する。
その歴史は約1300年と古く、この地で病気平穏を願った行基菩薩が、総本尊となる薬師如来像を刻んだことから始まるという。
また、歩いて40分ほどのところには、県立森林公園があり、駅舎はその最寄り駅を伝えるため、丸太を組み合わせたログハウス調のお洒落なものになっているのが特徴だ。
ここ近年では、バリアフリーに伴う駅改良工事が行われ、東側に新しくロータリーが設置された。
そのため、エリス達もすぐに感じたのだ――
「ここじゃないわね」
「確かに」
「絶対に違うな」
「全くです」
エリスの持つスマートフォンをのぞき込みながら、4人は一列に並び、写真と駅舎を比較していた。
美奈が「きさらぎ」の駅標と一緒に送ってきた駅の写真。
姉の穂乃果が、以前に美奈が寝過ごして降りた、岩水寺駅の写真ではないかと言っていたものだ。
しかし、写真と比較すると、眼前の風景に矛盾が生じることが分かったのだ。
一番の特徴はプラットホームである。
写真のソレは古くひび割れ、ボロボロになった様子が映し出されているのだが、岩水寺駅のホームは、先に述べた改良工事によって新品に生まれ変わっていた。
ねずみ色の真新しいコンクリート、そして写真には写り込んでない、車いす用のスロープ。
何より、写真の駅は片側にしかホームが無いのだが、この岩水寺駅は浜北や小松同様島式ホーム、つまり線路でプラットホームを挟んでいる様式なのだ。
駅舎もそう。
確かに、岩水寺の駅舎は木造であるが、写真の駅舎は典型的な、大正・昭和時代の簡素な木造。
屋根と待合室、そして改札のためのボックスだけがある質素なもの。
明らかに違うのだ。
これだけでも、写真の駅は岩水寺でないことが、小学生でもわかる。
「他に見解は?」とエリスが聞くと
「風景はどう?
もしかしたら、写真の加減で影か何かができて、古く見えたのかも」
「あり得るわね……じゃあ、4人でいろんな角度から、この駅を見てみましょう」
あやめの言葉で、4人は周囲の風景を手分けして見てみることにした。
数枚の写真には、駅の周りの風景も映り込んでいたが、その大部分は暗くてよく見えない。
だが、少なくとも駅の周りに、人家のようなものや、街灯の類が見られないことは読み取れる。
この時点で、全員が違うと判断した。
岩水寺駅の傍には家が立ち並び、街灯もある。
更に近くを、第二東名高速の高架道路が走っていて、線路の上を横切っている。
住宅の屋根の上を走る防音壁は、白い壁が宙に浮いているかのように、異質な構造物だ。
もし写真が岩水寺駅のものなら、それが少なからず映り込むはずなのだが、それもない。
「やっぱり、あの写真は岩水寺駅じゃないわね」
今一度、ログハウス風の駅舎に集まった4人。
エリスは全員が思っていたことを、真っ先に口にした。
だとすると疑問が残る。
「じゃあ、あの写真はいったいどこなんだ?」
リオの質問に、あやめは答えた。
「写真の駅は片側にホームがあったわ。
画面から見て左側にね。
この遠州鉄道には片側にしかホームのない駅が2つあるわ」
「第一通りと美園中央公園ね」
「そうよ、メイコ。
でも、第一通りは高架駅だから候補から消える」
「となると、該当する駅は美園中央公園になるけど……あの駅の周りはどうなってたか……」
リオは首をかしげてみせたが、あやめは軽い裏拳でツッコミ。
「コラコラ、あなた浜北出てから爆睡だったじゃない?」
「こりゃ失礼」
その時だ。
「あの駅の真横は、公園になってて……木がたくさんそびえてた!
写真では森のようになってたか分からないけど、もしかしたら、合致するところがあるかもしれないよ!」
声を大きくし、来た道の景色を思い出したメイコ。
「本当か?」
リオが聞くと、メイコは目を光らせる。
「これでも記憶力は、ノクターンのなかで一番鋭いって自負してるからねっ!」
あやめも、彼女の記憶に間違いないと確信している。
「確かに、メイコって短期記憶はピカイチだからね。
昔の事とかは忘れっぽいけど」
「それは言わないでよ! あやめ~っ!」
ほのぼのした光景を前に、エリスは二度頷いた。
「決まりね。
次の目的地は、美園中央公園。
メイコの記憶を信じましょう。
丁度、その次は事件の起きた、浜北駅だしね」
「よし、そうと決まったら行きましょう。
もうじき、新浜松行きが来るからね」
「アヤの言う通りよ。
切符を買ったら、すぐにホームにあがろう」
こうしてエリス達は、来た道を引き返す、途中下車調査の旅を始めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます