14 ゼロポイント:小松~浜北通過


 午後2時16分、八幡駅停車。

 すぐ傍に、ヤマハの本社がある対面駅。


 ここで電車は、南下してくる新浜松行き上り電車とすれ違う。

 

 単線線路を走ってきた上り電車が、分岐点を踏みながら、右側のホームに滑り込む。

 同時に、下り線の発車信号が青に変化。

 エリス達を乗せた電車が、ゆっくりと、ホームを後にする。


 ここから線路は、片側1車線の幹線道路と並走しながら、住宅街を横切る。

 それも平成24年に高架化されたばかりの区間。

 真新しい線路と駅舎が続く。


 助信すけのぶ曳馬ひくま上島かみじま


 眼下にはロジックの体現化とでも言わんばかりに、整備された区画に沿って、整然と規則正しく、そして画一して並ぶ文化住宅。

 罫線と化した道路を、類似した見た目の車が、せわしない点となって動き回る。

 だが、ふと目線を上にやると、西側の車窓には、なだらかで緑豊かな丘陵部が続き、この人造風景が単なる箱庭であることを、我々に気づかせ安堵させてくれる。


 上島駅で二度目の、上り電車を見送ると、車窓からの風景がどんどん降下してくる。

 高架線は、ここで終わりなのだ。


 そして、馬込川に架かる遠州鉄道唯一の鉄橋を通過すると、線路は地上に降り立ち、直後に自動車学校前駅に到着した。

 遠鉄グループが経営する、教習所の最寄り駅で、線路のすぐ横を運転教習のコースが走っている。


 ここから遠州鉄道西鹿島線は、終点まで地上を走り続けるのだ。


 「トンネル?」


 エリスは、自動車学校前を出発した直後、電車の進行方向に見えた、トンネル状の構造物に目をやった。

 きさらぎ駅の話では、駅の近くにトンネルがあるという情報が記されていたからだ。


 だが、そいつはトンネルと呼べるような代物じゃなかった。

 よく見ると、線路の横切るように、灰色の防音壁が壁となって伸びていた。

 ここは、東名高速道路との交差地点。


 (きさらぎ駅とは関係なさそうね…)


 電車は一瞬で、トンネル状の構造物を潜り抜け、先へと走り続ける。


 「一気に風景が変わったなぁ…」 

 「ビル街から住宅地、そして今は、のどかな郊外」


 メイコの言う通り、右手に田園、左手には住宅地と、線路に沿って走る片側一車線の市道。

 喧騒と言うワードが当てはまらない、ゆっくりとした時間が、昼下がりの暖かさと相まって車窓を流れていく。



 電車は暫く、そんな郊外の街を縫って走り続けた。


 さぎの宮、積志せきし、西ヶ崎 ――



 気づけば、カーブを描く島式ホームが、減速する電車の眼前に見えてきた。


 「小松、小松です」


 自動音声の案内で、エリスの瞳が鋭くなる。


 「この先ね」


 あやめの言葉に頷きながらも、その視線は停車した車窓のその先に向けられていた。


 小松到着。

 近くに変電所を有する小規模駅だ。


 この先が、最終電車の消えた区間。



 「本当にまっすぐな線路ねぇ」とエリスは感嘆する。



 確かに、小松と浜北の間の線路は一直線に敷かれていた。

 目を凝らせば、遥か向こうにプラットホームと思しき構造物も見える。

 夜でも、電車のヘッドライトは浜北駅から丸見えだったろう。

 

 駅員が電車を見失うこと自体が、考えにくい状況だ。


 

 「この先で、最終電車は乗客20名以上と共に消えた。

  時間は午前零時ごろ……。

  さあ、見せて頂戴。 

  バチカン時代にもお目にかかれなかった、カミカクシって奴を!」


 ドアが閉まり、電車が出発。

 次は事件のゼロポイント、浜北。


 電車がゆっくりと動き出した。

 エリスとあやめの表情が硬くなり、瞳は展望映像と一体化した。


 モーターの唸り声と共に加速していく車体。


 駅前の踏切を抜ければ、その先に交差する道は何もない。

 

 唐突に、進行方向右手に解放感。



 (あれが、雪姉の言ってた道路か)



 線路と並走する細く狭い道路。

 向こうからミニバンが走ってきたが、それだけで道幅いっぱいという、正に路地と言うほうが合点いく道だ。

 そして、道の横には水路、これを挟んだ先に大きな工場がある。


 現場を見れば、電車を物理的に運び出すのが不可能であることが、よく分かる。


 対して反対側にはアパートが立ち並ぶ。

 駐車場もいくつかあるが、重機やトレーラーが入れるほど、大きくはない。


 電車消失は間違いなく怪奇事件だ。


 エリスとあやめだけでなく、リオもこの瞬間に確信した。


 並走する道路が消えると、電車はブレーキをかけ、ガクンと揺れながら減速を始めた。

 気づけば、もう目の前に浜北駅のホームが迫っていたからだ。


 小松駅同様、島式ホーム。

 最近、改良工事が終わったばかりの真新しく、幅広いプラットホームだ。


 「どう、エリス?」

 とあやめが聞くと、エリスは首をかしげながら


 「重機で電車を持ち出せないことは分かったけど、別段、何かしらの異常があるっていう風には見えないわね」

 「やっぱり?」

 「と言うと、アヤも?」

 「私って、半妖でしょ?

  だから、霊的だったり妖怪の類は、だいたい気配で引っかかるんだけど、それが無いのよ」

 「じゃあ、最終電車は何処に消えたんだ?」


 ガタンゴトンという継ぎ目を走る音の幅が大きくなるほど、電車が減速。

 駅手前を交差する踏切を抜ける――その時だった!


 「……っ!」


 突然、メイコがこめかみを押さえて痛み出した。


 「!?」


 その様子にリオが気づいた直後、電車は分岐点に差し掛かり、車内が大きく揺れた。

 エリスもつり革をぎゅっと握り、やり過ごす程に。


 そのまま電車は、浜北駅のホームに滑り込み、件の現場視察は終了した。


 この駅で、また上り電車との交換が待っているが、向かい側のホームに、その影はない。

 傍の踏切は鳴っているということは、もうすぐやってくる、ということだ。

 ドアが開き、乗客が降りる中、ホームにはテレビ局の者だろうか、腕章を付けたカメラマンとクルーが、何やら映像を撮っていた。

 明日くらいのワイドショーで流すのだろう。


 「で、どうするの、エリス?」


 エリスは見下ろしながら、座席のあやめと話した。

 

 「変更はないわよ、アヤ。

  このまま終点まで行って、引き返すわ。

  もちろん、浜北駅もその時に調べるつもりよ」

 「オーケイ。

  でも、西鹿島まで、あと10分ほどあるわ。

  長旅で疲れてるだろうし、しばらく座ってた方が、いいんじゃない?」

 「そうさせてもらうわ」


 エリスは丁度空いた、向かいの席に腰をおろし、凝った疲れを取るように、首を軽く回すのだった。


 「ねえ、夕食終わったら、銭湯にでも行かない?

  みんな疲れてるだろうから」

 「おっ、ナイス・アイデアよ、アヤ!

  久しぶりの日本のお風呂、楽しみだわ」

 「調べたら、宿から車ですぐのところに、大きいところがあるみたいだからさ。

  疲れた時は、美味い食事と風呂に限るわよ~!」


 などと、ほのぼのしていた一方で――


 「メイコ、大丈夫か?」


 リオは、さっきの事をメイコに聞いていた。


 「何が?」

 「いや、さっき頭を押さえて、痛がっていたじゃん?

  どこか、具合が悪いのか?

  それとも――」

 

 すると、メイコは何を慌てているのか、作り笑顔と早口で


 「あ、あれ?

  た、ただ頭をぶつけただけだよ。

  電車が揺れたから、それで後ろの窓にゴツンって……大丈夫、大丈夫!」


 訝しむリオだったが


 「そうか? だったらいいけど」


 と、これ以上の質問を止めて、座席にもたれかかった。

 自分の見間違いかもしれないと思ったからだ。


 でも――


 (アイツが痛がったのって、確か踏切を渡る前……だよな?)


 リオが自分の記憶を手繰り寄せようと目を閉じた時、電車はドアを閉め、ゆっくりと動き始めるのだった。

 真っ暗な意識の中、自動音声が流れるだけ。

 ゆっくりと走り出す、鉄の揺りかご。

 時速30キロ程度の心地よい揺れに、長旅の疲れからか意識は遠のき、リオは知らずの間に、深い深い睡魔の抱擁に包まれていくのであった。



 「次は美園中央公園みそのちゅうおうこうえん、美園中央公園です。 浜北プラザ前、スポーツクラブ……」

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