疾走…“赤電”に乗って現場へ
13 遠州鉄道へ
PM2:02
4人は再び、浜松駅前に戻ってきた。
近くの駐車場にレンタカーを置くと、その足で新浜松駅へと向かう。
遠州鉄道、南側の起点となる新浜松駅は、三階建ての高架駅で、1階にショップや遠鉄関連会社のテナントがあり、2階が改札となっている。
隣接する遠鉄百貨店からも、連絡橋を使ってアクセスできるが、今回は浜松駅側から、階段を上って改札へ。
白を基調とした開放感のある空間に、券売機と改札口、そして小さな待合所があった。
「これが、例の電話ボックスね。
ミナは、ここでホノカと口論した後、最終電車に乗り込んだ」
長椅子が置かれた待合所の隅に、件の電話ボックスがあった。
真四角の緑色、NTTが設置する、ごくありきたりの全国共通の公衆電話機だった。
エリスが眺める横で、リオは聞く。
「何か、変わったところはあるか?」
「いいえ、何も。
妖気のような類があるかもだけど、事件から相当時間が経ってるから、もう消えてる可能性が大ね。
指紋の方は調べてるんでしょ?」
「ああ、アヤのお姉さんの話なら、駅中の指紋が採取されたはずだ」
「だったら、電話ボックスも当然調べてるはずよね。
オーケイ。 じゃあ、そっちの方は警察の捜査を待ちましょうか」
すると、後ろからあやめとメイコが歩いてきた。
券売機で切符を買っていたのだ。
「当日、夜勤だった人が窓口にいて、話を聞けたわ。
確かに最終電車が出る前、その公衆電話から電話していた人がいたそうよ。
開隆館学園の制服を着た女の子で、ひどく声を荒げていたから、よく覚えてるって」
「ミス・ホノカの話の裏は取れたね。
それ以外に、何か異変は?」
エリスの問いに、あやめは首を横に振る。
「覚えていないそうよ。
無理はないわ。 その日最後の電車が出るんだし、終わったとしても、メンテナンスとか掃除もあるんだもの。
それに、同じことは警察にも話したってさ」
「なるほど…まっ、後は電車に乗って、考えるとするかな」
ゆっくりと伸びをしたエリスに、メイコが切符を手渡す。
「はい、エリス」
「ありがとう」
次いでリオとあやめにも。
遠鉄グループのマークが青く印刷された、小さな長方形の紙片に、出発駅と区間の運賃が書かれた、ごくごく一般的な切符。
「エリスの言ってた通り、終点まで買ってあるわ」
「オーケイ。
アヤ、リオ、メイコ。
まずは、この電車で終着駅まで行って、事件の鍵になりそうな駅を途中下車しながら、ここに戻ってきましょう。
特に、電車が消えた浜北駅と小松駅は、重点的に調べるわよ」
各々、これからの行動を確認すると、切符を手に改札へ。
窓口に座る駅員に切符を手渡すとパチリ、切符の端に、小さな金属製のハサミで切りこみを入れていく。
今となっては絶滅危惧種となった、日本の鉄道風景だ。
「へぇ、自動改札じゃないんだぁ……」
切り口の入った切符を、物珍しく見るリオ。
日本にいた頃、電車に最も触れていたあやめやメイコでさえ、切符を裏返しながら、興味深く眺めている。
機械式の改札機や、ICタグの入場券が普通の中で育った彼女たちにとって、それはカートゥーンのような創作上の光景で、どこか懐かしささえ感じられた。
ホームへと上がると、既に2両編成の電車が止まっている。
真っ赤な車体に、白のストライプ。
大きな一枚窓の先頭部分は、どこかリゾート列車を連想させる。
「遠州鉄道の電車……こんな鉄の塊が、線路から消えるなんてねぇ……」
外観を眺めながら呟くリオ。
それを横に、エリス達は電車に乗り込んだ。
車内には十数名の客が、既に乗っており、大半の席が埋まっていた。
その中で、エリスの希望により4人は、運転席背後の座席に移動。
エリス以外の三人が、席に座った。
「座らないの?」
詰め込めば4人座れる状態。
メイコが聞くと、エリスは答える。
「この電車が、どういう景色を走るのか見たいから」
「景色?」
「電車って乗り物は、2本のレールの上しか走れないものよ。
だったら、あの日、消えた電車と同じ視点で景色を見れば、ヒントが掴めるかもしれない」
「なるほど」
その意見は、運転台真横に座っているあやめも同感だった。
首を横に、彼女も子供のように、全面展望にかぶりついている。
先ほども言ったように、この電車の先頭部は大きな一枚窓。
ワイパー以外、遮るものが何もなく、とても良いパノラマを眺めることができた。
すると、メイコはポケットから、手のひらサイズの時刻表を取り出す。
先ほど、駅の窓口で貰ったものだ。
開かれた四つ折りの紙片を、リオものぞき込む。
「あの日消えた最終電車は、上り最終電車の折り返しですね。
11時ちょうどに西鹿島駅を出発し、11時33分、新浜松駅到着」
「そして、客を乗せて11時40分に出発か……メイコ、この最終電車以外に、線路上を走っていた電車はあるか?」
メイコは、時刻表をなぞる。
「2本ありますね。
いずれも、下り電車です。
うち一本は11時33分、終点の西鹿島駅に到着。
もう一本は、最終電車の一つ前の電車で、西鹿島には11時53分に到着します」
「というと、最終電車が消える7分前に、終点に到着してるって訳か。
この2つとも、何事もなく走り切ったんだよな」
「そうなりますね。
もし、この2つの電車に何らかの異常が起きていれば、雪凪から説明があったはずですから」
「うーん、わっかんねぇや……」
頭を抱えて座席にもたれかかったのと同時に、ホームに発車メロディが流れ、電車のドアがゆっくりと閉まった。
出発だ。
電車の運転台は、最近の通勤型の主流であるワンハンドルマスコン。
指差確認を終えた運転手が、計器の手前にある、T字型のハンドルを手前にゆっくりと倒すと、モーターが低くも静かな唸り声をあげ、電車が動き始めた。
午後2時12分、西鹿島行き下り発車。
駅を出るとすぐに、右カーブ。
左右の高架線路に迫るビルの間をゆっくりと抜けながら、電車は走っていく。
――が。
「もう着いちゃったよ……」
キョトンとするリオ。
それもそのはず。
カーブを曲がり切った先、浜松駅へ伸びる大通りをまたいで数秒で、電車は最初の駅に到着したからだ。
進行方向左手側に、簡素なホームが伸びる小規模駅だ。
ドアが開き、数名の人が乗り込む。
ここは市中心部の歓楽街に近いエリアで、昼間はそうでもないが、夕方から夜にかけては、利用客が多くなる。
ドアを閉めて、電車が出発。
ここからは、遊歩道として整理された小川沿いに、高架線が走る。
自動音声によるアナウンスが始まり、暫くは駅もないだろうと思っていたリオだったが――
「また駅だ」
目をぱちくりさせるシティ・ガール。
D.C.のメトロでも、こんなに短い区間はなかったぜと、内心思いながら。
駅を出てすぐの左カーブを曲がった先に、対面式のホームを持つ駅舎が現れる。
かつては駅の前に、同名の病院があり、名前も文字通り「遠州病院前」だったのだが、老朽化で3ブロック先に移転。
今の駅名になった。
それでも、病院への最寄り駅であることに変わりない。
同時に、大切なキーワードをあやめは口走った。
「ここが、開隆館学園への最寄り駅。
美奈さんが毎日利用していた駅か……。
怪しいところは、何もないわね」
加えて、エリスも大事なことを。
「それに、2駅走っただけだけど、例の掲示板の話が本当だってわかったわね」
「というと?」
「確かに、この遠州鉄道は、駅と駅の間が数分間隔。
あっという間に、電車がホームに滑り込む。
はすみっていう人の言うことは、この点は本当だったってことよね」
あやめは頷いた。
「それ故に、掲示板の話は信ぴょう性を得たんだと思う。
最も、本当に電車が消えてしまった今となっては、あの話自体が現実だったと信じざるを得ないんだけどね」
「きさらぎ駅…何にせよ、幻の駅への道は、まだ走り始めたばかり。
私たちが乗ってる、この電車のようにね」
エリスが再度、運転席に目を向けると、電車が走り始めた。
まだ見ぬ展望、窓ガラスにうっすら見える自分たちの姿に、期待と不安を映しながら。
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