11 姉妹の亀裂…前日の行動調査
「なるほど……きさらぎ駅。
かつて、怪異と無関係な、一人の書き込みにより姿を現した、異形の空間…ね」
眉をしかめるエリスを見て、穂乃果は失笑にも似た笑みを、浮かべて言い放つ。
「馬鹿馬鹿しいですよね?
こんなオカルト話、警察に言っても信じてもらえないでしょうし、ましてや調べてもくれない。
だから、あなた方に助けを求めたんです……」
黙りこくるエリス達に、穂乃果は最大限の訴えを、彼女たちの目を見て示した。
「信じてください!
私も、最初は信じられなかった!
けれども美奈は、妹は、まじめな時に、こんな冗談をするような子じゃないんです!
きっと、この写真は本物……だから!!」
強まった語気に、最早、演技も虚構もない。
エリスには、それが分かった。
経験則、バチカン時代に学んだ心理学と、幾多と駆け抜けた人間同士の駆け引き。
彼女の培ったソレに、勝る者など誰もいない。
穂乃果にスマートフォンを返しながら、彼女は言う。
「無論、私たちは信じますし、それを調べるのが、仕事です」
「でしたら――」
「ええ、依頼を引き受けます。
妹さんを必ず、きさらぎ駅から救ってみせます!」
「お願いします」
目頭に涙を浮かべ、穂乃果は深々と頭を下げる。
「ミス・ホノカ。 妹さんが消えた、当日の事を教えていただけますか?
どこへ行き、何をして、何を話したのか。
そこに、なにかヒントがあるかもしれません」
エリスは、やんわりと切り出す。
が、当の穂乃果は暗いまま。
「……あの日の朝は、今思い返せば、もっとあの子に優しくしてあげてればなって思いました」
「えっ?」
「前の晩、私は美奈と大喧嘩したんです。
彼女の将来について話していたら、そのまま言い合いに……。
なので、朝は声をかけても、口を聞いてくれませんでした」
メイコが聞いた。
「将来……ですか?」
「美奈、幼いころから動物が好きで、高校を卒業したら、オーストラリアの乗馬学校に留学したいって言ってたんです。
一流の障害騎手になりたいって。
でも、私は妹に堅実な道を歩いてほしいんですよ。
私もこうして、今は研究室を貰えるほどの人間になりましたが、夢を追って生きていくのは生半可じゃないし、現実的なことを言えば、その分お給料も不安定」
「こう、世界的に不景気だー、なんて言ってる世の中ですもんねぇ。
安心してご飯を食べたきゃあ、就活か公務員が、この国じゃあ堅実っちゃあ堅実か」
メイコの深い頷きに、穂乃果も同調して首を上下。
「なので、ここ最近は進路について、美奈ともめることがしょっちゅうだったんですけど、昨夜は彼女の琴線に触れたらしく、お互いに怒鳴りあってましたよ。
ひどい夜でした」
ここで質問は、エリスに戻る。
「で、そのまま学校に?」
「そうです。
私の車で、駅まで送りました」
あやめが横から聞いてくる。
「行きも、電車だったんですね?」
「はい。
8時22分、浜北駅発の電車です。
この時間だけ、古い電車が走るので、よく覚えています」
横でメイコが、自身のスマートフォンで、証言の裏を取った。
検索システムの脅威とでも、気取って言っておこうか。
確かに、午前8時22分浜北発の電車は、旧式の電車を使用しているようだ。
遠州鉄道は、朝夕のラッシュ時に2編成を連結し、4両編成で運行する。
そのため、普段は車庫で待機している旧式の電車が駆り出されるのだ。
「車を降りる前にも何も?」
「ドアを思いっきり閉めて、駅に行きましたので、声すらかけてられませんでした」
「帰りと同じく、浜北から新浜松まで?」
「いいえ。
その2つ前の遠州病院駅が、学校への最寄り駅なんです。
駅から20分ほど歩いたところに、開隆館学園があるので」
「穂乃果さんは?」
「私はそのまま、車で大学に向いました。
国道が酷く渋滞していて、1時間ぐらいかかりましたけどね」
消えた岩崎美奈は、朝も電車に乗っていた。
しかし、その時は何もなく学校に行っている。
乗った区間が短いというのが関係するのか?
それとも――
聞き手は再びエリスに戻って
「それからは?」
続きを聞く。
が、穂乃果は首を横に振った。
「次に彼女と話したのは、電車に乗る前の電話です。
沙奈絵ちゃんに送ってもらった、依頼にも書いた通り、最終電車が出る前に……」
「でも、11時半近くって、かなり遅い時間ですよね?」
「学習塾ですよ。
週に3回、午後7時から、遅いときは10時まで詰め込み。
夜10時の最終回まで講義がある日は、浜松駅近くのファストフード店で授業の復習をするのが、いつものルーティーンなんです」
「それが、行方不明になる当日だった」
エリスの質問に、穂乃果は頷く。
「その上、あの日は担当の指導員と、進路に関する面談の日だったんですけど、そこで彼女の今の学力が、留学試験でも十分に通用するって言われたそうで――」
「また、進路についてもめちゃった……と」
途端、穂乃果の声が震え始めた。
首を垂れながら。
涙をこらえているのは、誰が見ても確か。
「こうなるって分かってたら……頑張ったね、おめでとうの一言でも、かけてあげれば……」
鼻をすする音。
最愛の人を失った悲しみ、虚無感は大きい。
あやめが、そのことを忘れさせるため、横から再度、質問を切り出す。
彼女もまた、その痛みが辛いほどわかったからだ。
「写真についてなんですが、美奈さんが穂乃果さんに送ってきたのは、私たちに見せてくれた、その1枚だけですか?」
すると、穂乃果は顔を上げて
「あ、いえ。 その前に2枚ほど」
瞬間、エリスもあやめも、目を丸くした。
「あったんですか!?」
「ええ。 でも、送り間違いかなんかだろうと思うんですけれど……」
「というと?」
あやめが聞くと、穂乃果はスマートフォンを起動する。
「駅の写真なんですけどね。
薄暗くて、人家の少ない駅のホームと建物の。
少し前にあの子、終電で寝過ごして、終点手前の駅に降りちゃったんですけど、その時に送ってきた写真に、よく似ていたんですよね。
あの時は迎えに行って、笑い話で済んでたんですけど……」
再度、差し出した画面。
そこには写真ではなく、無料通話アプリのトーク画面。
美奈の最新の投稿は、先ほど見せてもらった、きさらぎ駅の駅標。
しかし、その以前にも2枚、写真が同時刻に連続して投稿されていた。
「その、終点手前の駅の名前は?」
「確か……
浜北から向こう側は、そんなに利用しないのでよく分からないんですけど」
写真を見ると、暗くて全体的なところはよく分からないのだが、以下の情報は読み取れた。
ホームは片側だけで線路も単線。
線路の周囲には何もなく、駅舎は木造。
時刻表に似た類のものや、ベンチも見当たらない。
ニスを塗りたくった、ジオラマの駅。
エリスとあやめの第一印象は、そんな作り物を見る感じに似ていたという。
だが、3枚の写真の後、穂乃果が送った安否を問う単語の連投には、既読の言葉がつかず、今に至っている。
「因みに、ここ最近、美奈さんはご旅行とか、行かれましたか?
……いえ、写真を一件見ると、どこか都会から離れた、田舎の駅みたいな雰囲気がありますから」
あやめの質問に、穂乃果は改めて写真を見た。
「確かに、そうですね。
私も、この写真を初めて見た時は、興奮していましたから」
「ひょっとしたら、旅先で撮った写真を、間違えて一緒に送ったのかもしれないと、一瞬思いましてね。
私もテレビや雑誌でしか見たことないのですが、千葉県のいすみ鉄道とか、SLで有名な大井川鉄道には、こういった昔ながらの駅が遺されてて、SNSの撮影スポットやドラマのロケなんかで、若い子にも人気になってると聞いたことがあります。
なので、そういった場所に遊びに行って、旅の思い出に、スマホで写真を撮った」
あり得る話だ。
スマートフォンから写真を送る際、手が滑って無関係な写真を送るなんてことは、そう珍しくもない。
しかし――
「でも、あり得ませんよ」
穂乃果は断言し、つづけた。
「彼女、旅行とかそういうのは、全く興味のない子でしたから。
どこかに行くこと自体が、けだるい、そんな感じで。
遠くへ遊びに行くと言っても、仲のいい友人と、アイドルのコンサートに行くぐらいで、行先も東京とか名古屋とか、新幹線で行ける場所がほとんどです。
なので、こんなノスタルジックなところに、進んでいくような子じゃないんですよ」
「そうですか……」
となると、この写真は穂乃果の言う通り、岩水寺駅?
誤って岩水寺駅の写真を送ったのか?
それとも――
「その写真、お借りしてよろしいでしょうか?」
「もちろんです」
穂乃果は、三枚の写真を自分の端末にダウンロードすると、それをエアドロップを使って共有。
いったん、あやめのスマートフォンに保存することで解決した。
これ以上聞けることはないだろう。
後は現地調査だ。
――すると、エリスが唐突に切り出す。
「最後に一つ」
「はい」
「妹さんとの最後の通話は、スマートフォンでしていないんですね?」
「え?」
彼女は、穂乃果のスマートフォンを指さして続ける。
「この無料通話アプリは、チャット以外にも電話機能がありますが、この履歴を見る限り、最終電車が出発した時間の前後に、電話をした形跡がないんです。
もちろん、一般の電話を使ったという見方もできますが、頻繁にアプリを使っている人が、通話料のかかる電話を、わざわざかけるとは考えにくい。
まして、それが肉親ともなればね」
穂乃果は言った。
「公衆電話から、かけてきました。
今の時代に、公衆電話ですよ。
美奈が言うには、モバイルバッテリーを忘れて、スマホの電池が残り少ない状況だったらしくて。
私も非通知から電話が来たので、一瞬驚きましたが、時間が時間だったので、多分美奈からだろうと思って出ました」
エリスは更に聞く。
「公衆電話は、どこの?」
「新浜松駅の、改札前にある電話です」
公衆電話。
エリスには何故か、それが妙に引っかかって仕方なかった。
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