8 事件の話は餃子を食べながら
浜松駅北口にそびえる、地上8階、地下1階の近代的なビル。
名をメイワン。
文字通り、開業日が5月1日であることから名づけられた。
地下にはスーパーマーケット、中層階アパレルショップ、最上階は浜松でも最大規模を誇る書店が入っている。
メイワン7階がレストラン街となっており、その中の一つ、五味八珍にエリス達はいた。
県西部に展開するラーメンチェーン店である。
「これが、うわさに聞く浜松餃子かぁ……」
感嘆するあやめも、そのグルメは初めてであった。
浜松は、餃子の年間消費量が、栃木県宇都宮市と一二を争うほど多い。
そのため現在では、浜松は餃子の街として近年、認知度を上げている。
そんな浜松のオリジナル餃子こそ、書いて字の通り、浜松餃子。
今や、静岡を代表するB級グルメである。
その発祥は戦後、復員兵が浜松駅近くで開いた屋台が最初であると言われている。
焼き具合やレシピは各店ごとに異なるが、甘いキャベツと豚肉を主体とした餡と、フライパンに円形状に並べる焼き方、餃子と一緒に添えられる、シャキシャキした茹でモヤシが、浜松餃子の主な特徴である。
市内には、浜松餃子元祖とされる石松餃子店をはじめ、百件以上の専門店が暖簾を構えているが、それ以外にも居酒屋や地元チェーン店でも、浜松餃子を楽しめる。
五味八珍も、その一つ。
「肉汁とキャベツの甘みがマッチして、とっても美味しいわ。
日本のグルメ、ハズレがないから大好き!」
思わず笑顔になるエリス。
浜松餃子とラーメンのセットを、お昼の供として、雪凪から事件の話を聞くこととした。
「事件は3日前の、7月9日午前0:01頃。
浜北区小松駅を出発した、下り西鹿島行き最終電車が、同区浜北駅手前を走行中忽然と消失。
切符やICカード等の履歴から、電車には少なくとも25人が乗車していたものと推定される。
国内外の犯罪組織からの犯行声明等はもちろん無し」
と、ここまでは読者も知っていること。
雪凪は、タレを付けることなく餃子をほおばる。
「妖怪、もしくは魔術師の犯行と言う線は?」
エリスが聞くと
「無論、それも加味しての捜査です。
新浜松駅から小松駅までの防犯カメラ映像、指紋のみならず、妖怪特有の残留妖気の計測まで、多角度に行ってます。
ただ、指紋に関しては警察庁本部のデータベースと照合を行ってますので、時間はかかってしまいますがね」
続けて
「電車の方は?」
「消失したのは2000系電車1編成。
遠州鉄道で運行されている主力車両で、1両の長さは、およそ20メートル。
幅、約2.7メートル。
営業最高速度70キロ。
重量約30トン。
2両編成の、ありふれた近郊型通勤電車です」
するとリオが、茹でモヤシを食べて言う。
「トレーラーでの搬出は無理そうだな」
「当然。
しかも、消失地点は住宅街ですし、並行する道路の横には、用水路が流れているため、大型車の通行はまず無理です」
加えて、あやめがひと言。
「それに、架線を切断せず、本線から車両を引き抜くなんて、不可能だしね。
Nゲージならまだしも、コイツは1分の1スケールのモノホン。
……雪姉、乗務員の方はどう?」
雪凪は答える。
「静岡県警が真っ先に洗ってた。
乗務員は、天野秀明運転手、43歳。
車掌、西田信太郎、39歳。
病歴、犯罪歴はもちろん、列車操縦に関しての問題点は一切なし。
ただ、西田車掌に関しては、ギャンブル好きな一面があったらしく、非番の日はよく、浜名湖競艇場に入り浸っていたみたい」
ギャンブルの借金から、犯行を?
仮に西田車掌が、何らかの魔術を使える能力者であったとするなら、犯行は可能であると考えられるし、動機も推理の段階だが成立する。
しかし、そのために乗客を電車もろども誘拐するとは考えにくい。
リスクがありすぎる。
「警察は当初、西田車掌を疑ったみたいだけど、そもそも電車を消す程の能力を、彼は持ち合わせていなかった」
「と言うことは、彼は人間なのね」
「ええ」
メイコはそう言うと、ラーメンをすする。
その横で、六条が言った。
「そもそも、魔術師や陰陽師でも無理だと思うわ。
こんな荒業」
あやめは再度、話題を変える。
「報道管制は勿論――」
「かけてる。 コード25」
「警察庁が執行できる、最大規模のコード」
「だから昼のワイドショーも、考察系ユーチューバーと変わらないほどの、浅い事しか言ってないわね。
専門外の専門家が、ただただ薄い言葉で斬るだけの。
それでも、事態を隠し通せるまで、あと4日ぐらいが限界よ」
「となると、私たちが捜査できるのも、それくらい……か」
今回の事件は、ラスベガス以上に時間との戦いになる。
口に手を当て考えるあやめに、雪凪は言う。
「ボーダーラインを越えたら、事態は警察庁から、日本政府の管轄に移行するわ」
「極秘の緊急事態条項……国民の生命、私有財産への損害が考慮される異能、もしくは妖怪事案、か」
「その前に何としてでも解決してほしい、というのが警察庁長官と国務大臣の意向だそうよ。
妖怪や魔術の類が実在するってのは、一般市民には知らされていないし、公に伝えることのできないアンタッチャブルな領域。
それを国が認めることになるんだもの」
「とめどないパニックが起きるのは必至だし、各国やバチカンをはじめとする組織との関係が崩壊する危険さえあるわけだから」
政府が動けば、妖怪たちの安寧もまた無に消える。
世界中にまで、その影響は波紋するだろう。
犯人がもし、国外の魔術師や妖怪であれば尚更。
ただ…と、雪凪は溜息。
「正直、警察はコレが事件か事故かすら、ちゃんとした見通しを立てていないのが現状よ。
セオリー通りの初動捜査をしているけど、掴めている情報は皆無に等しい。
この分だと、果たして1か月、いや、1年かけても、事件はナゾのままになりそうよ。
トクハンの力を以てしてもね」
ランチを食べ終わったあやめは、水を一口。
「だけど、それはお姉ちゃんの仕事。
私たちはあくまで、ノクターン探偵社として動く。
依頼人のお話優先だから、そこは“御免”だよ?」
「それは承知の上よ。
警察の方で分かった情報は、そっちに回すわ。
こっそりとね」
すると、エリスは聞く。
「いいのか?
地元警察は良しとしても、八咫鞍馬が許さないでしょ?
特に私たち、いえ、アヤとの間に、深い因縁があるんだから」
雪凪は首を横に振った。
「私は、どこにも属さない、スタンドアローンな存在。
古い言い方をするなら“歩き者”よ。
だから、どこかの組織に義理を通す必要も、伺いを立てる道理もない。
ま、そのおかげでトクハンの刑事として、捜査できるんだけどね」
「そうか。
どこかの陰陽寮に所属していたら、公平な捜査ができないからか」
「ピンポン。
でも、愛すべき妹はレ・イ・ガ・イ」
笑顔でウィンクを飛ばす雪凪に、あやめは
「おいおい姉よ、公平な捜査とやらは何処に消えた?」
「だから、こっそりと教えるのよ」
ありがとう。
そう、小さく囁いたあやめに、姉は優しい笑み。
「さて、そろそろ時間も頃合いだし、ここからはノクターン探偵社の仕事よ。
セツナ、事件の情報、ありがとうございます」
エリスが席から立ち上がると、雪凪も同じく。
「いえいえ、また用があったら、言って頂戴。
私はいったん、中央署の捜査本部に戻るわね」
そう言うと、雪凪は伝票を手に、席を立った。
ここは私に奢らせて。
と、白い紙をひらひらさせながら。
「私も、雪凪と一緒に警察に行くわ。
捜査状況を、上に報告しないといけないからさ」
「ありがとう」
「また、何かあったら連絡頂戴。
基本、私もしばらく浜松にいるから」
六条もあやめに別れを告げ、レジへと向かった。
「確か依頼人のいる大学は、この近くだったわね?」
「そうよ、エリス。
静岡文化芸術大学」
「遠いのか?」
リオが聞くと、あやめはスマートフォンをタップ。
「いえ、歩いて15分程度よ」
リオは日の差す窓を見ながらため息。
時期は7月。
今年も空梅雨で終わりそうな、ピーカンな快晴。
「食後の運動がてら…といいたいところだけど、どうも日本の夏ってのは、ジメジメしてて、リスボン暮らしの私にはきついわね」
「それに関しては、同じく」
小さく手を挙げるエリス。
そんな2人を見て、あやめはメイコの方を向くのだった。
「じゃあ、大学へは車で行きましょうか。
メイコ、レンタカーの手配はしてくれたのよね?」
「モチロンです!
移動用に2台。
駅西側の駐車場に、用意してあるはずですから!」
「オッケー、じゃあノクターン探偵社、捜査開始!」
エリスの鳴らした指を合図に、全ては動き出す――。
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