7 雪凪という姉
「アヤ」
改札へと降りるエスカレーターで、エリスは前の段に乗るあやめに、声をかけた。
「あなたに姉なんていたの?」
「言ってなかったっけ?」
「ええ」
あやめは、ふうっと息を吐き
「まっ、ノクターンに入るのに、家庭環境だとか学歴だとか、そんなの関係なかったからねぇ…」
「違いない
怪奇事件を追うにふさわしい人物、アカシックレコードに因縁のある人物。
それくらいしか、採用基準取ってなかったから。
でも、アヤのお姉さんなんだ。
きっと美人で、おしとやかで、気品があって――」
4人は次々と改札を通り抜けていく。
エリスは、あやめの雰囲気から姉の姿を想像するが、当の本人は
「水を差すようで悪いけど、美人以外何も当たって無いわよ」
「え?」
その時だ。
「あーやーめーちゃーん!」
透き通るも甲高く、あからさまにハイテンションな声が、駅構内にこだますると共に、走り迫る足音が響いてきた。
「あ、靴紐ほどけた」
しゃがんだ瞬間――
大きな衝撃音の後、目を点にして全員が一点を、いや、おおよそギャグとしか思えない光景に、固まっていた。
その一方で、何事もなかったかのように、お気に入りのスニーカーの紐をゆっくりと結ぶあやめだった。
「あ、アヤ…今、あなたの頭の上を飛んで行った人」
「うん」
「そこの柱にめり込んでるけど」
「そだねぇ」
「…誰さん?」
「お姉ちゃん」
「……ぱーどぅん?」
エリスは耳を疑った。
今、大理石の柱にめり込み、JRの広告と一心同体と化している、黒髪ロングの女性が、あやめの姉なのか!?
クールで快活で、ハリウッド映画っぽい、キザなたとえを口にする彼女からは、想像もつかない様子。
「あれが、私のお姉ちゃん」
「お、おう…」
靴ひもを結び終えたあやめだが、状況を飲み込めないエリスとリオは、当然と言うしかない反応で、目をぱちくり。
そのうち、件の女性が動き出した。
「んもう……冷たいなぁ~」
「
こちらを振り向く、あやめの姉。
すらっとした顔立ちの美女。
幼さの残る輪郭や大きな瞳に、あやめと同じDNAを感じる。
だが、姉とは言うものの、その年齢は1、2歳程度、もっと言えば同い年か、それより下かもしれないほどに若く見える。
スーツを着ていなければ。
「紹介するわ。
こちらが、私のお姉ちゃん。
ちゃんと、血がつながった、ね」
あやめの紹介の後、彼女は口を開く。
「はじめまして~。
姉ヶ崎あやめのお姉さん、そして……」
彼女が懐から出したのは、警察ID。
縦折、正真正銘の日本警察のそれであった。
「警察庁直属、特殊犯罪対策係主任。
よろしくお願いしますねっ!」
明るい挨拶の後、2人が互いに握手を交わしながら自己紹介。
「ノクターン探偵社社長、エリス・コルネッタ」
「同じく、探偵社のリオ・フォガート」
「エリスちゃんと、リオちゃん……ね? よろしく!」
警察官、それも役職付きのお堅いポジションだというのに、想像以上に気さくである雪凪の姿に、エリスとリオはキョトンとしてしまう。
鳩が豆鉄砲を食ったよう、とはまさにこの事か。
しかし、エリスは握った手に残る違和感を、その右手を見つめながら
「ミス・セツナ」
「呼び捨てでいいわよ」
「では、セツナ。
あなた……人間じゃありませんね?」
指摘された雪凪は、ふふんと嬉しそうに笑い
「流石、元バチカン極秘諜報作戦機関のエージェント」
「知ってたんですか?」
驚くエリスに、雪凪はウインク。
「あやめちゃんに、ちょっとだけ聞いてね。
といっても、この子が日本を離れて、すぐの頃の話だけど」
「本人曰く、妹レスだったそうです」
とは、あやめの付け加え。
ならば、とエリス。
「パチュリーの諜報員たるもの、妖怪や魔術の知識は必須というのもご存知とは思いますが」
「もちろん。
で、気になったのは握手をした時、その手が異様に冷たかったから」
エリスは頷いた。
「この特徴に、アヤの肉親であるという点を考えれば――」
「いい推理ね。
その先は、言わなくても分かるわ」
雪凪は、あやめの横に立ち、彼女の肩に手をかけて言った。
「私は正真正銘の雪女よ。
母親の遺伝子を100パーセント受け継いでる。
その力を使える仕事として、警察官になることを選んだってわけ」
「そもそも、私が探偵になったのを知って、警察官になったんじゃない?
私立探偵には、深い関係の刑事が傍に必要だ、なんて言って」
あやめの指摘に、雪凪は頭を掻きながら
「そ、そうだったけ?」
「ほんと、シスコンなんだから、雪姉は」
「あっはは……。
ところであやめ、この後は、どうする予定なの?」
話を変えて、今後の事を聞くと、あやめは答える。
「クライアントとは、1時に会う予定でアポを取ってるわ」
続けて、エリスが言う。
「相手は大学の先生だそうで、空いている時間が、そこしかなかったんです」
「えーと、今11時20分過ぎ」
目の前の新幹線改札。
ぶら下がる大きな電光掲示板に埋め込まれた、アナログ時計を見ながら雪凪は時間を確認すると、エリス達に提案するのだった。
「あやめ、お昼、まだでしょ?」
「ええ」
「なら、駅ビルのレストランでご飯しない?
事件のことも、話しておきたいしさ」
「雪姉の事だから、本当の目的は、私と久々のランチしたい……じゃないの?」
微笑むあやめに、冷汗をかく雪凪。
姉妹の再会を、エリス達は穏やかに眺めていた。
「ま、まあ、そうとも言うわね」
「そうとしか言わないって」
「とにかく、立ち話もアレだし、移動しよ?」
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