到着…探偵社、捜査開始

6 再会のピアノ…ノクターン、日本上陸!


 リスボン国際空港から、LCCでフランクフルトへ飛び、その後トランジット。

 ヴァイス・カイザーエアライン117便に乗り込んで、日本へと向かった。

 愛知・中部空港直行の、新日本航空コード共有便である。


 11時間半の旅路の果て、翌日の午前8時半に旅客機は、中部国際空港・セントレアに着陸した。

 愛知県東部の知多半島沖に浮かぶ、中部日本の玄関口である。


 4人は入国手続きを終えると、今度は私鉄に乗り換え名古屋へ。

 名鉄の空港特急ミュースカイで28分。


 更にそこから、東海道新幹線に乗り換える。

 全駅各停の、こだま号東京行きで45分。

 3つ目の駅が、浜松である。


 ■


 「とうちゃーくっ!」

 

 カーブを描くプラットホーム。

 新幹線が、JR浜松駅4番線に滑り込んだ。

 チャイムの音とアナウンスが響く駅で、エリスは両腕をあげて思いっきり伸びをする。

 それまでの疲れを抜き取ると、オレンジと白の駅標を見上げた。


 「ようやく来たわね、浜松に!」

 「本当…長旅だったわね。

  飛行機と列車でほとんど1日過ごしたから、もう肩ゴッチゴチ」

 「以下同文です~」 


 あやめやメイコも、大きく深呼吸して肩をもみほぐすが、リオは前髪をかき上げクールに、そして現実的に。


 「で、ここからどうするんだい?

  事件の現場に着いたはいいが、ここにいる誰も土地勘がないと来てるんだぜ。

  ハママツのハの字も知らないってね」


 しかし、あやめはリオの方を向いて微笑んだ。


 「心配ないわよ。

  ある人に協力を頼んだから…まあ、って言い方も、語弊があるかもだけど」

 「なにそれ?」

 「まあ、行けば分かるから。

  豊橋を出たあたりで、駅に着いたってメールが届いたから、今頃改札の前で、油売ってるでしょ」


 そう言って、先陣を切ってあやめは歩き出した。

 プラットホームから伸びるエスカレーターを下って、改札へと進む。 


 途中、2階部分に待合室や駅弁屋が置かれたコンコースがある。

 遠州灘で採れたシラスを使った特製駅弁が、かなり美味であり筆者のお気に入りであることは、この際どうでもいい話だが……特筆すべきは、そこではない。



 新幹線浜松駅のコンコースは、他の駅とは違う、ユニークな構造になっている。



 ホームを降りて、改札方向へと進むと、左右に大きなブースが現れる。

 右手には自動車とバイク、そして左手には漆黒のグランドピアノ。


 

 実は浜松は古くから工業地帯として栄え、数多くの企業本社や工場が、この地に拠点を構えている。

 自動車メーカー、ホンダの創業者である本田宗一郎も、この浜松の出身だ。


 展示されているものは、それぞれ浜松に本社を置く世界的なメーカーの商品。

 そう、産業の街としての浜松を紹介する場、と言うことなのだ。


 その上、グランドピアノは常時解放されていて、誰もが好きなようにピアノに触れられるようになっている。

  

 「これは…っ!」


 不意に耳に飛び込んでくる、軽やかな旋律に、4人は足を止めた。

 滑らかな音階もさることながら、反応したのは奏でている曲。

 心許すどころか、不穏すらも感じたからだ。


 ショパン作曲、ノクターン第20番。

 

 彼の遺作の一つを奏でているのは、誰だ?

 ピアノの方を見ると、指を動かすのは、あやめ達と幾年同じの女の子。

 豊かな胸と長い黒髪を除いても、前髪に光る特徴的な黒揚羽の髪飾りは、それが味方であることを、あやめに知らせてくれた。


 「もうちょっと、いい選曲はなかったのかしら?」


 一歩近づいてあやめが言うと、彼女は演奏を止めて微笑。


 「いいえ、この方が無難だって思っただけよ。

  ノクターン探偵社の歓迎にはね」


 そして、ピアノから立ち上がった。


 「久しぶりね、あやめ。

  それに、メイコも」

 「咲久弥さん!」


 3人は互いに、固く抱き合うと、エリス達の方を向く。


 「エリスちゃん達には、まだ紹介してなかったわね。

  六条咲久弥、私の協力者よ」

 「ああ、ラスベガスの事件でジェイク三沢の情報をくれたって言う――」


 エリスが言うと、六条は2人と握手を交わしながら話す。


 「あの時は助かりました。

  私も、事件に介入すべきって上に訴えたんですけど、聞いてもらえなくてね。

  私たちの情報と技術があれば、もっと早く事態は収束できたんでしょうけど」

 「上?」

 

 リオの疑問に、彼女は続けて答える。

 

 「こう見えて、八咫鞍馬の幹部でしてね。

  おまけに、六条御息所の血を引く半人半霊」

 「陰陽寮の幹部だと!?」


 身構える彼女だが、六条は両手を振って、疑念を打ち消した。


 「ですが、ご心配なく。

  あなた方の事は、組織にリークしてませんし、話す気もありません。

  無論、アカシックレコードとやらにも興味はない。

  そもそも、あやめちゃんが破門された一件から、私は自分の組織に信用とか忠誠なんて、これっぽっちも置いてませんから」

 「なら、どうして今も八咫鞍馬に?」


 今度はエリスが、まっすぐ六条の眼を見て聞いた。

 彼女は、顔を背けると寂しそうに言う。


 「足枷…でしょうかね?」

 「え?」

 「京の都に古より根付いてしまった一族の血と、過去への贖罪という、両足の枷がが外れないから……かもしれません。

  それに、私の組織は会社じゃない。

  抜けるのは、枷を足ごと切り取るより難しいんです。

  分かるでしょ?

  かつてのあなたがいた場所、そこが私のいる牢屋と同質なんですから」

 「……」


 その瞳に、エリスは過去の自分が持っていたものと同じ濁りを見た。

 六条もまた、組織になじめない者。

 抜け出せないが故に、自己を殺しながら生きようとしているが、今のところ壊れそうな素振りは全くない。


 過去への贖罪。

 それは、あやめの事なのだろう。

 エリスは仲間として、そして探偵社社長として、彼女の言うことがよく分かった。


 まだ二十歳の少女が背負うには重すぎる過去への贖い。


 「さて……」

 そう、六条が言うと、2人を見回した。


 「お二方は、エリス・コルネッタとリオ・フォガート……で、あってるかしら?」

 「知ってるなら、今更挨拶は不要ね」


 エリスは自己紹介を省き、本題へ。


 「早速だけど――」


 六条が人差し指を口に当て、エリスの言葉を遮った。


 「話はあやめから聞いてます。

  丁度私も、この事件について、八咫鞍馬より調査指示を受けてましたのでね。

  まあ、グッドタイミングというか、分が悪いというか」


 リオは聞き返した。


 「調査指示?

  ということは、私たちと行動するのは危険じゃないのか?」

 「ごもっとも。

  なので今回は、もう1人助っ人を呼びました。

  あなた方の安全のためにも、後のアプローチは、彼女に任せることにします」

 「助っ人?」

 「あやめの知る、私と同等の人物…とだけ」


 リオが疑い深く聞く。

 

 「大丈夫なんだろうね?」

 「ええ。

  おまけに、警察の情報も、一石二鳥で入りますよ」


 その瞬間、あやめの脳内に、その人物の輪郭がくっきりと浮かび上がった。


 「まさか…?」

 「そっ!」


 六条は、その人物の名を伝えた。


 「姉ヶ崎雪凪あねがさきせつな、あなたのよ」

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