4 エリスの心配…乗り物消失事件ケース
乗り物の絡んだ消失事件。
有名なところで言えば、1872年のマリーセレスト号事件が有名だろう。
しかし、今回は乗り物が乗客もろども消滅している。
果たしてそんなことが、この現代にあり得るのだろうか。
簡単に認めたくはないが、そう言った事例は世界各国で報告されているのだ。
1975年12月、ノルウェーの鉱石運搬船 ベルゲ・イストラ号がミンダナオ島の南方沖約180キロで忽然と消息を絶った。
全長300メートル、重量約22万トンの巨大貨物船。
これだけの船が事故を起こせば、何らかの痕跡が残るはずだが、乗員の死体はおろか漏れた燃料や救命ボートの類すら発見されていないという。
1963年11月、日本。
銀行支店長代理ほか3名を乗せた車が、茨城県内のバイパスを走行中、突如眼前を走行していた高級車が消滅。
急カーブも横道もない、一本道での出来事である。
彼らの証言によれば、車体の周囲から煙のようなものが噴き出し、陽炎のように包み込まれたと思った刹那、もう車はいなかったという。
そして、2014年3月。
クアラルンプールを飛び立った、北京行きのマレーシア航空機370便が239名の乗員乗客と共に姿を消したケースは、オカルトマニアならずとも、誰しもが知っているだろう。
レーダーやGPSが高度に発達した21世紀と言う時代であるにもかかわらず、旅客機は規定のルートを外れ、マレー半島をインド洋方面に飛んだのを最後に、その消息はようとして知れず。
各国の救助隊、軍が捜索したが旅客機を発見することができなかった。
しかし、1年後にフランス領の島で、この旅客機のものと思しき残骸が漂着しているのが発見されたことから、現在ではインド洋に墜落したとの見方が強く、現にマレーシア政府も墜落と生存者ゼロを公式に発表している。
このように、情報技術が発達した近現代、ひいては第二次世界大戦後以降も、こうして乗客を含んだ、乗り物の消失事件は起きている。
しかし、マレーシア航空機失踪事件を除けば、ほとんどの乗り物失踪事件は、過去の無関係な事故や事件に、あらゆる尾びれが付き、結果誇張されたミステリーとなってしまったケースが多い。
アメリカ東部、かの有名なバミューダトライアングルにおいて消失した船や飛行機のケースが、これに該当する。
なにせ、バミューダ政府の海難事故調査機関には、船舶や航空機失踪に伴う救助報告は一件も報告されていない上、この海域で失踪したとされる船舶が他の海域で沈没していたという事実も確認できているからだ。
おそらく、ノルウェーの鉱石船や、日本の高級車のケースも、何かしらの事故の証言や客観的事実に、過大な脚色がなされた上での報告である可能性は高い。
だが、今回の列車のケースはどうなのか。
現に、乗客を乗せた2両編成の電車が住宅街のど真ん中で消えているのだ。
誇張された事故でもないし、誘拐にしては大規模すぎる。
エリスでも当然、皆目見当はついていない――。
■
「で、あなたはどうなの?」
エリスからの問いに、あやめはゆっくりと、コーヒーを口に。
「なにが?」
「日本に行くってことよ。
あなたは、日本妖怪の同業組合、いえ、マフィアと言った方がちょうどいいかもね……その中でも最大勢力の八咫鞍馬から追放された元幹部。
それも、アヤの存在を気に食わない者たちの計略により殺されかけ、生き残る術と引き換えに子宮を失った末路……」
その言葉に、あやめは遠くを見た。
手にしたコーヒー、氷の溶け残りをくゆらせ弄びながら。
「行きたくないなら、別にいいのよ」
エリスの問いに、彼女は微笑した。
「過去は過去、今は今。
仕事なんだから、危ない橋を渡るのは覚悟の上よ。
日本に愛想を尽かして、こうやって出てきたときからね。
それに、ケサランパサランの事件で福岡に行った時も、式神に監視されたけど、結局何も起きなかったじゃない?」
あっけらかんとする彼女に、エリスの悪い癖は出てしまい――
「今回は四六時中、日本にいることになるのよ?
数時間滞在した前回とは訳が違うわ」
あやめは、エリスの鼻先を指さして言った。
「仲間に対して心配性を出しちゃうのが、エリスの悪いとこ!
私が信用できないの?
それとも、日本に行ってほしくないの?」
「そんなことないわ。
でも……覚えてるでしょ?
私と再会した、あの箱根の事件のこと。
何もかも、自暴自棄になって、自殺まがいのことをしてた姿を、私は…もう見たくない」
あやめは言う。
「時間は…異国は…新しい出会いは……ゆっくりと古傷を癒してくれたわ。
あの時とは、もう違う。
八咫鞍馬を追い出されたことも、子宮を失ったことも、今となってはどうとも思ってないわ。
ケサランパサラン事件でも、犯人のゲイリー・アープに、子を産めない体にするって言われて半殺しにしたけど、それは過去をほじくり返されたからじゃない。
女らしくとか、女性を見下したり嘲る奴を、私は許せないだけ。
この姉ヶ崎あやめの、絶対譲れないアイデンティティなの。
だから、私の心配はしなくていい」
「……」
黙りこくるエリスに、あやめは続けた。
「ノクターンはチーム。
あなたは、そのリーダー。
強がったり、怖がったりしちゃダメ」
「アヤ……」
あやめはそっと、エリスの胸元のペンダントを触った。
「あなたが、仲間を失いたくない気持ちは分かる。
バチカンで受けた心の傷が、そうさせてることも。
私だって、エリスもリオも、メイコだって失いたくない。
でも、お互いの力やココロを、ちゃんと信頼しないとね?
怪奇事件はおろか、あなたが探し求めたいアカシックレコードも、見つからない……でしょ?」
考えすぎか。
次第に、エリスを縛っていた不安の糸がほぐれ始める。
「起こるか分からないことを、今から考えてたら、人間なにもできないわ。
……まあ、半妖の私がこんなこと言うのも変だけど」
アハハと失笑するあやめの姿に、エリスもようやく安堵し
「それもそうね」
目をつぶって首を振ると、それまでの陰鬱な表情を消して、凛とした瞳をエリスは向けるのだった。
「怪奇事件を解けるのは、この私たちだけ。
行くわよアヤ。 日本に!」
「…うん!」
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