2 電車消失!

 PM23:58


 遠州鉄道 西ヶ崎駅

 運行管理室


 西鹿島線の安全管理を行うセクション。

 それは駅舎に隣接する、中規模ビルの中にあった。

 この駅は保線管理の中心地でもあり、少し離れた留置線には、大正時代に作られた英国製の電気機関車と、砂利運搬貨車2両も留置されている。


 今、最終電車がゆっくりとホームを後にし、ガタンゴトンと、レールを揺らす音も遠のいていく。

 駅の仕事は終わったが、こちらは電車が終着駅に到着しない限り終わらない。


 この日の担当は、ベテランの中年職員2名。

 眼鏡をかけた一人が、壁と言っても差し支えない緑色の機械を見ながら、言う。


 「最終電車、定刻通り小松駅到着しました」


 コムトラック。

 線路上の電車が、今どこを走っているのかを正確に知らせ、ポイントや信号等の設備を管理、または操作する、重要な保安機器である。


 「もう過ぐ零時かぁ…眠たい」


 もう1人、泣きほくろの男が、あくびをしながらぼやく。

 既に上り、新浜松方面行は全ての運転を終えている。つまり単線区間を走ってるのは下りの最終電車。

 コムトラックの表示でも、線路上を移動する光の点は、たった一つだけである。


 「そうですね。今日も何事もなく終わってくれればいいですけど」

 「ハハハ、大げさだなぁ。

  そんなに大それたこと、こんなローカル線じゃあ、起こりっこないよ」

 「でも、2日前に1021が緊急停止したじゃないですか。

 「運転士が、障害物を錯覚したってアレか?

  別段、線路も信号も問題なかったじゃないか。

  考えすぎなんだよ、お前は。

  ……最終、小松を出たか。さぁて、日報でもまとめますか」


 泣きほくろが席を立った――その時!


 ピー!ピー!ピー!


 コムトラックからけたたましいアラーム音が響き渡る。

 何事か。

 2人が目を凝らすと…。


 「おい、最終電車…2103がいないぞ!」

 「そんな…どうなってるんすか!」

 

 そう。本線上を移動していた光の点。最終2103列車の表示が消えたのだ。

 通常は列車の移動を感知し、それを機械上で表示するものなのだが。

 泣きほくろは冷静だ。

 

 「落ち着け、きっと機械の故障だ。おい、浜北駅に問い合わせろ!」


 眼鏡は、事務無線を取り上げ、小松の次駅、浜北につないだ。

 浜北区の玄関口で、乗降客も多い。


 「こちら運輸指令、コムトラックに誤作動が起きた。

  最終2103列車は、浜北駅に到着しているか?」


 浜北駅駅員の回答は、緊迫のものだった。


 ――こちら浜北駅。現在、最終列車の到着を確認していません。

   それどころか、列車接近のアナウンスが鳴ったのに、一向に電車が来ないんです。

 「そちらの、制御装置はどうだ?」

 ――同じです。列車の影はありません。

 「システムエラーか?

  それとも、駅手前で停止しているってことか?」

 ――分かりません。今、別の者が確認に行っています。


 この小松―浜北間は、所要時間2分。しかも互いに向かいの駅が見える、完全な直線区間だ。

 もし、電車が停止しているのなら、ホームから見えるはず。


 すると、無線の向こうで言い争う声が。

 

 「おい、どうした?」


 確認しに行ったであろう駅員が出たが、その声は震えていた。

 

 ――こ、こちら浜北駅。電車が…電車が…

 「落ち着け。何があった」


 脱線、爆発、炎上。

 最悪な事態を考えたが、次の一言が、その場にいた全員の思考を、台風なみに吹き飛ばした。

 

 ――せ、線路上に車両が居ません……電車が…消えました!

 「電車が消えただと!?」


 にわかには信じられない。


 「そんなバカな話があるか!

  西鹿島線は単線で、他に入り込む線路がないんだぞ!

  それに2両編成とはいっても、全長40メートルはある鉄の塊だ!

  んなもんが、簡単に消えるわけないじゃないか!

  見落としたんじゃないのか? 寝ぼけてるなら、顔でも洗ってこい!」


 しかし、駅員は反論する。


 ――嘘じゃありません!

   それに、待ち合わせしている家族からも、問い合わせが来てるんです! 

   もうすぐ5分ぐらいたちますが、電車が来る気配がありません!

 「ライトを消しているとかは?」

 ――違います! 向こう側に小松駅の灯が見えました! 消えたんです! 電車が消えたんです!


 電車が消えた。

 にわかには信じれらなかった。


 それは、浜北駅と利用客からの通報を受けた、静岡県警も同じだ。

 すぐさま警ら中の、浜北署のパトカーが現場に向かった。

 この駅の区間には、電子機器の工場があり、そこと線路に挟まれる形で、道路が一本走っている。


 サイレンを鳴らしたパトカーが、その道路に到着すると、確かに線路に電車の姿はなかった。

 すぐ近くの踏切から、線路に回り込み、懐中電灯で照らしても…いない。

 念のため無線で、電車が浜北駅に現れたのかの問い合わせても、結果は同じ。

 浜北以降の駅も、終点の西鹿島駅にも、最終電車は現れていないという。


 電車が忽然と姿を消す。


 到底信じられない、午前零時の悪夢を、人々は受け入れるしかなかったのだった。

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