第四十七話 やめません? それ

 七月第四週土曜日の夜。第二期の期末テスト直前。「大学での学修を効率よく進める委員会」のメンバーは、カラオケボックスに「お泊り会」に来ていた。

「伊都くんがついてったから、なんとかなるかなとは思ってたけど、柴田に宣戦布告してくるとは、与那、ずいぶんと覚醒したわね」

 円香がアイスティーにミルクを入れながら言った。

「なんだかんだ言って、まだクソ柴田に未練あったんだな、与那は」

 茉莉がデリカシーのないことを言いながら、グレープフルーツジュースを一口飲んだ。

「伊都くんはすっかりわたしたちのナイトねー」

 怜子が本気とは思えない口ぶりで言いながら、楽曲リストをパラパラめくった。

「恋愛なんて、したことないからなー。ぜんぜんわからなかったなー」

と、与那は苦笑した。

 それを聞いて、茉莉がジュースを噴いた。

「マジ!? 与那、おめー、誰ともつきあったことねーの!?」

 与那は、こくん、とうなづいた。

「告白してくる男子はいっぱいいたんだけどね」

「与那のこと、男子がよく話してたわ。うらやましくもないけど」

 円香が何の表情も浮かべずに言った。

「でもさー。わたしなんて面白くもなんともないのに、いったいどこに好きになれる要素あるのかなーって不思議だったからさ。いつも無視してた」

 そりゃ、外見だろ、と与那以外の四人の心が一瞬シンクロした。

 蓮台寺がソファーの隅っこでひたすらアイスコーヒーをすすっていると。

「蓮台寺くん。わたしのどこが好き?」

 突然、与那が蓮台寺の隣に座ってきた。蓮台寺は驚いてコーヒーをこぼしてしまった。それを見た茉莉が卓上のナプキンを蓮台寺に放って寄越す。

「好きなのは前提なんだ……」

 円香が呆れた顔でつぶやいた。

「この与那のノリ、嫌いじゃないわ」

と、怜子が目を輝かせた。

 蓮台寺は、少し考えてから言った。

「ぼくに声をかけてくれたところですかね。実際、それでぼくはみなさんとも知り合えたわけで。引きこもらずに済みました」

 そんな蓮台寺に、茉莉は突然組み付いた。蓮台寺は思わぬ体の密着にあせるしかない。

「なんだよ、おめー。かわいいこと言うじゃねーか!」

「茉莉。『みなさん』よ。『みなさん』」

 怜子が冷静に注意を促した。

「まったく、伊都くんは相変わらず、おバカね……与那もよくこんなおバカさんに目をつけたものだわ」

 そう言って円香は与那を見た。与那は蓮台寺を見つめていた。蓮台寺は、茉莉に組み伏せられ、その視線に気づきもしない。円香は、与那? と声をかけた。

「え? あ、あー、そうだね。それはよかった。そういう約束したっけね。蓮台寺くんを一人しないっていう。って、そうだったっけ?」

「何わけわかんないこと言ってんの。そろそろ本題に入ろうよ」

 円香がため息をつきながら言った。

 すると、与那は、こほん、とわざとらしく咳ばらいをしてから言った。

「一年生は十一名しか動員できませんが、二年生はほぼ半数が動員可能です。ノートはメールに添付してカンニング犯罪者リストの連絡先に配布しました」

 おおー、と怜子が言って、小さく拍手した。

「カンニング犯罪者リストの共有ですが、今期も加藤先生の『心理学応用』が『持ち込み不可』です。他人の答案を見るのは抵抗があるという人も多いでしょう。ですから、迷いの生じる間を最小限にする必要があります」

 加藤教授は、どうやら「持ち込み不可」派の人間のようだった。

「そのため、カンニング犯罪者リストの共有は、『心理学応用』のテストのある金曜日の朝とします。いったんリストを使って集団カンニングをしてしまえば、抵抗感はなくなるでしょう」

 与那の淡々と話すさまは、やはり委員長だ。しかし、その話す内容は、集団カンニングの慫慂しょうようだ。蓮台寺はいびつさを感じずにはいられない。はたしてこのままでよいのだろうか、と蓮台寺は思った。

 自分の答案を見られてもいいし、他人の答案を見たいという学生のリスト。出回れば、他人の答案を盗み見るという、蓮台が最も忌む不正が簡単に行えてしまう。そのリストに名前のある者同士で集まってテストを受ければいいだけだ。仮に学籍番号順で座るように指示されたとしても、およそ半数がリストに名前を載せている現状では、二人に一人がカンニングOKという計算になる。周囲に何人かは自分の答案を見られてもいいという者がいるはずだ。カンニング慣行という、一見バカげた慣行も、意外に早く成立するかもしれない。

 蓮台寺は、思ったことを言うことにした。

「やめません? それ」


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