第四十六話 なんでもしてあげるから
蓮台寺と与那が柴田教授と対決してから、はや二週間が過ぎようとしていた。あの後、「日本文学Ⅱ」に与那と一緒に出ても、柴田教授はとくに二人を意識したふうはなく、与那をあてることもない。
そんなある日、蓮台寺は与那がテスト対策をしたいというので、図書館のグループ学習室を借りたことがあった。
図書館のなかとはいえ、一応、密室に近い。そこで、蓮台寺は自習していた与那に聞いてみた。なぜ、柴田教授と決別することができたのか。
「いやー、考えすぎてた。柴田先生をオトコとして見るから、オトコが怖くなってた。それでも先生として尊敬しなきゃいけないって思って、わけわかんなくなってた」
そう言って、与那はノートから目を上げた。
「でも、きみがさー。最初の期末テストでカンニングするところからスゴいけど、先生にも平気で口答えするし。なんだか、蓮台寺くん見てるとマジメぶってるのがバカバカしくなったんだ」
蓮台寺はほめられているのかけなされているのか複雑な気分だ。
「柴田先生が謝罪しろって言ってきたときさ。正直、えっ? って思った。あんなにしんどくて、授業に出てるのもやっとで、吐いたこともあったのに。それを柴田先生は知っていたはずなのに」
そう言って、与那は蓮台寺を見つめた。蓮台寺は目を逸らす。
「蓮台寺くんがきちんと体調不良ですって言ってくれたから、わたし、また吐かずに済んだ」
与那は微笑んだ。作り笑いではない。蓮台寺は、それくらいはわかるようになっていた。
「柴田先生が人気あるの、わかるよ、わたし、今でも。でも、みんな、先生としての権威とか、地位とか、見た目とか、そんなことしか知らないんじゃないかな。わたしも、先生のことが好きになっていたら楽だったのかな」
そう言って、与那は目を伏せた。それから急に声を上げた。
「蓮台寺くんはぜんぜんパッとしないよね!」
いきなりのことに蓮台寺は驚きつつも、若干の苛立ちを覚えた。与那は、こういうキャラだったのか、と新しい発見をした気分だ。円香といい勝負の毒舌だ。ツンデレならぬツン毒か。
「悪かったですね……」
蓮台寺は言われたい放題だ。
「全然あぶなくないかんじ……最初に会ったときから、わたし、ふつうに近づけたし。今でも、ほら! あれ?」
与那が机を挟んで向かい合っている蓮台寺のほうに顔を寄せていく与那。しかし、何か違和感を感じたようだ。若干、顔が赤いように蓮台寺には見えた。
「……いくらなんでも後輩イジメが過ぎます」
蓮台寺は、与那の悪ノリにいささか辟易した。以前に比べて明るくなったのはいい。しかし、蓮台寺に妙なちょっかいをかけてくる。
「それにしても、柴田先生が静かになってくれてよかったですね」
蓮台寺は話を戻した。
「そうだよー。まあ、蓮台寺くんがセクハラだ! って言ったのが効いたんじゃない? 大人しくしようと思うくらいにはさ」
そう言って、与那は机の上で腕を組んだ。
「ほかのみなさんは? 最近、あまり連絡がありませんね」
柴田教授との対決の直後は、円香や茉莉、怜子が一斉にメッセージを送ってきたりしててんやわんやで、ことの次第の報告はすでに済ませていた。
「そりゃ、テスト対策に忙しいに決まってるよー。わたしときみは同じ人文で、テスト勉強一緒にできるけど、ほかのみんなはそうじゃないじゃん」
それはそうだ。では、あの、カンニング計画は。
蓮台寺がそう疑問に思ったそのとき。
「テストといえば。カンニングの慣行を定着させて、柴田先生を学部長にするような人文学部なんて壊す」
与那は明るく言ってのけたが、その内容は穏やかではなかった。柴田教授が与那に与えた傷は、学部全体を否定させるほどに深かった。
「蓮台寺くんも手伝ってね」
蓮台寺があまり乗り気でないことに気づいたのだろうか。与那は、ちら、と蓮台寺の顔を見てから、少し言いにくそうに言ったものだ。
「なんでもしてあげるから」
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