第三十六話 じゃじゃーん! 友達百人仲良くカンニングよー!
「作戦会議?」
蓮台寺は聞き返した。
「そう。わたしたちのカンニング大作戦のね。二期の試験は今月末よ。」
「カンニング大作戦」。まあ、端的に言えばそうなのだが、あらためて聞くと、蓮台寺は学生としてあるまじき不正にして、どことなく滑稽な小悪党の企みのような気がしてきた。
ただ、その陰謀に加担しているという共有された秘密が、一か月そこそこの短期間で、蓮台寺を孤立から救い、彼女たちのあいだにねじ込んだに違いなかった。
「これから与那も合流するのよね」
怜子は運転席の茉莉に話しかけた。
「おうよ。途中で拾うことになってる。拾うっつか、迎えに行くことになってる」
茉莉の運転は鮮やかなものだ。
「親が厳しいから、わざわざ円香が迎えに行くのよね」
怜子が説明口調で言った。与那の実家に行ったときに会った母親は、厳しそうには見えなかった。すると、厳しいのは父親か、と蓮台寺は推測した。円香は無言だ。そういう話をされて、いい気持ちではないのかもしれない。
微妙な空気を入れ替えようと、蓮台寺は話題を変えようとした。
「茉莉さんって免許もってたんですね」
「そうだよ。車はもってないけどな。このバンは実家のを借りてるんよ」
「茉莉、お母さんと仲直りできて、ほんっと、よかったわね~」
と、怜子が意味深な言い方をした。
「うっせ。っつか、昔の話だろ」
茉莉にとっては、あまりしたくはない話のようだ。
「茉莉さんも実家から通ってるんですか?」
車を借りて来られるということは、それなりに近いはずだ。
「それはどうでしょー」
怜子が面白がる。
「まあ、誰かさんの部屋よりかは断然きれいよね、怜子」
と、円香。怜子は、ぶすっと押し黙った。実は結構気にしているらしかった。
茉莉が、少し言いにくそうに切り出した。
「実家が近いのにぜいたくなんだが……実はな、下宿してるんよ。まあ、その分は自分で稼いでるんだけどな。でも、実家から通うほうが金はかかんねーことには変わりねー。全部自分で出してる怜子には何も言えねーよ」
「いいのよ、わたしのことは気にしなくて。誰にでも事情はあるものよ」
怜子は気にしたふうではない。怜子の部屋が散らかっているのには、それなりに理由がありそうだった。バイト詰めで、ほとんど下宿に帰ることができないのかもしれない。それでも、蓮台寺に夕ご飯を食べさせるために、下宿に連れてきたのだ。
与那の家のある有間川へは、車で三十分といったところだ。
そうこうしているうちに、バンは見覚えのある屋敷の近くに着いた。
円香だけが降車し、与那を迎えに行く。
十分後、円香が与那を連れて戻ってきた。与那は、いつものような通学用の格好に、大きなキャリーケースをもっていた。
茉莉が降り、キャリーケースをバンの後方に積み込む。
「重いなーこれ。一週間分かよ?」
「お泊り会なら持ってけって、いろいろ……」
与那がぼそぼそと言う。
「二十四時間営業のカラオケ、とは言えなかったか」
と、怜子が小さくぼそりと言った。
「他人の家のことをとやかく言わないの」
そう言って、円香は怜子の隣に戻った。
与那は、当然のように助手席に座った。蓮台寺の隣は空いたままだ。
「蓮台寺くんもいるだなんて、思わなかったな」
と、与那はつぶやいた。
「二期のテスト対策なんだから、伊都くんにも来てもらったほうがいいでしょ」
意外にも、円香が蓮台寺の参加を擁護した。
バンは、さらに三十分、直江津方面に向けてひた走った。すると、国道沿いに大きなカラオケボックスが見えてきた。バンは減速し、その駐車場に入った。
五人はカラオケボックスに首尾よく入室した。予約がとってあったのか、それとも平日の夜だからか、大きな部屋に入ることができた。
「さて、歌は後回しよ。やるべきことをやってから、ね」
と言いつつ、適当に曲を流し始める円香。
「どれくらい集まったんだ?」
茉莉が怜子に聞いた。今までの話からすれば、記名のアンケートでカンニングをしたいと言わなければ、「委員会」ご謹製のノートは配布されないということだったはずだ。で、そのアンケートを集めたのは怜子と与那、のはずだ。
「与那はどうなの? あの一年の子は?」
そういえば、与那のカンニング作戦は、一年生配当の「心理学原論」で実行されていたはずだ。なぜ、与那は二年生なのにもかかわらず、一年生の科目で、しかも他人にカンニングをさせることができたのか。
「亜有利ちゃんには、がんばってもらったよ。結構、集まった。でも十人くらいかな。あちこち話しかけて回るわけにもいかないし。一人だとこれが限界」
与那は、何の感情も込めずに報告した。
蓮台寺は、覚えのある名前が突然出たことに驚いた。飲み物を注文しようと端末を手に取ろうとしていたが、危うく取り落とすところだった。
「亜有利ちゃんって、北野亜有利ですか?」
「知り合い? まあ一年生だからね。知っててもおかしくはないね。っていうか、蓮台寺くんのこと聞いたの、亜有利ちゃんからだし」
与那はとんでもないことを平然と言った。
つまり、亜有利が蓮台寺がカンニング男だと与那に告げ、与那は蓮台寺を「委員会」に勧誘した、という流れだったということだ。
「北野さん、ぼくのことをカンニング男だって言って、無視したんですよ」
蓮台寺は、悔しさを言葉に出した。すると。
「それは事実でしょ。少なくとも、カンニングとして認知されるようなことをしたのはね。それに、無視されたのは、カンニングしたからじゃないんじゃない?」
と、円香が容赦なく蓮台寺をエグった。
「いずれにしても、北野さんの交友関係の十人は、リストアップされたわけね。じゃあ、怜子はどう? 十人以上の『ファン』を使った首尾は?」
円香が与那から渡されたペーパーを見ながら言った。いかにも司令塔だ。
「それがね……きっとみんな驚くわよ」
怜子は眉をひそめて、もってきたバッグのなかをごそごそと探り始めた。そして、クリアファイルを取り出した。
「じゃじゃーん! 友達百人仲良くカンニングよー!」
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