第二十六話 与那と柴田はどうだった?
蓮台寺は自分の耳を疑った。
円香が自分の下宿に来るという。男子一人の下宿に。それも夜に。
蓮台寺が凍っていると、円香がそっけなく言い放った。
「ちょっと、そこどきなさいよ。ドアの前に突っ立ってると邪魔になるって言ったの、きみでしょ」
とにかく前に歩き出しながら、蓮台寺は声を振り絞った。
「門限とかないんですか……?」
「きみの気にすることじゃないわ」
とりつくしまもない。
「もしかして、いかにも男子的な妄想抱いちゃったりしてる? あーやだやだ、きみはそんなおサルさんとは違うって思ってたのになあ」
円香は台詞を棒読みしたかのような口調で言った。
一般的にいって、夜に女子が男子の部屋に一人で遊びに来るというシチュエーションは、少なくとも、その手の妄想から完全にフリーではありえないはずだ、と蓮台寺は思った。だが、それを口に出していうほど、大人ではなかった。蓮台寺は期待感というよりは悔しさから、声を振り絞った。
「いいですよ、じゃあ。散らかってますけどね」
ええい、ままよ、あとはどうとでもなれ、だ。
蓮台寺の下宿は、そのコンビニから約五分といったところで、なかなか便利な場所にあった。大通りから少し入ったところにある、木造二階建て、築二十年の安アパートだ。
二人は、カン、カンと音を立てながら二階に上がった。二百三号室が蓮台寺の部屋だ。
扉のノブに手をかけて、蓮台寺は振り返った。円香は、きょとん、とした顔で見返していた。
「マジです?」
「くどい」
円香は食い気味に言い放った。
「掃除とかわざわざしてないですけど?」
「うるさい」
円香は、今度はあからさまにウザそうな顔をした。
「わかりました。じゃあ、どうぞ」
蓮台寺は、扉の鍵を開けると、自分から先に入った。レディーファーストなどと言っていられない。
朝、部屋を出たときに、妙なものを残しておかなかったか、一応、チェックする必要がある。大急ぎで靴を脱ぐ。玄関のすぐ先が台所だ。その奥がシャワールーム、右手に洗面台、左手奥にトイレ、左手前に
蓮台寺は一目散に主室に向かい、左手前の扉に手をかける。そのときには円香はもう靴を脱ぎ終わっていた。蓮台寺が主室に入ったときには、すでに円香は後ろに立っていた。
「案外、きれいじゃないの」
と、円香は部屋を見まわしながらのんきに言った。
部屋にはテレビ、そして机に椅子、と最低限の家具があり、そして隅にはプラスチックの箱がいくつか積まれている。
ベッドなどはもちろんなく、ふとんが部屋の隅にたたまれているだけだ。押し入れはあるにはあるが、入れるのが面倒くさく、ふだんふとんを押し入れのなかにまで片づけることはない。
さすがに来客ということで、ふとんを大急ぎで押し入れに押し込む。その間、円香は部屋を物色し放題だ。
「パソコンには絶対に触らないでくださいね」
と、蓮台寺が不用意に注意すると、円香は自然な動作で机に置かれていたノートパソコンをオンにした。
ノートパソコンが古いのがさいわいした。なかなか立ち上がらず、蓮台寺がそれに気づいて閉じるまで、結局立ち上がらなかった。
蓮台寺が抗議の視線を向けると、円香は目を逸らして言った。
「どこに座ればいいのよ」
蓮台寺は、ふだんは枕代わりにしている座布団をさっき放り込んだ押し入れから取り出した。
円香はその座布団に蓮台寺が座るように命令した。蓮台寺は、従うほかなかった。円香は、椅子に座った。蓮台寺を見下ろす格好だ。
「殺風景な部屋ね」
「すみません」
「漫画とかないの?」
「あります」
「どこ?」
「そこです」
と、蓮台寺はプラスチックの箱を指さす。
「ふーん、興味ないけど」
円香は聞くだけ聞いて、動きもしない。
なぜ、尋問をうけなきゃいかんのだ、と蓮台寺は疑問に思った。
円香は、コンビニで買ったロイヤルミルクティーを一口飲むと、机の上に置いた。そして、椅子の背もたれによりかかった。胸は苦しくないのか、と蓮台寺は心配した。そんな蓮台寺の心配をよそに、円香は何げなく聞いた。
「与那と柴田はどうだった?」
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