第二十二話 なんだかよくわかりませんが、わかりました

「な、ナイト!? 真面目な話じゃなかったんですか」

 蓮台寺はいささか素っ頓狂な声を出した。そもそも今まで女っ気のなかった蓮台寺にとって、与那も含めいかなる女子のナイトも想像の埒外だ。

「そんなに驚くことかしら? きみはすでに茉莉のナイトになってるのよ」

 茉莉のナイトというのも蓮台寺には初耳、いや、寝耳に水だ。

「キョースケの件、茉莉ってあんなだからわかりにくいけど、けっこう参ってたみたいなのよね。あれで妙に弱気なところあるから。でも、きみのあのヘンタイ作戦以来、明るくなったわ」

 怜子はリ・リベンジポルノのことを言っているのに違いなかった。怜子は、スプーンについていたチョコレートソースをひとなめした。目の前にいるのがふつうの男子であれば、さぞや胸をときめかせただろう。しかし、蓮台寺はうつむいて冷や汗をかくばかりだ。

「ヘンタイ作戦だけど、そうやって笑い飛ばすのが正解だったみたいね」

 蓮台寺は、ただ何かをしなければ、という思いで実行したが、振り返ると言い訳できないくらいにヘンタイ作戦だった。季節のフルーツパフェをつつく手が震えた。

「いやー、ヘンタイ作戦はマジでヘンタイだし。最初はわたし、正直、きみに近づきたくもなかったんだけど」

 怜子はヒドいことをサラっと言ってのけた。先週の水曜日に蓮台寺を邪険に扱ったのは、蓮台寺を巻き込むのを気遣って、ではなかったのだ。やっぱり、このヒトはコワい女だ、と蓮台寺は思った。本来ならば蓮台寺が近づけない、近づいてはいけない種類だ。

「悪いヘンタイじゃなさそうだからね。与那のこと、気にしてるみたいだし」

 確かに、蓮台寺が与那のことを気にしている。気にしているが、それは下心というよりもむしろ。

「心配なんでしょ、与那のこと」

 怜子は、残り少ないチョコレートパフェと格闘しながら言った。

「わかるわ。わたしたちも同じだから」

 わたしたち……? 蓮台寺は引っ掛かりを覚えた。

「与那って、美人よね。いや、美少女っていうのかな。茉莉とは違って、なんだかふわふわした妖精みたいな。中身は本物の深窓の令嬢。壊れもの注意。与那はパーティやクラブでも、きっとモテるわ。あんな女子って本当にいるものなのね」

 モテるかどうかが怜子の美の基準、いや、オンナの基準なのだろうか。蓮台寺はふと冷静にそんなことを思った。ならば、オトコも同様だろう。非モテ系の蓮台寺などは、本来、同じ空気を吸うべきですらない、そんなことがほのめかされたように蓮台寺には感じられた。

「だから、余計にあのクズのことが許せないわね。本当だったら、あんなクズの手の届かないところにいるのよ、与那は」

 柴田教授は、女子学生からの支持も厚いダンディな紳士だと、学校裏サイト「大学クラブ」には書いてあったが、そういう次元ではないということなのだろう。

「授業のことだけど。結論から言えば、きみは何かしても、あるいは何もしなくてもいいわ。きみが出席停止になってる再来週のノートくらいはなんとでもなるし、もしかしたら、その頃は与那も少しは耐えられるようになってるかもね」

 そんな、テキトーな……と蓮台寺は内心絶句した。しかし、怜子はどこ吹く風だ。怜子はチョコレートパフェを食べ終わると、伝票を見、財布からお金を出し始めた。

「茉莉のナイトに頼むのは茉莉には悪いけど……さっきは茉莉もいたし承認済ってことで、ね。与那のナイトも頼んだわよ」

 そう言うと、伝票の上にぴったりちょうどの金額を置いて、怜子はトートバッグを肩にかけ、立ち上がった。

「お店を出るときまで二人一緒でいる必要はないわ。ゆっくり食べてちょうだい。じゃ、またねー」

 確かに、蓮台寺のフルーツパフェは、まだ半分以上残っていた。今まで聞く一方だった蓮台寺は、ばいばい、と手を振る怜子に向かって、ようやく声を絞り出した。

「なんだかよくわかりませんが、わかりました」


 

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