第十八話 じゃあ、ぼくが一緒に授業に出ましょうか

「去年も、与那が大学をこんな感じで休んだことがあったわ。三期の定期試験のあと。あれから、与那は変わってしまった」

 円香は、静かに話し始めた。

「与那はね、高校では女子からも男子からも好かれていたわ。生徒会長までやった」

 蓮台寺は、なるほど、と思った。初めて会ったときに「委員長」としか思えなかったのは無理もないことだったのだ。もっとも、別の意味で「委員長」ではあるのだが。

「今も多少はそんな感じだけど、もう、ほとんど、与那のほうから誰かに話しかけることはないわね。わたしたちだけじゃないかしら。まあ、話しかけられれば答えるんだけど。前は、そんなじゃなかった。誰にでも親しげに話しかけてた」

 蓮台寺は驚いた。確か、与那と初めて会ったとき、与那のほうから話しかけてきたはずだ。親しげではなかったが。

「だから、与那がきみに会うように言ってきたときは、本当に驚いたわ。しかも男子だものね」

 そう言って、円香は蓮台寺を見た。それに合わせて、茉莉や怜子も蓮台寺を見る。蓮台寺は当惑するしかない。あのとき、確かに与那は話しかけてきたが、それは、コンビニで蓮台寺が与那の机を覗き見ていたからにすぎないはずだ。それが、いくらか与那に印象を残した。ほかに特別なことは何もないはずだ。

 蓮台寺が黙っていると、円香は話を続けた。

「高校のとき、わたしと与那はほとんど付き合いがなかった。与那は誰もが憧れる才色兼備の生徒会長。わたしに声をかけてくる連中は、ヘンなヤツばっかり」

 そう言って、円香は蓮台寺を見た。それに合わせて、茉莉や怜子も蓮台寺を見る。

 何だこの流れ。蓮台寺は首をぶんぶん振る。蓮台寺は円香に声をかけてはいない。むしろ逆だ。少しかわいいかも、と思ったことはあったが、その心の声は外には出ていないはずだった。

「それが、卒業しても同じ電車に乗ってるから、与那のほうからわたしに声をかけてきたわけ。そのときの与那は……社交的だったから」

 茉莉も怜子も、円香の話を黙って聞いている。

「それが、『日本文学Ⅰ』の試験のあと、学校を休んで、四期に復帰したときには抜け殻みたいになってた。今はだいぶ回復してきているけれど。きみ、何があったと思う?」

 そう言って、円香はまたまた蓮台寺を見た。

 少し、蓮台寺は考えた。人が変わるような出来事。蓮台寺に思い当たるのは一つしかなかった。

「信じていた人に裏切られた、とか?」

 蓮台寺は、思い当たったことを素直に答えた。

「あー、まーねー。確かに失恋でも同じようになるかもなー」

と、茉莉。

「でも、そんなことじゃないの」

と、怜子。

「わたしも、詳しい話を与那に聞いたわけじゃないけど」

 そのとき、とたとた、と足音がして、与那が入ってきた。さっきまで家で寝ていたとは思えない、ふだんのメイクアップを完了した姿で。

 ふだんからよく着ているロングワンピースにトートバッグ。いつでも大学に行ける準備を整えていた。しかし、今日の授業はほとんど終わっている。奇妙と言えば奇妙な行動だ。

「みんな、ごめんね……って、蓮台寺くん!?」

 蓮台寺が来るとは思っていなかったらしい。

 与那は円香のほうを怒った目で見た。円香は素知らぬ顔だ。

「聞いたんだけど、『日本文学Ⅱ』で柴田先生からまたあてられたんだって?」

 怜子は、心配そうに与那に聞いた。

「そうなんだよー。前々回は、なんとか耐えられたんだけどね。さすがに連続はないと思ってて不意打ちだったー」

と、与那は、あはは、と笑った。

「バカ与那、そこは笑えねー」

 茉莉は腕を組みながら言った。

「来週からあたしも一緒にその授業出るわ」

 茉莉はいつになくまじめな顔だ。

「バカ茉莉、あなたの授業はどうなんのよ。それに、あなたまで目を付けられるに決まってる。あなただって被害者なんだから」

 怜子が心配顔で注意する。被害者? 犯罪に巻き込まれたのか? と、蓮台寺は思った。

「あたしの授業なんてどーでもいーよ。バイトはおかげさまで潤沢、留年もバッチ来いよ!」

と、茉莉は鼻息が荒い。

「誰かが一緒に出るってのはいい考えね」

 円香が出されたお茶を一口飲んでから、おもむろに言った。

「でも、わたしが出ても、怜子が出ても、茉莉と同じで、目立っちゃうし。どうしようかな」

 怜子も、何か考え込んでいる様子だった。

「いいよ、みんな。そこまで迷惑かけらんないよ」

 与那がまた作り笑いを浮かべて言った。

 蓮台寺は、おずおずと切り出した。

「じゃあ、ぼくが一緒に授業に出ましょうか」

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