第十七話 二階からは、海が見えたりするのかしら

 本当のクズ……なんだか物騒な話になってきたな、と思いながら蓮台寺は電車に乗り込んだ。ほかのみんなも、押し黙っている。

 その電車には客はあまりおらず、三人はらくらく座ることができた。蓮台寺、円香、怜子の順に座っている。茉莉だけ、円香の前に立ち、つり革を掴んでいた。

 しばらくして円香が苦々しげに口を開いた。

「本当のクズ。柴田学部長。きみも知っておいて。わたしたちの敵」

 茉莉と怜子がびっくりしたような顔で円香を見た。

「円香! おめー、いいのかよ。伊都くん巻き込んじまってよ」

 茉莉は心配そうに言った。怜子もうなづく。

「せっかく、巻き込まないようにしてたのに。水の泡じゃない」

 先週、怜子が茉莉との話を蓮台寺に聞かせないよう遠ざけたのは、怜子なりの気配りだったようだ。

 しかし、蓮台寺は聞いてしまった。柴田正幸しばたまさゆき学部長。「わたしたちの敵」。そして思い出した。「日本文学Ⅰ・Ⅱ」の担当教員だということを。

「もう巻き込んでるわ。お見舞いに呼んだのは誰よ」

 円香は、そう言って茉莉を見た。茉莉は気まずそうに視線を逸らす。

「でもね、いい機会かもしれない。『大学での学修を効率よく進める委員会』は、わたしたちの復讐のための集まり」

 円香はまっすぐ蓮台寺を見た。

「復讐ってどういうことですか、って聞くべきなんでしょうね」

 ここまで来て、確かに、知らないわけにはいくまい。めんどくさいことになりそうだったが、蓮台寺は、すでにこの「大学での学修を効率よく進める委員会」にかなり踏み込んでいることは自覚していた。

 しかし、三人とも無言だ。言い出した円香さえ、顔を真っ赤に紅潮させて、黙り込んでしまった。

「無理。やっぱり言えない。もうちょっと時間をちょうだい」

と、言い出した円香がその話題をシャットダウンした。

「いいのよ、円香」

 怜子は円香の隣に来てその肩に手を置いた。円香は黙っている。

「だな。伊都くんも、別に気にしないだろ?」

 茉莉は蓮台寺に近づくが、さすがに肩を抱きはしない。ただ、その距離の近さに蓮台寺は当惑するばかりだ。無理に聞くわけにもいかない。

 わたしたちの復讐。そう円香は確かに言った。

 ということは、この三人、そしておそらく与那に共通して、きっとよくない何かが、柴田学部長とのあいだであったのだ。それが何かは、そのときの蓮台寺には想像できなかった。


 日本海ひすいライン。それが今、蓮台寺たちの乗っている在来線の第三セクター、えちごトキめき鉄道の路線だ。沿岸ぎりぎりに線路が走っており、そろそろ本格的な夏を迎える日差しが海を青く照らしていた。

 有間川駅に着いた。蓮台寺たち以外、降りる者はなかった。

 駅舎は小さく、海がとんでもなく近い。

 円香の先導で、小高い丘を駅から二十分くらい上り続けると、民家が立ち並ぶ集落に出た。さらにそれから十分。かなり大きな屋敷に蓮台寺たちはたどり着いた。表札には、「名立」とあった。蓮台寺がふと振り返ると、見渡す限りの水平線が目に飛び込んできた。

 「ピンポーン」。呼び鈴の音で蓮台寺は我に返った。円香が呼び鈴を押したのだ。

 すると、しばらくして、玄関が開き、門のところまで初老の女性がやってきた。五十手前だろうか。しかし、アラサーでも通用しそうな若々しさを備えており、そして、与那にどことなく似ていた。

「あら、円香ちゃん。それと……みなさんは?」

「サークルの友達です。与那ちゃんのお見舞いに来たんですけど」

 円香は、すでに顔見知りのようだった。蓮台寺、茉莉、怜子は簡単に自己紹介を済ませた。

「与那ね、体は元気そうなんだけど……去年のあのときみたい」

 与那の母は心配そうに言った。

 与那の家は、玄関も広く、実際、大邸宅だった。

 蓮台寺たちは、大きな客室に通された。与那の調子を見てくると言って、与那の母は退室した。

「こんなうち、初めて入ったぜ」

 茉莉が中庭を眺めながら言った。中庭には、苔むした石灯篭や花壇、松の木などが整えられている。少し奥には、家庭菜園も見える。

 怜子が茉莉の隣に立って言った。

「二階からは、海が見えたりするのかしら」

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