第十六話 本当のクズって、いるものよ。もちろん、大学にもね

「行ってもビミョーなのに行くんですか……」

 ビミョーなら行かないほうがいいんじゃないか、と蓮台寺は思った。

「おうよ! ビミョーじゃない可能性もあるしな。なんつっても、おめーは円香も認める男だからな!」

 そう言えば、確かに円香と出会ってから、与那の様子も少し変わった気がする。与那は、円香がほめたのはすごい、みたいなことを言っていた。

「怜子も円香も呼んどいた。みんな来るってよ。行くぞ!」

 円香はともかく、怜子もか。蓮台寺は不安になった。また、チクリとやられるのだろうか。

 茉莉は早足で歩き出した。待ち合わせをしているのだという。

 その日、曇りだが雨は降っていないだけマシだった。


 蓮台寺が置いて行かれないようについていくと、待ち合わせ場所は、先週の水曜日、夕暮れ時に与那としゃべったあの公園だった。

 そこには、すでに円香が待っていた。ベンチに腰かけて、分厚い『経済学入門』(「入門」とは名ばかり)の本を読んでいた。茉莉を見つけると、本をリュックサックの中に入れ、立ち上がった。

「遅いじゃないの」

「いや、てめーが早すぎるんだ。おめー、授業じゃねーのか」

「くだらない授業よりも自習のほうが効率的」

 経済学部にはいわゆる「出席点」というシステムはないのだろうか。

「っつか、怜子は? アイツから連絡あったんだけど」

 すると、ちょうどその怜子が蓮台寺たちが来た方向とは逆の入り口から公園に入ってきた。いつぞや与那が帰った方向だ。

「ごめーん。でもさ、待ち合わせ場所、駅前のほうがよくなかった?」

 携帯端末をイジりつつ、怜子が歩いてくる。

「駅前にベンチとかねーだろ。ちっせー駅なんだからよ」

「それに、あんな駅だけど、それなりに使われてるからね。待ち合わせしてたらその分、目立つわ」

 円香も茉莉を支持した。

「えー。円香までー」

と、きれいに整えられた眉をひそめる怜子。学外で何をしていたのか、大きなトートバッグを肩にかけている。

「わたしだって、今日、人文学部二年男子から与那のこと聞いて超びっくりしたんだから」

「なんでわざわざ二年っていうんだよ」

と、茉莉が突っ込む。

「もちろん一から四まで学年があるからよ」

 怜子は素知らぬ顔で言った。

「ま、四以上ってのもあるけど、わたしはあんまり知らない」

 ようするに、怜子の顔は広そうだった。

「そんな話は置いておいて。とりあえず、移動しよう」

と、円香はリュックサックを背負いながら怜子の来た方向に歩き出した。リュックサックはほぼ円香と同じ大きさに見える。

「与那、SNSじゃいつも通りだし、わたしもまさかそんなことになるとは思わなかったわ」

 円香が怜子と一緒に歩きながら言った。怜子にとっては引き返すことになるが、怜子に気にした様子はない。

「与那、今頃、抱え込んじゃってるわね」

 怜子が心配そうに言った。

「円香さんは、与那さんちに行ったことがあるんですか?」

と、蓮台寺は少し存在をアピールしようと思った。

「まあね。同じ高校だしね」

 円香は怜子とは反対側を歩いている蓮台寺に向き直って言った。それで、与那はあんなに円香のことを信頼しているのか、と蓮台寺は思った。

「といっても、大学進学まではほとんど口きいたことなかったけど。それまで接点はほぼ皆無かな」

 それでも与那は円香のことを信頼している。蓮台寺は、二人のあいだに何があったのかがと漠然と気になった。

 五分ほど歩くと、宅地の中にぽつんと小さな駅があった。

 東能生駅。

 一時間に二本ほど電車が来るだけの駅だ。だが、確かに学生らしき人影も数人ある。

「わたしも与那も電車通学だったから、顔は知ってたんだ」

 誰に言うとでもなく円香はそうつぶやいて、慣れた手つきで改札に定期券のデータを入れたカードをあてる。

 ふだん電車を使わず、駅の存在すら知らなかった蓮台寺は、券売機に向かった。

「えーと、どこまで買えばいいんですか?」

「三百円かしらね」

と、改札の向こうから円香が即答する。蓮台寺にはなんとなく心に引っかかる数字だったが、実際に三百円だった。近距離にしてはやや高い。

 蓮台寺が切符を改札に通すと、ほかのみんなはもうプラットフォームにいて、茉莉が手を振っていた。

「っつか、おめー、駅知らねーなんて、もしかして全然動かねーの? 大学周辺だけ? 活動範囲」

 茉莉が呆れたように言う。実際、蓮台寺はそうだった。実家に帰るときは、最寄りの大きな駅までバスで行くので、大学から実家とは別方向に離れた小さな駅など知りもしなかった。

「バイトくらいしろよ。おめー、ヒモにでもなるんか!?」

と、茉莉が無根拠に蓮台寺をヒモ志望のクズ扱いする。

 すると、それまで蓮台寺に絡まなかった怜子が、つぶやいた。

「ヒモなんてかわいいわ。使えなくなれば捨てればいいもの。ゴミになる前は使えるわ」

 こちらに減速しながら向かってくる電車を眺めつつ、怜子は言った。

「本当のクズって、いるものよ。もちろん、大学にもね」

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