第十五話 でもな、男なら、それでも甲斐性見せろや!
六月第三週に入った。与那と別れて以降、与那からSNSのメッセージは来ない。もう、指示することもない、ということなのか。
蓮台寺は、朝から続く小雨を教室の窓から眺めていた。引き続きノートをとるべく授業には欠かさず出ていたが、自分と話すのにどこか無理をしている気がする与那のことが、どうにも気にかかっていた。ついに直接、口で言われたものの、手伝えば「なんでもして」くれるようにはやっぱり思えない。ちぐはぐだ。
さりとて、蓮台寺はノートテイキングにやぶさかではない。もともと、蓮台寺は努力を欠かしたことはないのだ。自作のカンニングペーパーをつくるために。
そして月曜日が過ぎ、火曜日が過ぎ、何事もなく、水曜日になった。水曜日の午後は、蓮台寺には授業がない。先週、茉莉と「リ(Re)・リベンジポルノ」を仕掛けたり、怜子と初めて会ったり、そして与那と公園で二人でしゃべったりしたのも、先週の水曜日だった。
つまり、与那からは、あれからちょうど一週間、連絡がない。それまでは、SNSのメッセージで授業の出席管理をされているかのごとく、内容のないやりとりが続いたものだったが。
第一食堂の裏の空き地。お昼休み、蓮台寺が購買で買った弁当を一人で食べていると、携帯端末が鳴動した。茉莉からだった。茉莉とは、先週水曜に「リ・リベンジポルノ」を仕掛けたときに、SNSのIDや電話番号を交換していた。
「おめー、与那が学校に来てないって知ってたか?」
茉莉からのメッセージは衝撃的だった。
「じゃあ、与那さんがノートをとっている二年生の授業のノートは誰が?」
「バッカ! おめーマジかよ。心配じゃねーのかよ。つーか、ツラ貸せよ。どこにいんだよ」
ツラ貸せよ、と言いつつ、蓮台寺が第一食堂の裏にいるとメッセージを送ると、茉莉は自分から駆け付けた。
「ったく、おめーは後輩のくせに先輩を呼びつけやがって」
茉莉は、教育学部棟から第一食堂までの距離を一気に駆け抜けたかのような短時間で来たが、息も切らせていない。それから、呼びつけた覚えはない、などと思っている蓮台寺の心を読んだのか、小突いた。きっちり痛い。
「血も涙もねーのかよ、おめーは! 与那が学校休むっていやあ……異常だぜ」
学生が授業を休むこと自体は、高校までと違って、わりにある。そのように蓮台寺には思えた。だが、確かに与那は授業をサボるようなキャラには見えなかった。
「怜子の『草』が……『草』っつーのは、色んな学部にいる怜子ファンクラブのメンバーで、カンニング依頼者集めの実働部隊なんだが、その一人が与那と同じ授業をとってんだわ」
「草」? 「怜子ファンクラブ」? 突っ込みどころがありすぎる。いや、「草」って忍者のことじゃないか……? 「忍た〇ぁん太郎」でそんなことを言っていたような気がする。
「その『草』が言うには、『日本文学Ⅱ』の授業であのクズがまた与那をあてたんだと」
あのクズ? 「日本文学Ⅱ」の担当教員は他学年配当で、蓮台寺にはすぐには出てこない。だが、仮にも教員をクズ呼ばわりとは物騒だ、と蓮台寺は思った。
怪訝そうな蓮台寺を尻目に、茉莉は鼻息荒く続けた。
「そんで、与那は吐いちゃったらしいんだわ」
教員にあてられて吐く……? 蓮台寺の知る限り、教員にあてられても無視する学生すらいる。吐くほどのストレスを抱えることなんて、あるのだろうか。
蓮台寺の怪訝そうな表情を見て、茉莉は多少の説明が必要と思ったらしい。
「いやほら、先週の水曜日さ。あたしらが遊んでたとき、怜子と与那に会ったじゃん」
「あたしらが遊んでた」っていうのは茉莉がキョースケに「リ・リベンジポルノ」として蓮台寺のあられもない写真を送ってたときのことか、と蓮台寺は思った。
「あんとき怜子が言ってた緊急事態っていうのが、与那がクズにあてられたって話だったんよ。そんときゃ与那から円香、んで怜子に相談があったらしいんだわ。あたしらはのんきに遊んでたけど」
二人ともタイミングの悪さに気まずい思いをした。つまり、あのとき怜子がわざわざ与那を訪ねて人文学部に来ていたのは、与那を心配してのことだったのだ。円香はいなかったようだが。
「んでま、おめーと別れてからよ、どうするかって怜子と話してたんだが、たまたまじゃね? って話になって。こっちが反応しすぎても与那にはよくねーんじゃねーかって怜子も言うしさ。なんもしなかったんよ……円香はかなり殺気立ってたけどな」
茉莉は唇をかんだ。あのあとで円香と会ったのだろう。
「それがよ、先週木曜で二回連続あてられたってわけ。わかるだろ? クラスでふつう、二週連続であてられたりするか? 講義だぞ。ゼミじゃねー」
履修者の数にもよるが、蓮台寺にも確かにおかしい気はした。
「『日本文学Ⅱ』の先生って誰でしたっけ」
と、蓮台寺は聞いた後で、茉莉が知るわけはない、と思った。茉莉は教育学部だ。ふつう、他学部の授業の担当教員など知らない。
「『日本文学Ⅰ』と同じだよ。クズとしか言いたくねー」
「日本文学Ⅰ」は一年生配当の三期の授業で、蓮台寺はまだ履修していない、次期の授業だ。ガイダンスで担当教員の名前を聞いたはずだが、覚えていない。蓮台寺はあとで調べておこうと思った。しかし、なぜ茉莉はその教員が「日本文学Ⅰ」の担当教員と同じということまで知っているのだろうか。そして、なぜ茉莉はその担当教員をクズ呼ばわりするのだろうか。
「茉莉さんはよく人文学部のことを知ってますね」
少なくとも、「日本文学Ⅰ」と「Ⅱ」については。
「いや知らねーよ。知るわけねー。あたしが知ってんのは、そのクズがクズってことくれーだよ。っつーか、クズ話はあんま今したくねーんだわ。んなことよりよ。与那を見舞いに行くぜ!」
クラスメイトをお見舞いだなんて、蓮台寺にとってはジュブナイル小説かマンガのなかだけの出来事だった。
「ぼ、ぼくもですか!?」
「はっきり言って、おめーはビミョーだ。カエレっつって怒鳴られる可能性すらある」
茉莉は歯に衣着せぬ物言いだった。
「でもな、男なら、それでも甲斐性見せろや!」
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