第十四話 わたしは帰るの。ついてこないで
「さすが蓮台寺くん。いいところに気が付くね」
与那はいつもの作り笑いをした。二人はまだ突っ立ったままだ。
「その通りよ。持ち込み可は、だいたいノートも持ち込みOKだから、ノートの持ち込みがカンニングになることはありえない。だから、カンニング用ノートという概念はそこでは成立しないね」
つまり、そうした場合、カンニング用ノートは、ただのノートになり、「大学での学修を効率よく進める」委員会は、ただの親切なテスト対策非公認サークルになる。ノートをゲットするのにカンニングしたいとアンケートに答える必要はあるが。
与那はようやくベンチに腰を下ろした。
「でも、不思議なことに、そういうテストでも落っこちる人はいるのよね」
そう言った与那の声の調子は、少し上ずっていた。
蓮台寺は一人分空けて与那の隣に座る。与那は、半人分、さらに遠ざかる。
「そりゃ、よっぽどな答案だったんじゃないですか」
蓮台寺は、何気なく言った。
「『よっぽど』って何!? それがテキトーだって言ってんの!」
急に、与那が大きな声を出した。サッカー少年たちがこっちを見た。
「ごめんなさい、蓮台寺くん。そういうテストでも、ほんの少し、『何かの理由』で落ちる人がいるとしたら、それは『勉強不足』なのかな? ほかの学生とどこが違うのかな?」
与那はゆっくりと言葉を継いだ。
「だからね、みんな一緒のノートを持ち込めば、少なくとも多くの人と一緒のノートを持ち込めば、よくわからない『何かの理由』で落とされることはないはず、じゃない?」
みなが同じノートを持ち込めば、同じような答案が大量生産される可能性は高い。結果、落ちる学生は少なくなるとすれば、ようするに、与那は「持ち込み可」のテストで落ちる学生を減らしたい、ということなのか。そんなテストで落ちるヤツもそうそういない気がするが。あるいは、そういう「授業」があるということか。一年生の蓮台寺が知らないだけで。と、蓮台寺が考えていると、与那がさらに説明を始めた。
「それはともかくとして。話を戻すとね。みんなと一緒のノートを持ち込むだけだとカンニングにはならないよね。でも、それでも落ちる人は落ちる。それを防ぐには、どうしたらいいかな?」
与那は蓮台寺のほうを見て、首を傾げた。やはり芝居がかっている。蓮台寺は少し考えてから言った。
「まったく同じ答案の量産?」
同じノートを持ち込めば、同じような答案が量産される可能性は高い。それでも落ちる人がいるとすれば、「まったく同じ答案」を量産するしかない。そういう発想なのだろう。
「正解。それしかないよね。みんなでカンニングし合えるようにするってのは、そのためよ。そういう気持ちに、少なくとも百人にはなってもらいたいの」
「大学での学修を効率よく進める委員会」ご謹製のノートの配布を待ち、持ち込み、だた写すだけの学生の大量生産。それだけで十分、テストという制度を崩壊させられる気がする。しかし、与那はそれだけでは足らないという。お互いに答案を見せ合うことで、同じ答案を量産することまで企んでいるというのだ。
能生大学人文学部の学生に、そんな慣行が成立してしまったら。たとえ「持ち込み不可」でも、テストという制度は崩壊するだろう。蓮台寺は慄然とした。
「いくらなんでも、学部当局に通報されますよ」
「そうかな? 持ち込み可なんだよ。同じような答案がいっぱい出てきてもそんなに不思議じゃないんじゃない? まったく同じ答案だって同じだよ、きっと」
そういう気もするが、蓮台寺はいまいち納得できない。さりとて、反論もできない。なにしろ、相手は先輩で、能生大学人文学部のテストには蓮台寺よりよほど詳しいのだ。実際、能生大学部人文学部はそういうものなのかもしれない。
気が付くと、サッカー少年たちはもう帰っており、あたりは夕暮れに包まれていた。
与那がベンチから立ち上がった。
「そろそろ帰ろっか。あと、『なんでもしてあげる』って言ったの、ホントだからね」
そう言うと、与那は蓮台寺のほうを見ずに歩き出した。色気も何もない口調だった。やはり、蓮台寺には信じられない。だが、それまではSNSのメッセージでしか見たことのないセリフだった。ほんの少し、現実味が増した気がした。蓮台寺が口答えしたので、エサをチラつかせなければいけないとでも思ったのだろうか。
「ぼくはノートだけ取ってればいいってことですか? その、『なんでもして』もらうために」
蓮台寺は、与那を追いかけながら、もごもごと言った。それにしても、持ち込み用ノートを配布するとしても、どうやって「みんなでカンニングし合う」慣行をつくるというのだろうか? 蓮台寺には大きな疑問が残った。
「今のところはね」
与那は蓮台寺のほうを見ようともせず、早足で、入ってきたほうとは逆の入り口に向かって歩く。蓮台寺の下宿からは逆方向、離れていく一方だった。
与那は、公園から出てからもしばらく蓮台寺がついてきているのに気づくと、ぴた、と足を止めて言い放った。
「わたしは帰るの。ついてこないで」
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