第十二話 ちょっと、歩こうか。ここだと目立ちすぎだし
「与那さん行っちゃいましたけど、追っかけなくていいんですか」
茉莉に言うでも怜子に言うでもなく、そんなことをつぶやきつつ、蓮台寺はそそくさとボタンのいくつかとまっていないシャツを慌てて綿パンのなかに突っ込んだ。
怜子は汚いものを見るような目で蓮台寺を見た。
「へー、珍しいわね。パンツインなんだ」
蓮台寺は成り行き上パンツインになっただけだったが、言い返せなかった。
「あの走ってる女、誰?みたいな話になるかもしれないじゃない。追っかけるわけないわ」
怜子はわかりきったことを聞くなというような調子で続けた。確かに、教室には誰もいなかったが、建物内に誰もいないわけではない。実際、何人かの学生が行き来していた。
そんな学生のうち、二人の女子学生が怜子を見て立ち止まる。
「あれ、モデルの……
「うそ。法学部にいるっていう」
そんな女子学生を見つけると、怜子はにっこりとほほ笑んで軽く手を振った。
「え、マジじゃん……」
「実物すごーい」
その二人の女子学生も手を振り返すと、何やら盛り上がりながら去っていった。怜子もとくに気にしたふうでもない。生きているモデルなんて、そういうものか。蓮台寺は初めて見た。
茉莉が、肩をすくめて怜子に合図すると、歩き出した。怜子もそれに続く。
この三人で行動するのか、と蓮台寺は内心おびえていた。茉莉も寄らば斬るというような雰囲気だが、怜子は精神的に斬る感じがした。
「まださっきの説明を聞いてない」
怜子は、歩きながらとげとげしく茉莉に言った。
「本当にヘンなことしてたなんて思ってないけど、なんで全然返信しないわけ?」
茉莉は携帯端末を取り出して確認した。キョースケからの大量のメッセージに交じって、ちらちらと怜子からのメッセージが入っていた。
「うわ。ごめんごめん、今日は朝から別件でいろいろあってな。さっきのも、なんでもねーよ。マジで。また今度話すわ」
「……まったく、そんな調子じゃ緊急事態に間に合わないわよ」
怜子は大きくため息をついた。
「別になんもねーだろ?」
「なかったらこんなメッセージする?」
「あのー、どこに向かってるんでしょうか」
蓮台寺が口を挟む。三人は大学の正門近くまで歩いてきていた。怜子は立ち止まり、振り返った。蓮台寺のほうを睨む。
「逆に聞くけど、きみ、いつまでついてきてんの? もう行っていいわよ」
「おい、いくらなんでもそんな言い方はなくね?」
茉莉は困った顔で怜子のほうを見た。怜子はどこ吹く風だ。
「ま、伊都くんをそろそろ解放してやるっつーのは賛成だ。ほんじゃま、またな」
そういうと、茉莉は気を悪くしたのか無言の怜子を連れて、ひらひらと手を振りながら立ち去った。
取り残された蓮台寺は、最後の「委員」、大積怜子のことが妙に気にかかった。モデルだからではない。与那に対する扱いが、優しい。そう、まるで腫れ物に触るような――
「蓮台寺くん」
突然、声が後ろからした。与那だった。相変わらず「名前呼び」ではない。「委員長」だけの特権なのかもしれない。蓮台寺がそんなことを考えながら戸惑っていると、与那は蓮台寺から目を逸らしながら言った。
「ごめんね。さっきのコ、大積怜子。法学部二年生。わたしたちの『委員会』の『書記』。紹介する時間、なかったね」
「少し、驚きました」
日中は日中で、茉莉に振り回されていた。今日は色んな事がありすぎる。授業に出ていたほうが、よほど平和かしれない。
それにしても、なぜこのタイミングで与那が目の前に現れたのか。もしかして、どこかで待っていたのか。蓮台寺が一人になるのを。そう思うと、蓮台寺は少しどきどきした。
与那は、そんな蓮台寺のほうを向きもしないで正門に向かって歩き出しつつ言った。
「ちょっと、歩こうか。ここだと目立ちすぎだし」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます