第十一話 シャツをきちんとしないままだなんて、お子様にもほどがあるわ

 蓮台寺は、さすがに真っ赤になりながらも、声を抑えながら驚きの声を上げた。いったい、どんなリベンジポルノだというのか。

「これだよ」

 見せてくれとも言っていないのに、茉莉は携帯端末を手早く操作して蓮台寺に見せた。

 そこには、どこかの居酒屋と思われる場所で、あられもない姿で爆睡している茉莉の姿があった。半裸と言っていい。テーブルに突っ伏してよだれを垂らしている。半裸でなくても恥ずかしそうだ。だが、それ以上に、核心的な部分があらわになっていたので、そんなことはたいしたことではなかった。

「ちょ、こ、これ、おっ、おぱ……」

 蓮台寺は突っ込もうにも突っ込めない。

「気にすんな。胸筋だよ。胸筋。それに、肝心なところは見えちゃいないだろ?」

 そう言うと、茉莉は携帯端末を素早く仕舞った。

「それにしても、まさかこんな写真撮られてたとはな。さすがに居酒屋でこれ以上のイタズラはされてねーと思うが、しつこく『うちまで送る』って言うのを断っといてよかったぜ。信用できねーヤツを彼氏にするもんじゃねーな」

 そりゃそうだろ……と蓮台寺は呆れた。リベンジポルノ、話には聞いていたが、本当にあるものなのか。

「キョースケのクソが目の前にいたらぶっ殺すが、正直、会いたくもない。こんなとき、どうしたらいいと思う?」

 そう言って、茉莉は蓮台寺の目を覗き込んだ。蓮台寺は茉莉の目に、燃えるような怒りと見た。そして、助けを求めている心の声を聞いた気がした。心も身体も強そうな茉莉だが、理不尽に虐げられて無事というわけにはいかないのだろう。蓮台寺は、理不尽なことが嫌いだった。

「正直、ぼくに恋愛経験はないのでよくわかりません。ですが、ある有名歌手が、盗撮されたヌード写真が裏で売買されたことに腹を立て、自分で撮ったヌード写真を無料で配布したというような話を聞いたことがあります」

 茉莉は少し興味をそそられたようだった。

「ちょっとよくわからない話だが……で? あたしもヌード写真を無料配布しろ、と?」

「そうとは言いません。が、キョースケさんと同じようなことをしてみせたらどうでしょうか」

「つまり?」

「本当であればキョースケさんの恥ずかしい写真を撮ってバラまくというのがいいのかもしれませんが、それだと相手と同じレベルです」

「ほうほう?」

「そこで、ぼくの恥ずかしい写真を撮って、キョースケさんに送るんです。そうすると、キョースケさんはまずぼくが誰なのかわからないし、仮に茉莉さんの……」

「今カレだと誤解しても、キモいわなー。っつか、おめー、ドヘンタイだな! 円香はおめーのことヘンタイだっつってたけど、ドヘンタイだわ!」

 円香は茉莉にどんな紹介をしたのだろうか。

「その場合、ぼくは恥ずかしい写真を撮られるのに同意しているので、ぼくとの間で問題は生じません」

 いずれにしても、蓮台寺が自分で言っていて、ヘンタイだな、と自認せざるをえない。

「マジでキモいな、おめー」

 茉莉は楽しそうに笑った。蓮台寺はかまわず続ける。こういうときは一気に言ってしまうに限る。

「キョースケさんは、その気持ち悪い写真を送り付けられることで、自分がしようとしていることがどういうことか、わかるかもしれません。いずれにしても、リベンジポルノに屈する必要はありません」

 蓮台寺はまくしたてると、深呼吸した。自分がドヘンタイなことを言っているのは理解できる。しかし、恥ずかしい写真をばらまかれても何もせず泣き寝入りで我慢するのが得策だ、などと茉莉に言いたくはなかった。

「口先だけじゃねーだろーな」

と、茉莉は凄みを効かせた。

「ええ、もちろん。さっきの写真と同じ構図で撮影しましょう」

 

 撮影場所は、例によってあの、誰もいない教室ということになった。四時間目の授業が終わり、その日の授業もほとんどが終わった時間帯。二人はあらためて待ち合わせし、粛々と撮影を行った。「あたしもあんまりおめーのこと言えねーかもな」と含み笑いしながら、茉莉は、シャツがはだけられ、ほぼ上半身裸で仰向けに椅子の背によりかかっている蓮台寺の写真を撮影した。

「イザ撮ってみると、思ったより面白くねーな」

 茉莉はブツブツいいながらもその写真をキョースケに送ったようだった。

「ま、これでキョースケがキレてコッチ来るようだったら、そんときこそぶっ殺すわ」

 茉莉は、携帯端末を仕舞うと、教室の扉に向かった。その背中を蓮台寺は追いかけた。

「本当に大丈夫なんですか? キョースケさんが襲ってきたら。警察に相談しといたほうがよくないですか」

「ああ? さすがに刃物もってこられるとマズいが、たいていそういうのは、脅せば言うこと聞くって思ってるヤツなんよ。キョースケは、あたしを脅してどうにかできるなんて思ってねーよ」

 そう言って、茉莉は教室の扉に手をかけた。

「刃物を持ってなくても、暴力は振るえますよ」

 蓮台寺は、乱れたシャツもそのままにリュックサックを背負いなおした。

「キョースケごとき、片手で十分。こう見えて、あたし、合気道全国レベルだからさ。その辺のヤワい男子の手首くらい、マジで握れば折れるんよ」

 茉莉は蓮台寺にウィンクすると、扉を開けた。すると、その先の廊下には、与那と、派手目の女子がいた。与那と構内で一緒にいることをみかけることがこれまでに何度かあった女子だ、と蓮台寺は思った。今は、二人とも、驚いたような顔をしている。

 あらためてみると、派手女子は、背丈は与那と同じくらいだが、グラビアアイドルのような肉感的なプロポーションだ。しかもその辺の女子大生の「制服」のような判で押したようなアウトフィットではなく、それこそファッション誌から抜け出たような、さりとてグラビアの真似ではないオリジナリティがあった。ファッションには疎い蓮台寺も、只者ではないオーラを感じ取ってしまう。

「お。怜子に与那じゃん。どったの?」

 茉莉が驚いたように言った。

「どったのって、与那と会ってるってことは一つしかないでしょ」

と、怜子と呼ばれた派手女子は呆れたように言った。与那は、蓮台寺と茉莉を見つめたまま、硬直している。

「そこのカレ、誰? ……何してたの」

 怜子は、蓮台寺の着衣の乱れを見咎めたようだった。

「あー、こりゃ話すとちっと長くなるんだわ。もうわかってると思うけど、コイツが例の、蓮台寺伊都くんだ。な、与那」

 与那はようやく口を開いた。与那の肉声を聞くのは、「委員会」に入るように持ち掛けられたとき以来だった。

「そ、そう。そうそう。怜子ちゃん、このコは、蓮台寺くん。伊都くん」

 なぜか与那は必死で声を絞り出すように言った。怜子は、それを見ると「いいのよ、与那。わかったわ」と優しく言った。

「じゃあ、わたし、行くね。みんな、ばいばい」

 与那はそう言うと、そそくさとどこかへ早足で去っていった。その後ろ姿を見送ってから、怜子は茉莉の前にずいと進み出た。

「茉莉。ちょっと手が早すぎじゃない? 前のカレも一か月も経たないうちに別れたでしょ」

 茉莉は怜子の前ではどこか借りてきた猫のようにおとなしい。

「いや、そういうんじゃねーんだわ。でも、ま、その。元カレと関係なくはなくってよ」

 怜子は、そんな茉莉を放置して、今度は呆気に取られている蓮台寺に向かって言った。

「シャツをきちんとしないままだなんて、お子様にもほどがあるわ」




 




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