第十話 リ、リベンジポルノ!?
その長身女子は、携帯端末を仕舞うと、真っすぐ蓮台寺に歩み寄ってきた。お昼休みは終わっていた。気が付けば、周りに人はいなかった。
「おめーが蓮台寺伊都? けっこう背、高いじゃん」
そう言って、蓮台寺に近づき、頭に手をあてる。つい後ずさる蓮台寺。ここまで女子に近づかれたことはないと言っていい。いや、最近、与那に押しのけられたことはあったが、それは「近づかれた」うちには入らない。
茉莉の体の動きに合わせて生じた小さな風がいい匂いを運んでくる。予想に反して、たばこのにおいなどはしなかった。
「栄……茉莉さん?」
「そうそう、名前で呼び合うことにしたんだっけな」
そう言って、茉莉は笑った。
「与那と円香が会えって言うから、どんなヤツかと思ったら。フツーじゃん」
茉莉はベンチに腰かけた。それから、ばんばんと隣の席を叩く。蓮台寺は、ちょうど人ひとり分くらいの距離を空けて座った。
「あたしが座れっつったのはそこじゃねーだろ」
茉莉はそれまでとはうってかわって威圧するような目で蓮台寺を見た。蓮台寺は内心ビビりつつも、そこから動かなかった。
「初対面でイキナリそんなところに座れませんよ、先輩。心の距離がそれだけ離れてるんです」
蓮台寺は横目でそろそろと茉莉を見る。茉莉は、少し驚いたように眉を上げると、自分から蓮台寺の横に移動してきて、蓮台寺の背中をばしんと叩いた。蓮台寺は、ウッと声を漏らす。
「おめー、おもしれーじゃん! 円香の言うとおりだわ! 心の距離か、その通りだな!」
って、近すぎるんですけど……と、蓮台寺は思ったが、さすがに自分からまた移動して距離を空ける勇気はなかった。
そのとき、茉莉の携帯端末が鳴動した。茉莉の表情が曇る。
「先輩、どうぞ。とってください。鳴ってますよ」
蓮台寺はここぞとばかりに茉莉の注意を携帯端末に向けた。
「あー、これな。いいんだよ、別に」
茉莉は心底ウザそうな顔で天を仰いだ。
「いえいえ、相手の方に悪いです。まだ鳴ってますよ」
蓮台寺は若干しつこめに促す。
「ああ!? どーでもいーっつってんだろーが?」
茉莉はキレた。蓮台寺はビビりつつ目を逸らすしかなかった。茉莉はフーっと思いっきりため息をつくと、言った。
「後輩にキレてもしゃーねーわな。元カレなんよ」
いきなり重い話きた、と蓮台寺は思ったが、もう遅い。茉莉は話す気まんまんのようだった。
「ま、あたしも話聞いてもらいてー気分だからよ。ついてこいや。茶でもオゴるわ」
そういうわけで、蓮台寺と茉莉は、第一食堂裏から第一食堂の中へ移動した。
お昼休みが終わったので、あれほど混雑していた第一食堂も、人の波は引いている。蓮台寺は、お昼休みの間、ずっと茉莉を待っていて昼ご飯を食べていないことに気づいた。
「あのー、ごはん食べちゃってもいいですか?」
おそるおそる、蓮台寺は茉莉に聞いた。茉莉は食堂の自販機でコーヒーを物色中だった。あきれ顔で蓮台寺を見る。
「ああ? メシをオゴるなんぞ言った覚えねーんだが?」
蓮台寺は、ひーっと内心冷や汗をかいた。
「いや、ごはんをオゴってくださいとは言ってないんですけど」
と、蓮台寺がボソボソと言うと、茉莉は意外なことに、茉莉は優しかった。
「しゃーねーなー。そん代わり、ちゃんと話聞けよな? 途中で逃げんなよ?」
そう言って、茉莉は蓮台寺の持っていたトレーに生姜焼きのプレートを乗せた。
「あたしにも予算がある。生姜焼きはオススメ。異論は許さん」
そう言うと、自分の持っていたトレーにも生姜焼きのプレートを載せた。
気が付くと、蓮台寺は茉莉と一緒に差し向かいでお昼ご飯を食べていた。
「あたしもメシ食ってなかったんだわ。キョースケ、まあソイツが元カレなんだが、朝からウザくてよ」
生姜焼きをがっつきながら、茉莉はうめいた。
「そういえば、もう鳴ってないですね、携帯」
蓮台寺も生姜焼きをつつく。
「そうだな……おっと、メッセージが来てたわ。見るのもウゼーが……ん? 写真が添付されてんなー」
片手で器用に携帯端末をイジる。それから、露骨に嫌そうな顔をして、携帯端末をテーブルの上に伏せて置いた。蓮台寺は、その間、パクついていた。
「おめー、マイペースだな……ま、あたしが誘ったんだからいいけどよ。で、キョースケはもうだいぶ前に振ったんだが、ヨリを戻してくれってうるさくてよ」
茉莉はもう完食していた。蓮台寺はパクつきながらうなづく。
「まあ、ゆうても一か月くらいしか付き合ってねーんだが、これがしょーもないやつでよ。コクってきたときはかわいいかなって思ったんだけどよ。一緒に歩ってるとよ、これがまた『おれってかっこいい』アピールがウゼーんだわ」
女子と付き合ったことのない蓮台寺には、まったく想像もつかない。
「なにしろ言うことはくだらねー下ネタで笑えねーし。かっこだけは一人前で、かっこしかねーんだからかっこつけたがるのはわからなくもないんだが」
そう言って茉莉は蓮台寺をしげしげと見た。蓮台寺はようやく食べ終わり、本来のオゴリであるところのコーヒーに口をつけていた。
「おめーはその『かっこ』ってヤツを気にしてそうにねーな」
実際、蓮台寺は優等生キャラにはこだわっていたが、スクールカースト内でモテる階層に入ったことはなかった。当然、「かっこ」をつけるスキルなど教えてもらっていない。
「けっこー鍛え甲斐ありそーな体つきだけどな。ま、それはともかく、だ」
茉莉は身を乗り出してきた。のけぞる蓮台寺。なんだか甘い香りがした。香水でもつけているのだろうか。
「男子って、女子から何されたら引くのかなーってな。つまりキョースケに嫌われたいわけよ」
蓮台寺は思った。振ってもつきまとってくるのなら、それはストーカーではないか、と。
「ストーカーの相談窓口に行ってみる、とかはどうですか」
「あのな、警察沙汰はダメだろ。よけーヒートアップする可能性もあるしな。なにより、ストーカーかどうかって判断はけっこー微妙だぜ。まあ、恋愛経験が少ないとわかんねーだろーが」
茉莉はバカにしたように笑った。
「じゃあ、なんでぼくに聞くんですか」
「そりゃな、赤の他人だからに決まってるだろーが。接点がないから気楽に話せるんだよ。で、どうよ」
蓮台寺は、そういうものか、と思いつつ、今度は少し考えてみた。
「本当に、そのキョースケさんには未練はないんですか? だって、けっこうかっこいいんでしょ?」
「それな! 本人もそればっかでな。マジ、人はみてくれじゃダメだってことがよくわかったぜ。しかも、リベンジポルノまでしかけてくるようなクズだ」
「リ、リベンジポルノ!?」
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