第六話 間違ってもSNSにユカイな投稿なんてしないでね

 与那は不自然なほど明るく言った。

「テストにつきあわないってことだよ! もうさ、そんなテストなんてさ、気にしないで、自由に勉強したらいいんじゃないかな」

と、にっこり微笑む。蓮台寺は思った。まさにアイドルのような笑顔だ。アイドルより作り笑いは下手だったが。

「だから、みんなでカンニングし合えるようにしようってわけ。それで、『大学での学修を効率よく進める委員会』っていうのを作ったの。どうでもいいテストのことなんて気にしなくていいんなら、そのほうが効率的よね。本当の学びってやつも」

 テストのことを気にしないで自由に勉強。カンニングを正当化する理屈としては、なかなか気が利いている。しかし、蓮台寺には許せなかった。テストはやっぱり自分の力で受けるもんだ。カンニングするとしても。

「それはおかしいと思いますよ、先輩」

 すると、与那はさっきまで蓮台寺のほうを向いていた顔を伏せた。

「ふーん、蓮台寺くんはテストを信じてるんだ。不正行為なんてしたくせに? 誰もうっかりだなんて思ってないと思うよ」

 与那は急に冷たく言い放った。その言葉は、狙い通り蓮台寺に突き刺さった。そりゃそうだ。誰だって、そう思うに決まっている。

「そのテストのせいで、蓮台寺くんはきっと留年決定だよ。それに、ずっとみんなから白い目で見られるんじゃない? 卒業するまで待つにしても今からだとほぼ丸四年はかかるよ」

 そして、与那は顔を上げて蓮台寺のほうを見た。

「もしわたしたちの委員会に入ってくれるなら、わたしたちはきみの」

 与那は言葉を飲み込んだ。それから吐き出すように言った。

「……味方、だよ」

 蓮台寺は、なぜ与那が自分に話しかけてきたかようやくわかった。カンニングをして、それがバレたからだ。

 蓮台寺のことは、きっと、さっき教室から出て行った亜有利たちがどこかで話しているのを聞いたのだろう。蓮台寺がカンニングをしたということは、あっという間に広まっていた。とすれば、あとは蓮台寺が誰かということさえわかればよい。それは、誰にでも聞けばすぐにわかる。

 カンニングの手伝いを頼むのに、これほど適した人材もいないだろう。なぜなら、弱い立場だからだ。

 しかし、蓮台寺は思った。こちらの弱い立場に付け込もうとしているわりには、なんだかずいぶんと、無理をしているような余裕のなさを感じる。

 それに、与那の言っていることには一理あった。この先、友達が田中俊しかいないというのは、いかにも手詰まり感がある。確かに、与那は蓮台寺に話しかけてくれる貴重な女子だった。

「……自由に勉強、というのは気に入りました。ぼくは不正行為などした覚えはありませんが」

 ボソボソと蓮台寺は言った。すると、与那は立ち上がり、ぽんと手を合わせた。

「ありがとー! じゃ、きみはもう『大学での学修を効率よく進める委員会』の委員ね! きみに頼みたいことは、後で知らせるわ」

 そう言って、与那は蓮台寺にSNSのIDを教えた。それから、じゃね、と別れの挨拶もそこそこに、なにやら大急ぎで立ち去って行った。

 蓮台寺は、放っておくのもあとで面倒になりそうなので、与那のIDに「蓮台寺です」とメッセージを送った。すると、長文のメッセージがすぐに返ってきた。それによると、蓮台寺が登録している授業のノートは全部きちんと取っておくようにということだった。欠席した分もなんとかして集めろ、という。

「はあー……」

 思わず蓮台寺は声を出して嘆息した。さっきまで、引きこもろうとしていたところが、逆に、これじゃ皆勤じゃなきゃいけなくなる。しかも、欠席した「哲学基礎」のノートまで回収しろ、という。かなり無茶だ。唯一の頼みの綱、田中俊の書いたノートなどに期待できそうにない。

 どう返信したらいいか迷っていると、与那から別のメッセージがきた。

「協力してくれたら、なんでもしてあげるよ」

 ……「なんでも」。

 蓮台寺の心のなかで、先輩とのいけない妄想が鎌首をもたげた。

 考えてみれば、失うものは何もない。ノートを取るだけだ。

「自由に勉強、か」

 そうひとりごちると、蓮台寺は教室を後にした。たそがれている場合ではない。次の授業に向かわなければならない。


 数日後。欠席した分のノートは田中俊の不十分なノートをヒントに自分で補填した。人文学部学生委員会による聴聞が行われた。電話で聞いていたのよりもずいぶんと早い日程だった。

 聴聞では、数人の教員を前に事情聴取が行われた。蓮台寺の読み通り、「うっかり」だったという主張はほとんど考慮されなかった。「うっかり」も度を過ぎれば故意に等しいというのだ。そう言われれば、ぐうの音も出ない。

 故意にしても重度の過失にしても、そのどちらかを問うことなく厳しく諭され、一週間の出席停止の懲戒処分を通告された。開始は来月からだ。

 人文学部講義棟一階。聴聞の行われた小会議室を出ると、どうしたわけだか、西山助教が扉のそばに立っていた。

「出席停止の間、旅行に行ったりして浮かれたりしないでね」

 そんな金はない。気持ち的な余裕もない。わざわざそんなことを言うために出待ちをしていたというのか。蓮台が呆気にとられているのを尻目に、西山助教は続けた。

「間違ってもSNSにユカイな投稿なんてしないでね」

 

 



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