第四話 四半期の付き合いなんて、そんなにはかないものだったのか

「はあはあ。相当ヘコんでますな、こりゃ。まあ、そうか」

と、その委員長然とした黒髪ロング女子は言った。両手を腰にあてているところなど芝居がかっている。もしかすると、さっきの自信ありげで威圧的な口調も、芝居なのかもしれない。

 蓮台寺が何も言えないでいると、その女子は蓮台寺をぐいと押しのけた。

 女子に触られてドキドキしながら蓮台寺が見ていると、その女子は、椅子をおもむろに引き寄せ、どっかと腰を下ろし、なにやら作業をし始めた。

 蓮台寺は、いったい何が何やらわからず、その姿を呆然と見ていた。すると、その黒髪ロング女子は振り返りもせずに言った。

「ま、人生いろいろありますよ。また会おう!」

 ようするに、もう行っていい、ということだ。なにやら急ぎの仕事でもしているらしい。テスト中にテスト対策でもしているというのか。疑問は残ったが、蓮台寺はすぐに、これから通告されるだろう自分への懲戒処分が気になりはじめた。


 数日後。学生委員会のメンバーと名乗る教員から電話連絡があり、その期間中のテストはすべて無効になることが知らされた。留年ほぼ確定である。懲戒処分は、「初犯」であることにかんがみ、出席停止一週間の見込みということだったが、そんなことは留年確定の事実の前にはチリに等しかった。懲戒処分は来月以降の見込みとのこと。

 テスト期間はちょうど昨日終わったところだ。六月初旬。もう暑い。休みを挟まずに、次の授業期間、「二期」が始まる。

 蓮台寺の大学は、四分割学期クォータ制を採用していた。つまり、一期から四期まである。二期が終われば夏休みで、今は一期のテストが終わったところだ。二期の授業はすぐに始まる。

 蓮台寺は大学には出てきていたが、登録していた朝の授業には出なかった。クォータ制では九十分一コマの授業が二コマ連続で行われることが多々ある。そうすると、朝の授業は一科目二コマだ。

「よ! 蓮台寺。さっきの『哲学基礎』、いなかったろ。カンニングバレたっての、マジか?」

 蓮台寺が構内をうろうろしていると、後ろから、田中俊たなかしゅんという一年生ゼミで一緒だった同期生が声をかけてきた。肌は浅黒く、少し濃い顔立ちで、背は蓮台寺より少し低いが、体は鍛え抜かれている。元バレー部で、今はテニス・サークルに所属しているという、いかにも大学デビューした感のある似非体育会系だ。内容が内容なのに、大声で人目をはばかるところがない。一年生ゼミは、一期で終わってしまうが、そのメンバーは淡い連帯感を多少は抱くようになる。

「なんでそれを? 大学がアナウンスでもしたのか?」

と、思わず答えてしまう蓮台寺。

「んなことはないが、マジか。っつか、あれだけ派手に教室から追い出されたら、バレないわけねーべな」

 田中俊はあきれ顔だ。

「あれは、間違えたんだよ。間違えて、教科書を持ち込んじゃったんだ」

 蓮台寺は落ち着こうと息を吐きつつ言った。息がしづらい。息をしながらしゃべるのが難しい。まさかこんなことを友人に言う日が来ようとは。しかも、そのカンニングは実際本当にうっかりミスなのだ。

「そうなん? やべーな」

 田中俊は神妙そうな顔をしている。

「でもな、出席はしたほうがいいぜ。結局、『出席点』じゃね?」

 そう言うと、田中俊はコンビニのほうに歩き去った。

 意外にふつうの反応だった。蓮台寺は、もっとなじられたりそしられたり、西山助教ほどではなくても、軽蔑の目で見られるのではないかと思っていた。

 多少、気が楽になった蓮台寺は、次の授業に出てみることにした。

 火曜日三・四時間目の「人類学入門」は、二十名ほどの小クラスの授業だった。蓮台寺や田中俊と一年生ゼミが同じで、蓮台寺が気になっている女子、北野亜有利きたのあゆりがいた。ただし、蓮台寺の「気になる」というのは、単に「無視されるリスクを冒してでも話しかけてもいいと思える」程度だ。

 亜有利は、茶色の髪の毛を肩のあたりでふわふわにしており、服装も、いかにも20代向けファッション誌のグラビアに乗っていそうなものだった。男子とも気軽に話すので、一年生の授業では男子人気が高かった。蓮台寺も、そうした男子の一人だ。

 亜有利は、そのクラスでも、すでに何人かと打ち解けているようで、前や後ろの席の男子や女子と笑い合っている。

 蓮台寺は、亜有利に声をかけてみることにした。なーに、一年生ゼミでは一緒だったんだ。何も問題はない、はずだった。

「北野さんもこれ受けるんだ」

 田中は違う学部の授業を受けに行っていた。そういう学生ももちろんいる。

「……そうね」

 明らかによそよそしい。さっきまでのテンションとは違う。亜有利の前や後ろの席の女子は知らない顔で、いったい誰だおまえは、というような視線を蓮台寺に送っていた。蓮台寺も誰だおまえらは、と言いたくて仕方なかった。もっとも、そんな雰囲気ではなかった。

 それにしても、「そうなの。蓮台寺くんも同じでよかったわ~」みたいなのを期待していた蓮台寺は、空寒いものを感じた。近くに座ろうと思ったが、とてもできない。そうする気分になれない。結局、遠く離れた扉側の席に座った。

 ほかにも何人か知った顔はいたが、誰も蓮台寺に話しかけない。

 不正行為を働くようなヤツにはかかわりたくない、ということなのか。

 四半期の付き合いなんて、そんなにはかないものだったのか。




 

 

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