第17話
その後も梓は学校に通い続けた。
「あっちゃん、任務は終わったんじゃないの? 転校とかまだしない?」
放課後、梓の部屋で期末試験に向けた勉強会の最中に圭太が梓に問いかけた。
「まだ入手経路が判明してないの。施設の方でも調査してるらしいけど、私は今通ってる学校で情報収集するように命令されたわ」
「そか、まだ一緒にいられるんだな」
「まあ、そうね」
「いやあよかったよかった」
「よくないわよ……私情報収集苦手なのよね……私って基本戦闘要員だし……人付き合いとか、その、あんまり得意じゃないし」
梓はペンを回しながらため息をついた。
「俺も手伝うか!?」
「だめよ。けーくんバカだから」
「なんだと! バカって言う奴がバカなんだぞ!」
「まあ私も人のこと言えないんだけどねえ……。ま、いいわ。続きしましょ」
梓は机に向かおうとした。そのとき、梓のスマートフォンが振動した。
梓はスマートフォンを確認すると、顔をしかめた。更にスマートフォンを操作し、さらに顔をしかめていった。
「どうかしたのか?」
「いえ、何でも無いわ……」
勉強会はそのまま継続された。
翌日、HRの後に梓は声をかけた。ちょっと相談したいことがあると言った。梓は心音を探ってみた。しかしその心音は平静で、何も異常が無いように思われた。
梓はどんどんと進んで行った。校舎を出た。グラウンドに出た。グラウンドはいつもは部活動で賑わっているが、今はテスト期間前で部活動がない。学生達は早々に帰宅していた。誰もいない。
グラウンドの端にある体育倉庫まで連れてきた。
梓には油断があった。
まさか、過剰適合者だとは思っていなかった。
圭太は梓と一緒に帰ろうかとずっと教室で待っていた。しかし一向に梓は戻ってくる気配がない。
梓の鞄は机の上に置きっ放しになっている。
梓はあの人を連れて行ったきり戻ってこない。
圭太は嫌な予感がした。
圭太は昨日の梓の様子を思い出した。
そして流石の圭太も事に気が付いた。
梓の鞄を開ける。
注射器があった。
迷わず自分の左手に突き刺した。
遠いが異常な心音がある。
これは自分と同じ過剰適合者のものだ、そう直感した。
梓は必死に抵抗した。
過剰適合者には勝ち目はないことは、圭太との特訓で嫌というほど身に染みていた。
攻めを完全に捨てて、逃げに回った。
完全に読みだけで動いた。
相手の動きは全く見えない。
次にくるであろう攻撃を全力で予測し、ただ受け流す事だけに集中した。
それで一体何秒耐えられただろうか。
今、梓は片手で首をつかまれ持ち上げられている。
指を引き離そうとするがびくりともしない。
苦し紛れに顔面に蹴りを放った。
空いた手でその足を強打され、骨が折れた。
梓は苦痛に顔をゆがめた。
梓は詰問を受けていた。
なぜ私だと分かったのか。
どこから情報が漏れたのか。
梓は答えなかった。
梓の首を握る手に僅かに力がこもった。
相手は語った。
私はただ幸せになりたいだけだ。
幸せを求めただけだ。
なぜいつもこうなのか。
なぜいつも上手くいかないのか。
なぜいつも自分は幸せを手にすることができないのか。
語るたび、梓の首をつかむ指に力が入る。
両親は優しかった。
でもある日を境に変わってしまった。
父は母に暴力を振るうようになった。
母は私に暴力を振るうようになった。
そして父は母を殺してしまった。
父の暴力は私に振るわれた。
しばらくして父は逮捕された。
孤児院に預けられた。
孤児院では様々な試験という名の拷問まがいの仕打ちを受けた。
その試験で受けた注射で、幼い頃の幸せだった頃の記憶の大半を奪われた。
しばらくして養子として受け入れられた。
歪んだ家庭だった。
私の成績は管理された。
テストで一問でも間違えれば暴力を振るわれた。
必死に勉強した。
勉強さえすれば幸せな家庭が手に入ると信じて。
実際、満点をとりさえすれば、彼らは優しかった。
あるとき、風邪をひいてしまった。
ちょうどテスト期間だった。
もうろうとする頭で受けた。
結果は散々なものだった。
1ヶ月間檻の中に監禁された。
食事は最小限。
排泄は檻の端で済ませた。
風呂にも入れなかった。
謝罪の声も枯れ果てた。
檻から出された後は死にものぐるいで勉強した。
大学は遠くを受験し、逃げるように家を離れた。
大学で彼と出会った。
ズタボロだった私を気にかけてくれた。
ズタボロだった私を救ってくれた。
こんな私を好きだと言ってくれた。
私は、今度こそ、幸せになれると思った。
そう思った。
そう思った。
そう、思っていた。
そして彼は、病に冒された。
手術するためには莫大な治療費が必要だった。
途方に暮れた。
死にものぐるいで金を集めた。
あらゆる手段で金を集めた。
それでも足らなかった。
そんなとき、目の前でトラックが事故を起こした。
荷物がこぼれていた。
孤児院で見たものだった。
孤児院で注射されたものだった。
それが幸せを取り戻すための蜘蛛の糸だった。
それによって順調に金を集めるはずだった。
そのはずだったのに。
なのに。
「この気持ち、わかりますか? 桜井さん……」
狭山祥子は口から湯気を吐きながら、梓に問いかけた。
その呟きの直後、閉じられていた体育倉庫の扉が蹴破られた。
「知るかよバカ……」
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