第12話

 圭太はアルバイトをしていた。

 そのため、圭太のアルバイトが入っていない日に、梓と圭太は訓練を行っていた。その結果、徐々に自制が効く時間が延びるようになっていった。

「いてて……結構自制が効くようになってきたな」

「そうね。心強いわ」

 いつもの地下室で、訓練後に二人は会話していた。

「あっちゃんさあ、他の奴らを倒せって命令来てないの?」

「命令は、待機の連絡の後はなにも」

「そか。まあ、これだけ準備してれば次は大丈夫だろうな」

「うーん……敵にかなわないからやってるっていう訓練じゃなくて、敵に手加減するための訓練だから、そこまで問題にはならないかな」

「そう考えるとおかしな話だよなあ。なんで敵に手加減しなきゃいけないんだ?」

「施設側の都合としては『死人に口なし』でしょうね。死んだら何の情報も得られない。あとは私個人の問題、なのかな? こんなことを手伝ってもらっておいて、矛盾してるのかも知れないけど、けーくんに人殺しにはなって欲しくない……かな?」

「人殺しなあ……俺は別に気にしねえけどな」

 そんな発言をする圭太を、梓はまじまじと見る。

「……けーくんはバカ、っていうより、なんかこう、頭のネジが飛んでるのかも知れない」

「それはよりバカにされているということなのか? あん?」

「いや、そんなつもりは」

 話していると、梓のスマートフォンが振動した。梓はそれを確認すると少し驚いた表情になって言った。

「任務よ。今から。相手は二人。対象は生け捕り。体調は大丈夫?」

「痛みは引いたから大丈夫だ。いける」

 圭太は梓の目を見てうなずいた。

「じゃあいきましょう。ここからそう遠くないわ。場所は私が。相手は武器を持ってるみたい。どこかに襲撃しようとしてるみたいね。対象の目的がこっちじゃないし、どうも戦闘場所は狭そうだから、最初からけーくんを強化して、背後から一気に決めちゃいましょう」

「あいよ!」

 圭太と梓は地下室から出た。そして梓はタクシーを呼ぶと、目的地の住所を告げ、できるだけ急ぎで、と伝えた。 

「そういえば、他にあっちゃんみたいに強化された人っていないの?」

「いるわ。結構な数。あとこっち系の話はけーくんは小声でお願い。私の方はけーくんだけに聞こえるように調整して話すから」

 言われて圭太は小声になる。

「あ、すまん。んで、なんでその人達手伝ってくれないの?」

「元々、予備としてけーくんにお願いできるように、私があのクラスに転入させられていたからね。私が駄目ならけーくんを、というのが施設の考えだったみたい。とはいえ、協力をどうやって取り付けるかとか、そもそもけーくんにちゃんとした能力があるのかとか、そういうところをはっきりさせなくちゃいけなかった。あの廃工場でのことはそのため。けーくんは気づかなかったかも知れないけど、あそこでやり合ってる最中に、能力に関してはけーくんは合格してるって連絡が来てたの。で、あとはどうやって協力してもらうかについても、別途施設側で用意していた手段があったみたいなんだけど、その出番がないまま、けーくんはあの場で協力してくれた。……まあ、私個人としてはやっぱり幼なじみに危険な目にあって欲しくないから、協力してくれるのは複雑なんだけどね。……今更だよね。ここまで巻き込んでおいて……」

「まあ、気にすんなよ、俺も俺で、幼なじみが危ない目にあってるってんなら何とかしたいからな」

「ありがとう。ごめんなさい」

「いいっていいって」

 それきり二人はタクシーの中では無言だった。


 目的地に到着し、料金を支払ってタクシーから出ると、梓が口を開いた。

「一応他の犯行グループの調査も進めてるんだけど、あんまり上手くいってないみたい。今から向かう相手は、警察側からの情報(リーク)じゃないみたい。施設側が先に見つけたみたいね」

「ふーん。施設ってのはすげえんだなあ」

「ああそうそう、以前捕まえた二人はやっぱり身体能力が強化されてたみたい。しかも一時的に。まるでけーくんみたいに」

「ってことは俺に打ってる注射が使われたとか?」

「かもしれないわね。薬が流出したとしか聞かされていなかったけど、それってあの注射だったのかな」

 そこまで言ったところで、先導していた梓が立ち止まる。

「で、どこが目的地なんだ?」

 圭太が聞いた。

「うん。あの向かいのビル、その四階の一室が暴力団が管理しているらしくて、そこに私たちの目標の二人が襲撃に向かっているらしいの。だから、それを背後から取り押さえるのが今日の仕事ね」

「ほうなるほど」

「一応相手の顔がこれ」

 梓はスマートフォンの画面を圭太に見せた。そこには男の写真が表示されていた。梓は画面をスライドして、様々な角度からの二人の男の写真を圭太に見せていく。

「覚えた?」

「おう! たぶん!」

「……」

 梓は疑わしげに圭太を見た。

「だ、だいじょうぶだ……たぶん」

「まあ、私も確認するけどね」

 梓は小さく笑った。

「ま、まあそれはそれとして、いつ来るんだ?」

「うーん、今日の夜頃から深夜、って情報しかないのよ。だからこのあたりで待機。家への連絡は大丈夫?」

「ああ、大丈夫。俺、放っておかれてるから」

「え? そうなの?」

「うん、結構相手にされてない」

「……そう」


 二人は目的地から少し離れたビルに寄りかかり、雑談をしながら対象がくるのを待っていた。

「そういえば、捕まえた後どうするんだ? この前と違って俺ら以外の人いないみたいだけど」

「大丈夫。後処理担当の人がすぐ近くで待機してる手筈だから」

「そか」

「対象が階段を上り終わる頃に注射しましょう。対象が部屋に入る前に」

「おう」

 そこで会話が一旦途切れた。

 しばらくして、ぽつぽつと、どちらともなく小学校時代の思い出話をして笑い合いながら時間を潰していた。

 唐突に梓が表情を引き締めた。

「けーくん心音落ち着けて」

 言われて圭太は努めて冷静になろうとする。

「けーくん、ちょっと心音乱れてる。ごめん、余計な事言ったみたいね。変に意識しなくていいから。いつも通りにしてれば大丈夫」

「お、おう」

 圭太はできるだけ余計な事を考えないようにした。

「そう、そんなかんじ」

 梓が圭太に薄く笑いかけながらうなずいた。

 梓のスマートフォンに表示されていた男達が歩いてきていた。一人はギターケースを、もう一人は竹刀袋を肩にかけている。

 梓がスマートフォンに文字を打ち込んで圭太に見せた。

『ギターケースには銃がしまわれてると思う。たぶんショットガンかも。竹刀袋は真剣だと思っておいた方がいい』

 圭太はそれを見て緊張した面持ちでうなずいた。

 男達がビルの階段を上っていく。ある程度上ったところで、梓がポケットから注射器を取り出し、圭太に注射する。

 梓が小声で告げる。

「行って。私も後から追いかける」

 圭太の周り全てがゆっくりになる。ビルの階段までの間には遮蔽物はない。

 一蹴りで階段まで移動する。ビルの上の階から聞こえる心音にわずかに動揺が走るのがわかった。

 気付かれたらしい。構わない。圭太は自身の身体能力の方が圧倒的に上だと判断した。

 踊り場の壁を蹴って飛ぶように階段を上っていく。

 いた。

 左手前側に立つ男は既に真剣を抜いており、右奥のもう一人も長めの銃のようなものを構えている。仮に銃がショットガンだった場合、この狭い空間では避けようがない。

 圭太は腰からロープを取りつつ、圭太に斬りかかろうとしている左前の人間の右側に避けた。瞬間、右奥の男が弾を放った。その銃はやはりショットガンで、無数の弾が拡散していく。

 至近距離で放たれたため、圭太は避けきれずに、拡散する銃弾のうち数発を右手に受けてしまった。右手の感覚は残っているが、細かい制御は効きそうにない。

 圭太は左手で持つロープの中間辺りを口でくわえ、左手で端を持って銃口にロープを巻き付けようとする。しかし片手のため時間がかかる。

 その間に、真剣を持った人間がゆっくりと振り返り、圭太に向けて真剣を振り下ろそうとしてくる。

 圭太は何とか銃口にロープを巻き付けると、左手で持っていた部分も口でくわえて、左手をフリーにする。そして振り返りながら真剣を横から叩いてその剣筋を自身からずらす。無理な姿勢からの打撃だったため、剣を叩き折るまでには至らない。

 しかしひとまずこれで真剣を持った男の対処はしばらくの間しなくて済む。

 圭太は銃を持った男に振り返ると、口でくわえていたロープの端を左手で持った。そしてロープを男の首に巻き付けると、左手と口を使ってロープを締め上げ、ショットガンが男の顔に縛り付けられる形にして、男の動きを制限する。

 圭太はもう一つロープを腰から取り出しながら真剣を持つ男の方に振り向く。

 真剣を持つ男は下から切り上げようとしてきていた。

 圭太は片足を真剣の柄に乗せ、もう一方の足で真剣の根元を思い切り横から蹴りつけた。高い音を立てて真剣が根元から折れる。少し遅れて、真剣を持つ男の顔が驚愕に染まる。

 圭太は柄から足を下ろしながら、左手に持つロープで、真剣を持っている柄ごと男の両手を絡め取る。そしてロープを男の首に回して引くことで、柄を持つ男の両手が男の首まで引き寄せられる。もう一度回すことで両手と首を固定する。

 そうしていると、梓がゆっくりと飛び込んできていた。

「銃の男頼む……」

「了解」

 梓は、顔に固定されたショットガンをほどこうとしている男のみぞおちに一撃をいれ、男をひるませた。その隙に片手をとり、背後に回りながら逆関節をきめて締め上げる。

 男が痛みで硬直した瞬間、残りの手を取り、男の両手が背中で固定される形にする。

 梓はポケットから特殊繊維のロープを取り出し、男の両手を手早く縛り完全に拘束する。

「右手が使えない……こっちの拘束も頼む……」

「了解」

 梓は圭太によって顔と両手を拘束されている男に、改めて特殊繊維のロープを巻き付けて完全に拘束する。

 そして梓はポケットから麻酔を取り出し、手早く二人の男に麻酔をかける。

 梓は二人の男が完全に意識を失ったことを確認する。

「けーくん、人が来る前に撤収」

「おう……」

 二人は階段を駆け下りた。駆け下りながら梓はスマートフォンで「二名拘束完了、後処理頼みます」と伝えた。

「右手大丈夫?」

「ショットガンの弾少し当たっちまった……」

「わかったわ」

 そういうと梓はスマートフォンで今度は別のところに電話をかけ、「治療要請、右手にショットガンの弾を受けた」と言った後、住所を伝えた。

「わたしもショットガンの治療良く分からないけれど、一応止血しておきましょう」

 二人は既に階段を降りており、少し出れば人通りのある路地に出る位置にいる。

 梓はロープを取り出し、圭太の右腕の付け根を強く圧迫するように縛った。

「自制は効く?」

「そろそろ限界……」

「わかった。ちょっとここで座ってましょ」

 そう言って、階段の下側の人目に付きにくいところに二人は座った。

「怪我させちゃってごめん……私の考えが甘かった……戦闘経験の浅いけーくん一人に武器持ち相手を、しかも二人もさせてしまった……」

「気にすんな……」

 少しすると白いバンが止まり、中から数人の作業服姿の男が青いビニール袋を持って階段を上っていった。

「あれが後処理担当の人」

「そうか……」

 少しして、男達は『何か』を包んだ青いビニール袋をバンの中に放り込み、走り去っていった。

 ビルの上階から、銃声に反応したであろう喧噪が聞こえてくる

 しばらくすると、青いワンボックスカーがビルの前に止まった。後部座席の窓はすべてカーテンで閉められている。

 こちら側の窓を開けて、運転手が聞いてきた

「九一三二七一三ですか?」

「はい。対象はこの少年です」

「了解」

「私も同乗します。理由は中で」

「了解」

 そういうと後部座席から一人の男性が降りてきて、圭太の左肩を支えて立ち上がらせようとする。

「気をつけてください、今の彼は興奮状態にあります。刺激すると非常に危険です」

「了解」

 梓は、圭太がいつ暴走してもすぐに反応できるように、ポケットの中の電撃を発生させる装置のボタンに手をかけた。

 圭太はおとなしくされるがままに歩かされ、ワンボックスカーの中に座らされた。梓も中に入る。

「ごめんけーくん、念のため……」

 梓は特殊繊維のロープで圭太の両手と胴体を座席に固定した。

「では出します」

 運転手がそう言って発車させた。同乗している男が、圭太にアイマスクで目隠しをした。

 しばらくすると、圭太は全身が痛いと悶えだし、特に右手が痛い痛いとわめいていた。

 結局、病院での治療が終わって解放されるまで、圭太のアイマスクが外されることはなかった。

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