第10話

 次の日、圭太が学校に着くと梓はすでに席に着いていて、なにやら大きくて分厚い英語の本を読んでいた。

「おー、おはよう桜井ー」

 梓は目線だけ圭太のほうにやると、小さく「おはよう」と返した。

「いやー、桜井誘って学校来ようとしたんだけ……なんでもないです」

 梓は目で『だまれ』と語っていた。

 圭太はそのまま自席に座ると、またぼんやりと窓の外を眺め始めた。

 そうしてHR、一限、二限……と過ぎていき、放課後になった。

 梓はそそくさと帰り支度をすると、圭太にメモを渡しに来た。

「これ」

「ん? なにこれ?」

「読んでおいて」

「お、おう」

 それだけ言って、梓は学校を後にした。メモには、住所とビルの名前と階数、そして時間が書いてあり、『動きやすい格好で』と書いてあるだけだった。

「ここに来いってことなのか?」

 圭太はぶつぶついいながら帰り支度をした。


 圭太は帰宅後、指示通りに動きやすい服装に着替えて、指示通りの時間に指示通りの場所に来た。ドアをノックして「圭太だけど」と言うと、鍵を開ける音の後、扉が開かれた。

「いらっしゃい。メモ持ってきてるでしょ? ちょうだい」

 梓はジャージ姿だった。

「お、おう」

 圭太は迷わないようにと持ってきていたメモを梓に渡した。梓はメモを受けとると、ビリビリに破いて捨ててしまった。

「もう場所分かるでしょ?」

 すました顔で梓は言った。

「じゃあ早速だけど訓練を始めましょ」

「訓練? なにすんの?」

「敵をむやみに怪我させずに捕獲する訓練」

「おお、昨日言ってたやつか。さっそくやるんだな!」

「うん。はい、これ」

 そういって梓は圭太に二メートル程度のロープを渡した。

「なにこれ?」

「けーくんは基本ロープを使って戦ってもらうことにするから」

「おお! たしかにこれなら安全そうだな!」

「でも気をつけて。けーくんの力だと、糸で豆腐を切るみたいに、人の体をロープで切断しちゃうかもしれないから力加減は忘れないでね」

「お、おう!」

 そうしてロープを使った訓練が始まった。

 訓練場の一面は鏡張りになっているため、一度梓が手本を見せて、それを鏡でみた圭太が真似をする、という流れで進められた。

 最初に教えたのは、ロープの片端に小さな輪を作っておき、相手の右手を固めた状態で、右手親指にその小さな輪を通し、右手首に一度回し、首に回し、もう一方の左手の手首に回し、背後で締め付けることで、相手を拘束する技だった。

 梓は最初に口頭でこれを圭太に伝えたが、圭太は途中で考えるのを止めていた。

 だが、実際にやってみせるとすぐ飲み込んだ。その他にも一通りの技を説明し終えたところで梓が言った。

「まあ、そんなに私が知ってる技も多くないから、あとはアドリブでなんとかしてね」

「おう! ……あとは強化状態の時にこんな回りくどいのやってられるかだよなあ……」

「そこはなんとか自制してもらうしかないんだけど……難しそう?」

「うーん……あのときって、本当に何にも考え無しなんだよなあ……試しに注射打ってどのくらいまで考えて動けるかやってみるか」

「うーん……そうね。ぶっつけ本番よりかは何度か練習した方がいいかも……」

 梓はしばらくうつむいて考えていたが、意を決したように顔を上げた。

「よし、今度薬を用意してくるから、自制する練習をしましょうか。けーくんも一応、あの暴走を止めるための装置つけてきて」

「お、おう……注射に電撃……ちょっとしんどいがまあやるぜ!」

「あ……ごめん、けーくんばっかり負担かけちゃって……」

「いやいいって、気にすんなよ! ほかならぬあっちゃんの頼みだからな!」

「ちょ、急に変なこと言わないでよ……バカ……」

 梓は圭太から顔を背けた。

「バカとは何だ! バカって言った方がバカなんだぞ!」

 梓からすっと表情が消えた。豹変という言葉が適切な、見るものを恐怖させるような表情の変化だったが、幸いに圭太からはその表情は見えていなかった。

「……まあいいわ。ところで報酬だけど……」

「だからいいって。俺はあっちゃんの役に立ちたいからな」

「そ、そう……ありがとう……」

「おう!」

「じゃあまた明日。強化するとなると、ここだと部屋の耐久力が足りなさそうだから、今度からは、この前の地下室にしましょう」

「おう」

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