第7話
次の日、二人は数駅先にあるデパートに来ていた。圭太は昨日よりもおとなしめで動きやすい服装、梓は昨日と変わらずジャージ姿だった。
「しつこいようだけど、任務の連絡が来たらそっちを優先するんだからね」
「わかってるって。そのために動きやすい服着てきたんだから」
「……着替えさせられた、でしょ」
圭太が梓を迎えに行った際、梓から『もっと動きやすい服に着替えてきて』とだめ出しを受けていた。
二人は店内をぶらぶらと歩いていた。
「とりあえず来てみたはいいが、俺、女物の服とかわかんねえや」
「まあ、けーくんには期待してなかったけど。――と言っても私もお洒落なんてしたことないし、どこに行けばいいのか……」
二人してあてどなく彷徨っていると、梓は何かに気づいたかのようにはっと顔を上げ「やばっ」と呟いた。その直後、後ろから声をかけられた。
「あれ? 入来君と桜井さんですか~?」
二人が振り向くと、そこには担任の狭山祥子が立っていた。
「あれ、もしかして……デート?」
狭山が口元を抑えてにやりと笑った。
「違います!」「なるほどデートか」
梓と圭太の声が重なった。梓は圭太に「違うから!」と小声で告げた。
「まあ、校則で禁止されてるわけでもないですからね。お咎めなしですよ~。でも、不純異性交遊はだめですからね~?」
「なっ! しません! するつもりもぜんっぜんありませんから!」
圭太は小声で梓に「なあ、なにをするとだめなんだ?」と聞いて、梓から肘打ちを喰らっていた。
「ちょっと入来君に服を見繕ってもらっていたところです。家が近所だったもので」
「それが俺もぜんぜんわかいてててて!」
梓は圭太の背中をつねって、視線で『余計なことを言うな』と訴えていた。圭太はとりあえずうなずいておいた。
「……桜井さん、もしかして、外出着ってそれだけ?」
梓は恥ずかしそうにうなずき、小さく「はい」と答えた。
「よし! じゃあ先生も一緒に探してあげましょう! それともお邪魔かしら?」
「別に邪魔というわけではありませんが、大丈夫です。先生もご都合があるでしょうし」
「いいのいいの~。先生の方は時間の余裕はたっぷりあるから~」
そう言って狭山は二人を先導するように歩いていった。
「女の子向けの服は二階だからエスカレーターで行きましょ~」
「わかりましたー」
「ちょ、ちょっと入来君!」
「うおっ! なんだあっちゃ……くらい」
梓は圭太を引っ張り、小声で圭太に話しかけた。
「先生と一緒なんて任務の連絡があった時どうするのよ!」
「俺が先生の相手してるから大丈夫だ! たぶん。なんとかなるだろ。それに服選びも俺ら二人じゃどうしようもないしな」
「それはそうだけど……」
「まーなんとかなるって」
二人は小声で話しながら狭山の後についていった。
二階に着くと、狭山は案内板を眺めてから「こっちですね~」と二人を先導した。
「祥子ちゃんっていつもここ来るの?」
「ん~。いつもってほどじゃないですけどね~。近くにある病院に用があって~」
「え、なに、どっか悪いの?」
「ん~。私じゃなくて~……まあお見舞いかなあ~」
「そっかー。なんか祥子ちゃんも大変そうだなあ」
「そんなことないですよ~。私よりも入院してる人が頑張ってるんですから~。先生、精一杯応援したいと思ってるんです~」
狭山はそう言って二つの拳を胸の辺りで握り込み、柔らかい笑みを浮かべた。
梓には、そう発言する狭山の心音が、非常に強い決意に満ちているように感じられた。きっとその相手が、よほど大切な人なのだろう、と梓は思った。
そうして歩いている内に、目的の店に到着したようだった。
「さてつきました~。後は先生に任せてください~」
そう言って狭山は力こぶを作る動作をして見せた。
「はい、じゃあ、その、お願いします……」
梓は恐縮して答えた。
「すいませ~ん」
そういって狭山は店員を呼んだ。
「はいなんでしょう?」
近くにいた店員がすっとそばに寄ってきた。
「このジャージの子に似合う服を見繕ってください!」
狭山はドヤ顔で言い放った。
「は?」「おおなるほど!」
梓は呆気にとられた声を、圭太は感心した声を出した。
「え? 先生が選んでくれるんじゃないんですか……?」
梓は戸惑いながら狭山に尋ねた。
「先生が今時の高校生の服装なんかチェックしてる訳ないじゃないですか~。みんなわからないならプロの判断に任せるに限ります~」
梓は、それじゃああなたはなんのためについてきたんですか、という質問が喉元まで出かかった。しかしなんとかそれを飲み込んだ。
「なるほど! さすが祥子ちゃん! 先生やってるだけはあるな!」
圭太は感心しきった様子で、狭山はえへへと照れていた。梓は何となく疲れを感じた。
「そうですねー、少々お待ちくださいー。……これと、これと……こういった組み合わせなどはいかがでしょう?」
店員は見繕った服を梓にあてがった。
「ちょっと試着してみます?」
「あ、いやいいですいいです!」
梓は胸の前で両手を振った。
「まあまあ桜井さん、試着してみないとわからないじゃないですか」
そう狭山に言われ、上手い反論ができなかった梓は渋々といった体でうなずいた。
「えっと、はい、じゃあ……」
梓は服を受け取ると、案内されるまま試着室に向かっていった。
しばらくして、「着替えました」という梓の声が聞こえた。
失礼します、といいながら店員がカーテンを開ける。
そこには、いかにも着せられています、という状態の梓が立っていた。
「おお! ジャージよりだいぶましじゃねーか!」
「可愛いですね~。清楚な感じがあって桜井さんのイメージにぴったりです~」
二人が感想を述べた。
「そ、そうかな……似合ってる? 変じゃない?」
「似合ってる似合ってる!」「似合ってますよ~」
「じゃあ……これで……」
梓がさっさと決めて帰ろうとしたところを狭山が遮った。
「まってまって~。まだもうちょっと試着してみましょうよ~。そうですね~、次はもうちょっと元気な感じの奴をお願いします~」
狭山が店員にオーダーを伝えると、店員は「かしこまりましたー」と言って店内を物色し始めた。
「先生……もういいですから……」
梓が居心地悪そうに言った。
「だめです! お洒落に妥協は許されません!」
「こちらはいかがでしょうかー?」
そう言って店員は折り畳んだ衣服を梓に差し出した。
梓は渋々それを受け取り、「じゃあ、その、着替えます……」と言ってカーテンを閉めた。しばらくして「え、これはちょっと……」と言う声が中から聞こえた。
「どれどれ~」
そう言って狭山はカーテンの中に首だけ突っ込んだ。
「ちょ、先生見ないでください!」
「いいじゃないの~。似合ってるわよ~。カーテン開けるわね~」
「あー……」
試着室の中にはボーイッシュではあるがいささか肌の露出が多めの服を着た梓が恥ずかしそうに立っていた。
「おお! これいいんじゃないか! あっち……くらいのイメージにぴったりだ!」
「うーん。ちょっと活発すぎる感じもしますが、これはこれでいいですね~。……あれね~。桜井さんは素材がいいから何着ても似合っちゃうみたいね~」
「あんまりおだてないでください……」
梓は恥ずかしそうに手をいじくりながらうつむいていた。
「んなことねえって! いいよ! あ……くらい! いや俺はお前には見込みがあると思っていたんだ!」
「どっちもいいですね~。いっそ両方買っちゃったらどうですか~?」
「えっと、じゃあ両方ください……」
「かしこまりましたー」
梓はカーテンを締めて服を着替え、元のジャージ姿に戻ると、着ていた服を店員に渡した。店員は持っていたワンピースと受け取った服を手に、レジに向かった。
「そういえば~。お金は大丈夫なんですか~?」
「はい。多めに持ってきているので」
梓は支払いを済ませると、大きめの紙袋を持って圭太と狭山が待つところまで歩いてきた。
「桜井さん、トイレで早速着替えてきちゃいなさいよ~。入来君と先生待ってるから~」
「えええ! いやでも……」
「いいからいいから~」
狭山は躊躇する梓の背中を押してトイレへと連れて行った。連行を終えた狭山がいたずらっぽい笑みを浮かべながら一人で戻ってきた。
そして圭太に向けてふっと笑顔を作った。
「桜井さん、クラスでなじめてなかったですからね~……こうやって一人でも、仲のいいお友達……それとも恋人かな? ができて、先生安心です~」
「おお、任せろ! 俺がいやというほど仲良くするからな!」
「あ、いや、まあ、適度にお願いしますね~」
圭太は大仰にうなずいた。
狭山はにんまりとした笑顔を浮かべて圭太にささやいた。
「……入来君、ずっと桜井さんのこと『あっちゃん』って呼ぶの我慢してたでしょう?」
「そ、そんなことないって! 俺はずっとあ……くらいのことは桜井って呼んでたし!」
「ほら今も~」
そういって狭山はくすくすと笑った。
「仲がいいのね~」
狭山は感慨深げにつぶやいた。圭太はその目の奥に、何か違和感を感じた。
二人が話していると、梓がトイレから戻ってきた。その姿は二度目に提示された、活発な印象を感じさせる組み合わせだった。いっそ開き直ったのか、背筋をただして堂々と歩いてきていた。
その首元には今までジャージで隠れていたのか、ネックレスが揺れていた。
「わあ~。そっちにしたんですね~。素敵です~。うふふ。これでデートらしくなりましたね~。そのネックレスはいつ買ったの……あ、結構年期が入ってるのね~。思い出の品かな~?」
「こっちの方が動きやすかったので。ネックレスはまあ、縁起担ぎみたいな物です。あとデートじゃないです」
梓はむっとしている様子だった。その様子に気づいた圭太が梓に問いかけた。
「どしたの? 桜井」
それに対して梓は圭太をひっつかまえて小声で答えた。
「どうしたのじゃないわよ! あっちゃんて呼ぶなっていったのに早速ばれてるじゃない! 聞こえてたわよ! このバカ!」
「んな! バカって言った方がバカなんだぞ!」
狭山はそんな二人のやりとりを見てくすくすと笑っていたが、ふと何かに気づいたように、圭太の肩をぽんぽんと叩いた。
「入来君、ほらほら~」
狭山は梓の持つ大きな紙袋を指さしていた。
しばらく悩んでいた圭太だったが、はっと気づき申し出た。
「桜井! その荷物俺が持つ! 任せろ!」
「な、いいってば!」
「いいからいいから!」
そう言って圭太は梓から紙袋をひったくった。梓は不服そうにしていたが、一息吐いて、あきらめようだった。
「さて、俺たちの買いものは終わったから今度は祥子ちゃんのを手伝うぜ! 手伝ってもらったんだからお礼しないとな!」
「そうですね。何か手伝えることはありますか?」
「う~ん。別に一人でもいいんですけどね~」
狭山は困ったように頬に手を当てた。
「これからお見舞い品を買うんですか?」
「そうなのよ~」
「ご入院されてるのは先生のご親族ですか?」
「ううん~。ちがうの~」
「とするとご友人?」
狭山は困ったような笑顔を浮かべて下を向いた。
「えへへ~、婚約者なのよ~」
圭太と梓は一瞬言葉を失った。その隙をとって狭山は告げた。
「さて、じゃあお邪魔な先生はこの辺で失礼しますね~。二人のこと、それと先生の婚約者のこと、お互い秘密ですよ~」
狭山は笑顔を作り、圭太と梓に手を振りながら去っていった。去っていく狭山を見ながら、圭太がぽつりとつぶやいた。
「先生の婚約者さん、早くよくなるといいな」
「うん」
梓がそれに答えた。
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