第3話

 桜井梓の成績は優秀だった。

 授業中に当てられればすらすらと模範的な回答を答え、五月の終わりに実施された中間テストでも全教科満点を獲得した。しかも、テスト実施中に、問題の不備を教師に指摘し、教師がその不備を認めてその問題は全員正解扱いする、という措置をとらせたほどだった。

 ちなみに圭太はその措置のおかげで彼個人の平均点は大幅に上昇したが、全教科赤点、それもすべて一桁という学年でただ一人の存在となっていた。

 学問に秀でた梓にも欠点があった。

 それは、身体が弱いとのことだった。そのため、体育はいつも見学していた。せわしなく動いているものを見ていると酔ってしまうとのことで、体育の時間はいつも保健室で横になっていた。


 一方の圭太は体育の時間だけは輝いていた。

 基礎的な体力もさることながら、運動センスがずば抜けていた。本人曰く、昔習っていた護身術のおかげと言うが、なにをやってもエース級の運動性能を発揮した。

 しかし運動性能を発揮していたといっても、決して活躍していたわけではなかった。

 敵へのパス、オウンゴール、反則の嵐など、しっかりとした活躍を帳消しにするほどの失敗を積み重ねていた。

 これは、圭太がそれぞれのスポーツのルールをよく理解していないためだった。

 しかし、理解できさえすれば、理解に基づいた合理的な動きをした。

 だが、言われたことはそのまま鵜呑みにするため、適当に教えられた嘘のルールでも忠実にそれを守った。そのため、圭太が参加する試合では、いかに圭太に誤ったルールの知識を教え込むかが勝利の鍵を握るというよくわからない状況になっていた。


 学校生活において、梓は周りに常につっけんどんな態度をとり、あっという間にクラスで孤立していた。

 そんな中でも圭太は何度か梓に話しかけていた。一応、無視はされないものの、淡々と距離を置くような言動をされ続けた。また、圭太は自分と幼なじみだったのではないか、と聞いていたが梓はそれを否定した。


 ある日、梓が学校を休んだ。狭山によれば、交通事故にあって入院しているとのことだった。それが一ヶ月ほど続いた。

 クラスメイトはだれも、見舞いに行こうという者はいなかった。そんな中でも圭太は見舞いに行こうとしたが、病院がわからずあきらめた。教師に聞くという発想に至らなかったために。


 一ヶ月後、梓は登校していた。誰も声をかけなかった。ただ一人を除いて。

「おお! 生きてたか桜井さん! 元気か!」

 梓に声をかけたのは圭太だった。教室に入るなり、先に登校して席に座っていた梓に挨拶をした。

「はい、まあ……」

 梓は困ったように曖昧な返事を返した。周りのクラスメイトは、いつものこと、とそのやりとりに特に興味を持つ様子はなかった。

「いやあよかったよかった!」

 そういって圭太は自分の席に座り、ぼけーっと窓の外を眺めていた。


 梓は、席に座る圭太をじっと観察していた。

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