第2話

「なあ。転校生来るらしいって知ってるか?」

 その声に反応して、入来圭太(いりき けいた)はぼけっと眺めていた窓から、前の席に座る男子生徒に顔を向けた。

「桜って、なんか小さい花びらがもぞもぞっと集まってて、なんか気色悪いよな」

 まるで見当違いな返事に、圭太の前に座る男子生徒はため息を吐いた。

「いやまあ、返事してくれるのはありがたいよ? でも俺は桜の話をしていたか? なあ?」

「わかってるよ、転校生だろ? 知ってる知ってる」

「お、知ってるのか。女子か? 女子なのか?」

 食い気味に聞いてくる男子生徒に、圭太は不思議そうな顔を向けた。

「転校生の話をしてる、ってのはわかる。けど転校生が来るなんて俺は知らんぞ?」

「いやお前だって知ってるって言ってたじゃん」

「いやそれは転校生の話をしているってことを知っているって言ってただけだぞ」

 それを聞いて男子生徒は眉をひそめた。

「本当にお前はなんというか……アレだな」

「アレ?」

 男子生徒は昨年度、高校一年からの付き合いである圭太に、もう何度目かもわからない言葉を貼り付けた。

「バカってやつだよ」

「なんだと! バカって言う奴がバカなんだぞ!」

 そして同じくらい聞かされた言葉が男子生徒の耳に返された。

「はいはい、お前と話してるとバカがうつる」

 男子生徒がその言葉を言い終えるのとほぼ同じタイミングで、教師が入ってきた。

「は~い、HR始めますよ~。静かにして下さい~」

 このクラスの担任である狭山祥子(さやま しょうこ)が声を上げる。

 狭山は童顔で黒縁の大きな眼鏡をかけており、長い髪を二つにわけて三つ編みにしている。けっして不細工ではないが、垢抜けない少女のまま大人になった、そんな容貌をしていた。

「すでに知っている人もいるかもしれませんが~、今日は転校生を紹介します~。桜井さ~ん入ってきてください~」

 狭山の呼びかけに応じて、教室の前の扉が開かれ、一人の女子生徒が教室に入ってきた。

 瞬間、圭太は息をのんだ。それが絶世の美少女だったからではない。確かに顔は整っていたが、それが見覚えのある顔だったからだ。

 女子生徒が教壇のそばまで歩いてくる間に、狭山は黒板に女子生徒の名前を大きく書いていた。

「は~い、自己紹介おねがいしますね~」

「はい。桜井梓(さくらい あずさ)です。親の転勤で転入してきました。親の転勤はよくあるので、またすぐ転校になると思いますが、短い間、よろしくお願いします」

「あれ? もしかしてあっちゃんか?」

 圭太の声は、梓の自己紹介に集中していたために静まっていた教室によく響いた。

 その声に対するクラスメイトの反応はおおよそ二通りにわけられた。

 一つが、『知り合いなのか?』と圭太の様子をうかがう、昨年度の圭太と別のクラスだった人間。

 もう一つが、『またバカが適当なことを言ってるな』とスルーする、昨年度の圭太と同じクラスだった人間。

 しかし、梓は圭太を一瞥もせずに完全に無視した。

 一部の人間はガン無視された圭太を憐れんだ。残りの人間は圭太に微妙な絡まれ方をした梓を憐れんだ。

「え~っと」

 狭山がとりあえず割り込んで変な空気を変えようと試みる。

「桜井さんは親御さんのご都合で転校してきました~。高校二年の五月という半端な時期ですけど~、みなさんどうぞよろしくね~」

 狭山は両手をあわせたまま、にこやかに告げた。

「じゃあ席は、あそこの後ろの方の空いてる席に座ってください~」

 梓は「はい」と小さく答えると、指示された席に向かい、着席した。

 圭太の視線はその間、梓に注がれていた。

「おっかしいな……あっちゃんだと思うんだけどなあ……」

「おいバカ」

 圭太の前に座る男子が声をかける。

「だからバカって言った方が……」

「いくら転校生かわいくて仲良くなりたかったからってあれはないんじゃないか。突然あんなこと言い出す奴、俺でも無視するぞ。ありゃないわ」

「そんなんじゃねえよ! 確かに幼なじみにそっくりだったから……」

「最後にあったのはいつ頃よ?」

「中学に入る前だったかなあ」

「成長したら変わるんじゃねえの? ただの同姓同名の別人じゃね?」

「いやそれが名前の方はわかんねえんだよ」

「は?」

「いやな、ずっとあっちゃんて呼んでたからなあ。名前覚えてない。というか俺は名前を知っていたのだろうか」

「……」

 前の席の男子はあきれて一息吐くと、前を向いて圭太との会話を中断した。 

「はい、じゃあ今日のHRはおわりです~」

 狭山がそういって教室から出ていくと、数人の女子グループが梓を取り囲んだ。クラス内ヒエラルキーで上位に位置する集団だ。

「桜井さんって、どこからきたの? 東京のほう?」

梓はうつむいたまま淡々と答えた。

「大体そんなところ」

 つっけんどんな梓の返事に、女子生徒たちは梓からの拒絶の姿勢を感じ取った。それでも質問を続ける。

「えと、部活とかなにやってたの?」

「帰宅部」

 変わらない姿勢のまま即答した梓に、女子生徒たちはこれ以上の会話は無理と判断した。

「へ、へー。そっかー。あ、じゃね、桜井さん、一限始まるから、また」

 梓はそれには答えなかった。

 その言葉を最後に、女子のグループはそそくさと去っていった。

 クラス内ヒエラルキーの高い彼女たちの会話を、クラスメイトはめいめいが背中で聞いていた。そして、こう判断した。『桜井梓は人付き合いの悪いよくわからない奴』だと。そしてこう結論づけた。『どうせすぐ転校になるって言ってたし、無理に関わるのはよそう』と。

 圭太もその様子を観察していた。そして確かに、彼の知る『あっちゃん』とは雰囲気が違うように感じられた。

「おっかしいなあ……」

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