バカの願う幸せ

@seizansou

第1話

 彼と彼女が小学生の頃の出来事。


 とある小学校。そこに建っている、コンクリート造りの大きな建物。それは増築された他の棟と区別するために『旧棟』と呼ばれていた。年期を感じさせるというべきか、古くさいというべきか。怪談話が七つどころか十を超える数が語られるような雰囲気で、子ども達は気味悪がって滅多にその建物には寄りつかなかった。

 その不気味で大きな建物の裏手、およそ人目にはつきそうもない場所。

 そこに、二人の小学生、少年と少女がいた。

 彼らは何事かをとりとめもなく話していた。

 屋外系のクラブ活動が終わったのだろうか、「ありがとうございました」「おつかれさまでした」などと、二人と変わらない年頃の子ども達の唱和が遠くから耳に入ってきていた。

 ふと、一方の子ども、少年の方が黙り込んだ。

 その時間を時計で計ったのなら、十数秒はかかったのかもしれない。

 だが彼にとってはほんの数瞬であるように感じられた。

 一方の少女の方はどうかしたの? と首をかしげている。

 少年は意を決して声を上げた。

「好きだ!」

 少年は言ったきり、俯いてしまって、その表情は少女からはわからなかった。

 少女は突然の告白に驚き、次第に頬が赤みを帯びていった。

 自身の口元を隠してみたり、訳もなく周りをきょろきょろと見回してみたりと忙しなくしていた。

「え、ちょっと何言って……そりゃ友達としては……」

 その言葉を聞いた少年の手が強く握られるのを、少女の目が捉えた。

 少女は自分の口からとっさに出た言葉を、遅れて頭で理解した。理解したとき、赤かった頬から色が消えていった。

「そっか! わかった! しょうがねえ! 友達な!」

 少年は顔を上げ、少し悲しそうな笑顔で、しかし明るさは失わずにそう言って、少女に背を向けた。

 肩が震えていたのか、そうでなかったのか。それを少女に気づかれまいとしてなのか、少年はすぐに走り去っていった。

「あ、ちが……」

 走り去っていく少年に、少女は何も言葉を届けられなかった。


 旧棟の裏手には、膝を抱えてうずくまる少女だけが残されていた。


    *


 干支が半周するかしないか、その程度の年月が経過してからの出来事。



 五月四日、深夜午前三時。

 異様な事件が起きた。


 そのコンビニには店員が一人いるだけで、他に人影はなかった。店内には有線の音楽が流れ、車道を走り去る車の音が時折店内に響く。

 そこへ黒い帽子を目深に被った男が入ってきた。

「らっしゃーせー」

 そのとき店員の男性は、レジカウンターの奥にあるタバコの整理をしていた。彼は入店を知らせる音楽を耳にし、その音に機械的に反応して適当な挨拶を店内に響かせた。

 入ってきた帽子の男は弁当売場の近くへとまっすぐに歩いた。その足取りに迷いはなかった。男が目指した場所は、そのコンビニに設置されている監視カメラの死角だった。帽子の男は監視カメラの死角に入っていることを、帽子の裏側に隠していた小さな鏡で念入りに確認した。確実に死角に入っていること、店員が自分に背中を向けていること、そして『あるルート』を確認すると、男はかがみ込んだ。

 かがみ込んで両足に力を溜めた男は、『一足飛びで』弁当売り場の対角、店員のほぼ頭上にある監視カメラに向かって、鏡で確認した軌道で跳び付いた。地面と靴のこすれる音を店内に響かせて、監視カメラにしっかりと取り付いた。両手で監視カメラを掴み、両足を壁につけて、監視カメラをねじ切った。男が飛んでからカメラが壊されるまで、一秒もかからなかった。

 タバコを整理していた店員は、男が跳ぶ瞬間を見ることはなかった。しかし、店内に地面と靴がこすれる音が響くと、店員はとっさに音のした方を振り向いた。それはちょうど帽子の男が店員の頭上を通り過ぎるタイミングとほぼ一致していた。視線と身体がすれ違う形になったため、店員は帽子の男が監視カメラに張り付いている事に気づくことは出来なかった。破壊音がして初めてカメラの方を見上げようとしたが、その時にはすでに帽子の男が店員の背後に立っていた。そして帽子の男は、店員の首を後ろから裸締めで締め上げた。

 店員はふりほどこうともがいた。絡められた腕はそこまで太くはなく、少しでもゆるめられると思った。しかし、絡められた腕は、元からそういう形をしている金属の固まりであるかのようにびくともしなかった。

 店員は抵抗していたが、しばらくして意識が落ちた。

 帽子の男は店員からの抵抗がなくなったことを確認すると、雑誌売場のガラスから、外に止めてある車に向かって、LEDのライトを四回点滅させた。

 車内から中の様子をうかがっていた男が目出し帽をかぶり、空のスポーツバッグを持って店内に素早く侵入した。

 帽子の男は店内に設置してあるATMの前に座っていた。目だし帽の男もそこに合流した。

 そして二人は、ATMに手をかけると、大きな破壊音を響かせながら、ATMを『素手で』破壊しだした。内部も厳重に囲われていたが、それらもお構いなしに破壊していった。

 そうして破壊していくと、バラバラと札束がこぼれ落ちてきた。

 二人は目出し帽の男が持ってきたスポーツバッグに札束を詰めていった。それを詰め終わると、足早にコンビニから去っていった。

 『普通の人間』を想定したセキュリティはすべて破られた。


 この日、三件のコンビニで同様の手口の犯行が行われた。

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