第45話琴桐楓は成長する

 年を越してからあっという間に時間が過ぎ、センター試験の日がやってきた。前日は準備の関係で大学は午前で終わり、かといって今日とていつも通りに楓を送る。

 七琴学園では、学内でセンター試験が受けられるため、変に大学に行って護衛を含めた大移動になることはない。


 頑張れと応援だけして、ゆっくりと待つことに決めていた。



 センター試験が行われている間に、近くのカフェでのんびり本を読んでいた圭は、突然学園近くに現れた高級車に目を移した。


 琴桐で使っている車もかなりの高級車なのだが、目に映ったそれはさらにグレードが高い。大抵の人は年収全部叩いても買うことはできないだろう。


 最近周りが金持ちばかりで目が肥えてきた圭には、ちょっとした部分での金の使い方に目がいくようになった。

 特に男だと腕時計と靴でその人のステータスが大体分かる。街で歩いていても、この二つを見ておけば色々見えてくる。


 ちょうど、圭に向かって歩いてくる男はまさにその典型例だった。


「……ん?」


 なんとなく車の方を眺めていた圭は、その主が本当に圭に向かって近づいてきていることにようやく気づいた。

 そのときには、男はガラス越しに圭を見下ろしていた。


「なんか見たことあるような……」


 見覚えがある顔を思い出せないでいると、その男は店に入り、圭の隣へとやってきた。


「やあ、探したよ」

「どうも」



 皮肉を言えないくらい爽やかな笑顔を見せた淡麗な男は、何をいう前にまず手を差し出した。


「えっと、……あなたは?」

「おや、そうだね。まあ弟のことだ、そんなことだろうと思ったよ」


 その姿は、楓によく絡んでいる礼二郎のことを思い出させた。


「弟が迷惑をかけていると聞いた、申し訳ない。僕は四ツ橋章一郎。父は四ツ橋重工の代表を務めている。よろしく」

「あ、あー、そう言えば、四ツ橋バトルロワイアルがあるとかなんとか」

「そういうことさ」


 ようやく納得がいった圭は差し出された手を握る。すっかり忘れていたが、年末にたしかに楓に出て欲しいと懇願された記憶がある。


「弟がよく取り付けたと思うよ。まさかランク6を連れてくるとはね」

「弟だと家内で問題にならないんですか?」

「ああ、それは気にする必要はない。この戦いは各企業ごとの戦いだ。そこに身内はあまり関係ないさ。たしかにランク6を捕まえたのはいいことだが、それと優秀さとは関係ない」

「おお、弟とは大違いの対応……いやあれは楓に絡んでいるだけか」


 弟が優秀なのかそうでないかは圭にはよく分からない。しかし少なくとも目の前の兄の方が優秀そうには見えた。


「そうだ、君もうちに就職しないかい?今後は琴桐との取引も増えるからオススメしておくよ」

「え、そうなんですか?……あー、そういえばそんな話でしたね。でも就職はまだ先なんでその時考えます」


 このサバイバル形式の決闘に圭が参加する条件として、四ツ橋重工との取引を楓は持ちかけていた。

 それ自体は琴桐グループにプラスに働くため楓の判断は間違っていない。忙しくなるのは最近めっきり顔を合わせてない楓の父、亮太郎だけである。


 前に「はやく楓と婚約でもして会社を助けて」なんて言われたが、本気で考えないとそろそろまずいかもしれない。いつでも仕事を振ると何度も念押しされていた。


「それで、どうして急に僕のところへ?」

「なに、挨拶さ。この国にわずか八人しかいないランク6と顔を合わせておくくらいいいだろう?」

「なるほど」

「それに今回は僕からある程度の詳細を伝えにきた。君の様子だとほとんど何も知らないようだから来て良かったよ」


 本来は弟に任せる手筈だったらしいのだが、相変わらず礼二郎からは避けられてしまっているため直接会う機会はなかった。


「来週の土曜午前十時から、四ツ橋系列が管理しているとある場所で開催される。場所は教えてもいいけど下見はできない。武器などの持ち込みはあまりにも大きなものでなければ自由、大きすぎるとせっかくのバトルフィールドが台無しだ。それに観戦用に複数のドローンが巡回することになってるから、それは壊さないように」


 他にもいろいろな情報を口頭で教えてくれた。舞台は複数のフィールドで構成されており、樹海、廃墟、岩場がメインだと章一郎は語った。

 さらに、前日夜から四ツ橋系列のホテルへ向かわせる車をよこすとも言った。前日の夜はパーティのようだ。


「ほかの企業の代理人も来る。これだけは参加して欲しい、当然君のパートナーも招待するさ」

「分かりました」


 話を聞いてみれば、兄の方は帝二大学に通っているらしい。それももう三年生で、四年生は暇になるのでほとんど就職したようなものになるようだ。

 三年生から暇になるというのは文系だけで、理系は逆に忙しくなることを理解している圭は羨ましいとばかりにため息をついた。


 それから少し雑談をしてから、四ツ橋章一郎と別れた。彼も相当忙しい身分らしい。インターンがどうのこうのと言っていたが、あれは圭のような誤魔化しではなくて、本当にどこかの会社で社会人と同じように働いているのだろう。


 そうこうしているうちに、センター試験初日は終わった。






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 物事は気がつけば終わってしまうもので、楓のセンター試験はあっさりと幕を閉じた。自己採点の結果を見る限り、去年の圭の点数を上回っていたので成功と言えるだろう。

 自分が教えたとはいえ、点数で負けたとなると何だか悔しかった。



 さて、センターという山場を越えて、圭と楓は次のステップに行こうという話をしていた。


「じゃあ、今日から魔術の練習しようか」

「ついに、ついに来たのね!」


 試験結果も良かったせいか、楓のテンションは最高潮に達していた。

 喜びをどう表現すればいいか分からなくなり、とりあえず飛び跳ねて気持ちを高揚させるほどだ。


 圭としてもちょうど頃合いだとは思っていたので、本格的に魔術現象の発現へと鍛錬を移行したのだ。


「とはいっても、ここまで来れば難しいことじゃあない。今から僕が魔法陣を展開するからそれに手を重ねて」

「う、うん」


 圭が魔法陣を指先に展開すると、楓は身体を近づけて同じ方向からそれに手をかざした。自分では魔術を使っていないのにその場にあると、不思議な気分だった。それを知らずに圭は話を進める。


「今から魔法陣を楓に渡すから、その感覚を覚えるんだ」

「え、どうやって?」

「すぐに分かるよ」


 師匠である魔女の教え方のひとつとして、魔法陣の乗っ取りは必須事項だ。教師側から魔法陣を渡されることで、自然とどのようにすれば魔法陣を使えるようになるかが分かるようになる。

 これも一回二回では到底無理だが、何十回何百回と繰り返せば身体に定着する。

 このようにして魔術を発現させるための魔法陣を自分で作り出せるように慣らしていくのだ。


 狭山との戦いで見せた魔法陣書き換えは、その応用の一つにすぎない。


 ただ当然一つの魔術につき一つの魔法陣が存在する。覚えるべき魔術はいくらでもあるため、ある意味この鍛錬が一番時間がかかるかもしれない。


「とりあえず、炎の魔術から」

「これって、ケイみたいに詠唱をした方がいいのかしら」

「そうだね。まずはシンプルな魔術からだけど、詠唱を組み込むことで慣れには繋がりやすいかな」

「なら……『炎よ』」


 すでに魔法陣は用意されているので、魔力をそこに送るだけで魔術が発動し小さな炎が出る。


「すごい」


 炎は少しの間何もないところで燃え続け、静かに消えていった。

 普段隣の男がなんの苦もなく使っているせいであまり凄いことだとは認識できていなかったのだが、ここに来て改めて魔術の偉大さを理解した。


 魔力を吸い取られ、現象を引き起こす。


 これだけのことなのに、できる人の方が少数派。そして、人の力を借りているとはいえ、今までランク1で諦めてきた自分が魔術を使っている。


「すごいっ、すごいっ!!」


 魔法陣が消えて二人の肩も離れたが、楓の熱は覚めなかった。


「すごい、本当に魔術を使ってる!魔力が動いて、変換されてるのが分かる!」


 魔力を消費して魔術を行使した。


 それだけのことしか感じていないのだが、楓にはそれが凄いことがわかる。おそらく神城学園の誰もができない領域だ。


 身体から魔力が抜けるのではなく、自分で魔力を送り出すという実体験は、今までやってきたことの上に築かれている。そう実感できた。



 その様子を見て、圭が釘を刺す。


「嬉しいのは分かるけど、魔術を使うのは勉強終わって寝る前だからね。それと、ある程度戦えるように格闘術も多少指南しておくから」

「うん、分かったわ!」


 楓はそもそも受験生。このギリギリに新しいことをやらせるのもどうかと思ったが、最後の追い込みの環境下では多少の息抜きは必要だろう。


 それからしばらく、何度も炎の魔術のテンプレ魔法陣を広げながら楓に渡し、楓がそれを使って魔術を使う、という動作を繰り返した。



「これは異世界でもよくある特訓方法なの?」

「いや、異世界でもこんなことはやらないよ。向こうの世界では魔力が世界に溢れている、だからこっちの世界の人より魔力の操作を習得しやすいんだ。だから楓がやったような鍛錬は普通はやらない」


「なら、なんでケイはこんな特訓をしたの?」

「それは……まあ前も言った通り、魔女に拾われたからかな。それと、拾われた人たちの中では能力が弱いらしくて、どうしても魔術に特化する必要があった、てとこかな」


 魔術の鍛錬は死ぬほどイヤだった記憶がある。好きでもないのに無理やり身体で覚え込まされるのだ。

 しかしそれも最初だけで、自分の意思ができてからは自ら進んでやるようになった。

 魔女の弟子は総じてレベルが高い。人に劣る分別のところで勝たなければならず、逆に魔女本人から魔術を教えてもらったのはケインにとって唯一の劣等感からの出口だった。


「まあ、あんまり気にしない方がいいよ。あっちの世界は色々特殊なんだ。神様とか、勇者や魔王がいたりするしね」

「勇者と魔王もいるの?」

「あー、うん。その二つはちょっと特殊だけど、いるよ」

「どんな人だった?」

「んー……関わりはしたけど、そんな大したことなかった、気がする。……そもそも僕は、というか魔女の弟子は全員仕組みを教えられてるから、あんまり興味はなかったし」

「仕組み?」

「そ、仕組み。普通の人は知らないらしいから、大人気だったけどね」


 勇者は特別だ。勇者より強い者もいれば、魔王より強い者もいた。だが、勇者が魔王に勝つ、というシナリオは塗り替えられることがない。そうでなくては困るからだ。

 そうなるように、神は勇者と魔王を生み出した。

 途中仕組みが若干変わったが、それでも何千年も続いている。


「僕からすれば、お芝居を見ているようなものだよ。魔王に侵略されることはあっても、敗北はあり得ない。この未来だけは確定している。魔女の弟子はどこでも生きていけるくらいの実力は皆持っているから、他人事って考えている人ばかりなんじゃないかな」

「……なんか、ちょっと期待外れね」

「そりゃ神視点から見ればの話しだから。知らない人からしたら五十年に一度魔王が現れるんだ。それも、現れた瞬間に全ての生物にその存在が植え付けられ怯えさせられる。たまったもんじゃないだろうね」

「そう言われれば……そんな気もしてきたわ」


 あぐらの上に肘をつきながら空を見る。なぜあんな世界なのか、今思えば不思議で仕方ない。だが、神はあの世界をそう作った。それは事実だ。


「三鷹圭としての僕は神なんて信じてないけど、ケインは神と会っている。不思議な気分だ」

「それはちょっと分からないわ」


 そこで話は終わった。異世界の話をしてもいいが、圭も楓もそこまで執着はしたくない。昔話を話すよりもほかにやることはたくさんある。過去よりも今を大切にしたい、これは共通の認識だった。


 最後に楓に護身術を教えるための組み手を行った。

 当然ながら異世界仕込み、魔女仕込みの教育のため、結局楓はボコボコにされた。








 翌日。


「『火よ』……うーん」


 朝から手を前にかざして炎の魔術の練習を始めていた。昨日の今日でイメージ練習するのはいいことだ。


 ただ、所構わず行うので危ないことこの上ない。

 練習したくなる気持ちは分かるのだが、どこでも行っていいわけではない。圭の見ていないところで何かが起こっては始末ができずに問題になってしまう。特にそういった騒ぎに敏感な学園では大問題だ。


「学園ではやらないように」

「……うん」

「絶対だぞ」


 自信なさげに頷いた楓に、車に乗っている間に念押しした。

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マジック・デュエル〜異世界仕込みの魔術を駆使して現代魔術を捻じ伏せろ〜 ケンイチ @fjyt031

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