第44話年越し

 目が覚めたのは日が暮れてからだった。


 圭が起きてリビングに行くと、弟の健二に迫られて困っている楓がいた。


「おはよ」

「げ、兄ちゃん」

「なんでそんなびびってるの」


 兄の女を口説くというとんでもないことを目の前でしている、ということを自覚しているのかもしれない。

 とはいえ、圭は健二がただ同じ世代の美少女がいたら話しかけずにはいられないたちだというのを分かっていた。


「激レア超絶美少女だし、今のうちに拝んでおいたらいいんじゃない」

「いいの!?」

「本人に聞いて」


 目をキラキラさせて楓の方を向く。その謎の迫力に気まずそうな顔を見せた。


 今現在、健二は男子校に通っている。そのため女と接する機会が非常に少ない。誰が見ても目が覚めるような美少女と話せるとなれば、延髄ものだろう。


「写真撮っていい?」

「べ、別にいいけど……」


 普段写真なんて撮られない楓は、珍しい行為になんとなく恥ずかしさを感じていた。


「おおぉっ、いい、いいぞ!明日初詣行く友達に見せびらかしたろ」

「程々にしといてよ」





 それからシャワーを浴びてもう一度リビングに入ると、今度は楓が声をかけてきた。


「ケイ、ちょっと、これ」


 楓が指す方にはテレビが鎮座していた。圭としては身の回りにテレビがなく、大学に入ってからはめっきり見ていない。琴桐家でもあまりテレビを見る傾向がなかったため、二人とも半年以上テレビは見ていなかった。


 テレビに映っていたのは、よくあるニュース番組だった。


『今日未明に起きた竜巻はおよそ数時間続きました。さらに、その場では大きな地盤崩壊が起きており、現場調査が進んでいます』


 楓と目を合わせてから、テレビを見た。そしてもう一度楓を見た。


「マジで?」





 テレビではしれっと竹岡恵理子が警察代表としてインタビューを受けていたようだ。テロップに聞き覚えのある名前が表示されており、テレビ内で本人は白々しく「今後も原因の究明に努めていきます」と語っていた。


 確かに四詠唱は凄まじい威力を長時間発揮する魔術ではあるが、思った以上に話題になっていたようだ。SNSなどにも蔓延しているらしく、この騒動はしばらく収まらないのではないだろうか。

 唯一の幸運は一般人が巻き込まれていないということだけ。今後魔術に対する認識がどう変化するかは全く予想がつかない。


 圭が使ったあの風の魔術は、自然現象では絶対にあり得ない。複数の竜巻が形を維持して残り続ける。空が暗く曇っていたら、この世の終わりかと勘違いしてしまう。少なくとも自分だったら勘違いする。


「ほえー、この近くじゃん、こわっ」

「ほんとねえ、こんなこと今まで聞いたことないわ」


 健二と母の妙子が他人事のように話す。この現象の真っ只中にいた二人としては、どんなリアクションをすればいいかわからなかった。





 それから圭と楓は、適当に勉強しながら時を過ごした。昨日一昨日と随分騒いだが、今の楓は受験生。勉強をしない年越しなどあり得ない。


「楓さーん、俺にも教えてー」

「よし、僕が教えてあげよう」

「いやだよ、兄ちゃんなんかに教えてもらいたくねーよ」

「えぇー、なら邪魔だからどっか行ってて」

「ちぇっ、……あ、そういえば母さんが初詣どうするのだって」

「初詣?なんで?」

「ほら、太一さんと、香奈さん」

「あー、そういえばそうでした」


 太一と香奈は、小中高一緒だった、いわゆる幼なじみだ。

 太一は都内の私立大学へ進学し、香奈は一浪して帝一大学を第一志望に勉強している。もしうまくいけば、香奈と楓は同級生となる。


「なんか二人とも兄ちゃんと連絡取れないって母さんに愚痴ってたみたいだよ」

「あー、そうか、そういやそうだよなぁ」


 圭の携帯は、通算四、五回は壊れている。その都度買い替えてはいるのだが、いちいちデータの引き継ぎがめんどくさくて、何回かそのまま放っておいたことがある。

 大学の友人とは頻繁に会うためまた連絡先を入手したが、地元の人はそうはいかない。家族からの連絡は大抵電話なので、全く意識していなかった。


 とりあえず母親から連絡先を入手した圭は、さっそく二人に連絡を入れてみた。



 すると、来るわ来るわメッセージの嵐。太一の方は直接聞くというメッセージで終わっていたが、香奈の方は延々と返信が続いた。

 特に連絡を取れなかったことと、唐突な謎の美少女に気が動転していたらしい。

 それから席を離れて少し電話で話をしてから、ようやく怒涛のメッセージは収まった。


「誰なの今の?」

「ん?ああ、幼なじみ。牧野太一(まきのたいち)と荒川香奈(あらかわかな)。明日初詣に行くからってさ。楓も来るでしょ?」

「え、うん……」

「ん?」

「いや、久々の再会にお邪魔していいのかなって思って……」

「まあいいんじゃない?紹介がてら」

「なら、いこうかしら……やっぱり、行くわ。行かなきゃ」

「?」


 それから、楓が行くならと付き纏う健二を袖に流し、とうとう年の終わりと始めの時間を過ぎた。


「あけましておめでとう」

「あけましておめでとう」


 お互いにペコリと頭を下げてから、気の抜けた笑いを見せた。






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 年越しは地元の小さな神社で。


 意識してはいなかったが、自然と幼なじみ三人には共通の認識があった。中学以前の友達とも会えるし、何より集まるきっかけになりやすい。


 いつのまにかそうなっていたなと思いながら、去年の時と同じ待ち合わせ場所へと向かった。


 寒い夜の中、住宅街のとある交差点がいつもの待ち合わせ場所だ。

 そこに行くと、すでに二人揃っているのが見えた。


「お、太一、香奈」

「ん?圭?圭っ!?」

「あ、圭!……?」


 楓を連れてきたのと体格が変わったせいで、誰なのか一瞬判断がつかなかったようだ。


「おっす、久しぶり」

「お、おう。筋トレでも始めたのか?前と全然違うじゃん」

「まあね」


 実際、体重はこの九ヶ月で十五キロ近く増えている。久しぶりに会った二人が見間違うのも無理はない。

 それと、その隣にいる楓も困惑の対象だった。


「ほら、僕の彼女」

「その女の子、妙子さんの送ってきた写真の……」

「おおぉ、近くで見ると本当に美人だ。触っていい?」

「しばくぞ」

「おっと怖い怖い」


 太一は近づいて見てから、圭に言われてすぐに顔を離す。

 太一は大学生らしく髪の毛を金髪に染めていた。もともとかなり活発なタイプだったので、前までの圭とは違い運動もできる万能タイプの人間だ。顔立ちは少し薄いが、目立つほどではない。国立受験は失敗して私立大学へと入学したが、十分楽しんでいるらしかった。


 他方、香奈は相変わらず地味めの風貌をしている。しかしパーツバランスはいい。

 化粧をすれば激変するんじゃないかと圭はにらんでいるが、受験間近の浪人生にそんな余裕はない。半月後に控えているセンター試験に向け自分を追い込んでいる真っ最中だからだ。

 その証拠に、香奈の目には、


「圭……わたしが浪人生活している間に、間に……」


 なぜかわなわなと震える香奈を見て、楓が見せ付けるように圭の腕に寄り添った。


「あーあ、もう少し早くしとけば、こんなことにはならなかったのにな」

「え?」

「実はな、香奈は圭のこと……」

「太一変なこと言わないで」

「お、おう。まあともかく、お前みたいなやつはモテねぇって相場は決まってんだよなぁ」

「おいこら、僕をなんだと思ってるんだ」

「ふふんっ」


 二人を見ながらも、楓は圭の腕に手を絡める。楓が圭についてきたのはただ一つ、圭は自分のものだとアピールするためだ。

 前に調べた幼なじみの女の子がいると聞いて、女の直感が働いていたのである。


「安心しろって。大学入ったら圭よりいいやつはいくらでもいるから」


 ズーンと意気消沈する香奈を太一が慰める。いたたまれない空気を感じながらも、圭は言葉を付け加えた。


「いちおう楓も帝一受けるから、同級生になるかもしれないよ」

「「はっ?」」


 落ち込み慰めの二人は、弾かれたように圭を見てから楓を見た。二人を見比べて、さらに驚愕する。


「こ、高校生?」

「琴桐楓と申します。高校三年生です。以後よしなに」


 丁寧なお辞儀をする女子高生を見て、また圭を見た。


「「は、犯罪者!?」」

「違うからやめて!」


 それから四人で、神社へと歩き始めた。

 香奈は楓と何やら話がしたかったらしく、圭は太一と並んだ。


「そういえば知ってるか?世の中には魔術があるんだってよ、魔術」

「あー、知ってるよ」

「なんだ、知ってんのかよ。俺も先輩に初めて聞かされてよ、嘘じゃねーかって思ってたんだけどな」


 自分がその魔術師です、とは言わない。絶対に秘密、というわけではないが、あまり知られて騒ぎを起こされても面倒くさい。しかしいつか話すかもしれないとは思っている。


「ふーん、魔法なんてあるの?そんなの聞いたことないわ」

「そりゃ香奈は知らねーかもな。俺だって大学入って、いろんな人と話して初めて知ったんだ。しかも、教えてくれた人でも見たことがないって人ばかり。俺も都市伝説かなんかだと思ってる」


 そういえば、と慎也を思い出した。魔術を使えるかと聞きつつ、使えると言ったら驚いていた。都市伝説だと思ってた、とも言っていたはずだ。

 世間的には魔術はその程度の認識しかないのだろう。


「でもよ、昨日の竜巻のやつあったじゃん。あれ、魔術なんじゃね?て思ってる」

「ブフォッ」

「なんだよ汚えな、そんなに俺の予想がバカらしいってか?」


 思わず吹き出した口を拭う。楓も似たような反応をしていたらしく、後ろを見ると咳き込んでいた。


「いや、魔術があるならあんな現象あってもおかしくないね、うん」

「だーかーらー、いつまでそんな夢にとらわれてるのよ。魔法は空想の産物だから魔法なのよ?」

「そいつはどうかな、まあこれは俺の考えなんだが、ここらへんに竜巻が出現するという話は聞いたことがない。地理的にも発生する確率は非常に低い。それなのにテレビに出てたアレはなんか、ヤバかった。ネットで竜巻動画漁ったけど、なんかちょっと違うなーって思ったんだよね」


 世の中こんな鋭い人がいては、魔術なんてすぐ広まるんじゃないだろうか。太一が言う竜巻を引き起こした張本人は冷や汗をかきながら幼なじみ二人の会話を聞き流した。


「で、どうよ圭。魔術、知ってんだろ?」

「知ってるけど、聞いただけだから」

「ま、そういうもんだよなぁ。謎の竜巻、突然現るってか」


 それからも魔術の話がチラホラと顔を覗かせ、そのたびに冷や汗をかいた。


 すでに魔術や能力は、空想上の産物から都市伝説レベルまで現実に近づいてきているらしい。

 世界的に公開する日も近いのかもしれない。


 その時になったら、ランク6の肩書を持つ圭は全国からの注目を浴びるだろう。

 そうはなりたくないなと思い、魔術は永遠に都市伝説のままでいてくださいと記憶の神様に祈った。


 それから神社にお詣りし、配られていたお神酒とお汁粉を飲んでから、四人は解散となった。


 香奈と楓は何やら一緒に話し込んでいたらしく、会ったときには険悪だった雰囲気がいつのまにか仲良くなってしまっていた。


 正直圭には、途中太一が何を言おうとしたのか、そして何が起きたら香奈と楓がこの短時間で仲良くなるのか、さっぱり分からなかった。

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