第43話溜め込まれた感情

 半身黒こげになりながら狭山は笑った。


「ばぁか、効かねぇよぉ」


 火傷跡が黒くなる。先ほどまでの鎧と同じような動きで黒い影が身体に吸着していく。


 そして、ピッタリと火傷跡を包むようにくっついた黒い影はしばらくすると霧散し、綺麗な肌が中から顔を覗かせた。


 それを見て圭は顔を痙攣らせた。


「な、治りましたね」

「すでにこれを何回も繰り返している」

「楓、悪いけどもっかい隠れて」

「う、うん」


 竹岡はさすがに炎の魔術はやめて、風の魔術を展開させていた。それもまた、詠唱を聞かずとも魔法陣だけで理解できる丁寧な魔法陣だった。



 狭山の能力は、負の感情の量に依存する。様々な負の感情は本人の意思なく吸収され、際限なく狭山の身体に溜め込まれる。


 『赤帽』は敢えて狭山が負の感情を取り込めるような位置に置くことで、大量のエネルギーを取得させていた。


 それにより狭山は今、無尽蔵ともいえるエネルギーを有している。半身火傷になろうが、狭山にとっては大した傷とはならない。


「厄介な男だ」


 竹岡が風の魔術により真空刃を放つ。その規模は信じられないほどの大きさで水平に放たれ、瓦礫をものともせずに貫通して飛んでいった。

 狭山は当然それを避ける。身体のダメージは回復しても、真っ二つに斬られたら当然死ぬ。


 二本の手の先を黒く光る刃物に変え、二人の方へと走り出した。


 突き出た手は距離を瞬く間に詰め二人を分断する。

 右手は剣へと変形し横に振られ、左は細く尖り何度も竹岡へと突きを繰り出した。二人に分散した注意は圭にはほとんど割かれていない。


「『土よ』」

「っ、」


 圭が魔術を発動し狭山の足場を崩す。三度目は狭山も察したのか、一歩進んでバランスを取り直した。

 そして黒い影を地面に垂れ流しながら竹岡の魔法陣を封殺していく。


「『爆ぜろ』」


 パンッと音が響いた。

 狭山の身体は斜めに傾く。咄嗟の出来事で一瞬戸惑ったが、竹岡はひと拍子置いてから追い討ちをかけようとした。


「はぁぁ、ぁぁっ!」

「『風よ我に従い……くっ」


 僅かな間が、狭山の体勢を立て直した。バランスを崩しても手にある武器は自在に動く。倒れながらも竹岡の方へレイピアを突き伸ばした。


 攻撃態勢にいた竹岡は想定外の反撃に出鼻を挫かれ、逆にレイピアに腕を貫通させられた。


「くっ、……」

「『治れ』」


 すかさず圭がアシストする。治癒魔術をかけることで、竹岡の腕は少しずつ回復していった。


「ぅぅばぁぁっ!」


 今度は鞭のようにしなる黒い影が、容赦なく竹岡を襲う。すぐさま後ろに下がって距離を取るが、それに合わせるように俊敏に後を追った。


「『爆ぜろ』」


 パンッと音が響く。

 衝撃波が狭山に向けて放たれるが、それは意味をなさなかった。自ら衝撃波を押しつぶすように移動し、ダメージ覚悟で突撃したからだ。




「おかしいなぁ」


 圭は不思議そうに首を傾げる。


 狭山はほとんどこちらを見ていない。竹岡ばかりを執拗に狙っているのだ。感情の問題でもあるのだろうか。


 仕方なしに圭は一度細かなアシストをやめ、大きく攻勢に出た。


「『土よ』『絡まれ』『追え』」


 三つ言葉を重ねると、人の二倍もありそうな魔法陣が展開し、赤い光を発し始めた。


 現れたのは土の蔓。圭の足元から現れたそれは、ウネウネと地面をのたうちまわりながら狭山を追う。


「あ゛ぁっ?」


 突然現れた土の蔓に動揺した狭山は、足を絡みとられたことに気づき黒い剣でその先端を切り落とした。それから捕まえられないように無理な姿勢で身体を動かし、土の蔓を切り裂きながら強引に圭の攻撃を避けていく。

 その隙に竹岡が動いた。


「『風よ我に従い槍となれ』」


 風によって生み出された槍は、やはり特大級の大きさだ。人一人を仕留めるには大きすぎる槍は、狭山へ向けて強烈な速度で投げられた。


「ぁ、」


 圭の魔術に気を取られていた狭山は見事に竹岡の魔術を食らった。


 放たれた風槍により横っ腹が大きく抉れ、千切れた内臓が身体から外へと飛び出す。千切れた部分は風に乗り鉄の壁にベチャリと貼り付けられた。


「あ、ぁぁ、」


 膝をついた。えぐられた腹部を触り、血がべったりついた手を見る。手に取った後もドクドク流れる血をが地面に広がる様を虚な目で見つめた。


 少しの間、何が起こったか分かっていなかったようだが、すぐに困惑は邪悪な笑みへと変化した。


 影が這い上がる。黒く大きな塊となった影が欠損部分にピッタリはめ込まれると、狭山は何事もなかったかのように立ち上がった。


「ひひっ、」


 横腹に固まった影が、今度はゆっくりと身体を伝って降りていく。


 そしてそのまま、影は地を這い二人に向けて広がり始めた。


「あれでも平気とか、人間やめてるな」


 近づいてきた黒い影から遠ざかる。風の魔術で振り払おうとしても、そもそも質量という概念を持たないのか一切消え去りはしない。


 竹岡を見れば、相変わらずの超特大魔術で木っ端微塵にすることで影の影響を消し去っていた。



 二人が影の対応に追われている間に、狭山の腹にあった黒い影がゆっくりと剥がれていく。竹岡の魔術で千切れ取れていた部分が、シミ一つない白い肌をのぞかせた。


 その後も影の拡散は止まらない。ある程度の範囲に広がったところで、圭の目の前で影が立体的に収束する。現れた複数の針は複雑な軌道を取り、圭の四方八方から攻撃を開始した。


 黒い影自体が狭山の攻撃範囲だと理解した圭は、ゆっくりと背後に下がる。

 狭山の能力が凄まじいとはいえ、今の圭が持つ鉄棒はある程度魔力を通してある。なんとか互角に打ち合える棒を駆使して、際限なく広がり続ける影を叩き落としていく。


 その間に竹岡の方を見ると、風や土の魔術を使い影の影響を阻害し続けていた。

 あの規模の魔術による暴力は圭にはできない。


 そんなことを思いながらどんどん押し込まれていってしばらくした時だった。


「え、楓?」


 下がりすぎたのか、瓦礫に隠れていた楓のところまで後退してしまっていたのだ。


「け、ケイ。どうすればいいの?」

「とりあえず、もっと下がって。あの影みたいなやつに意識されている範囲で触れたら厄介なことになる」


 その言葉に頷いた楓は、自分から後ろに飛んで圭と並行するように動く。


 楓の方にはまだ影が到達していないため攻撃は来ていないが、それも時間の問題なのかもしれない。


「このままじゃ、ジリ貧じゃない?」

「そうだね。さっさと倒す方法があるにはあるんだけど……」

「それを使わないの?」

「使いたいのはヤマヤマだけど、これにはちょっと条件があってね。……狭山の隙をつくのと、竹岡さんの力を借りること。とりあえず竹岡さんには話してみるか」


 楓には別方向に動いて距離を取るように指示する。ついでにどこかに埋まっている袴田と中田を引っ張り出せたらそうするように、と付け加えた。


 そして圭は影を避けつつも竹岡の方へ近づいていく。


「竹岡さん」

「ん、なに?っ、」


 少しずつ侵食されつつある影を強烈な魔術で振り払うが、狭山の能力によるエネルギーはもはや無尽蔵だ。なくなる気配すらない。


「狭山を倒す方法を思いついたんで、ちょっと聞いてもらっていいですか?」

「ほんとう?」


 ある程度、計画を話す。正直言って、竹岡は信じてくれるか怪しい。だが、何かこの状況を覆す打開策が必要だとも感じていたはずだ。


 魔術で侵食を防ぎながら圭の話を聞いた竹岡は目を丸くした。目の前の人物が『奇術師』だということ、そして今からやろうとしていることが常識外のことだということに。


「そんなこと、できるのか?」

「できますよ、おそらくね」

「……分かった、信じよう。ただ、この黒いものが……」


 困惑顔の竹岡を見て、圭は魔術を発動する。


「『風よ』『渦巻け』『斬り裂け』」


 巨大な魔法陣が赤く光り、狭山の周りに風を呼び起こした。呼び起こされた風は少しずつ強くなり、狭山の身体に傷をつけ始める。


 そして瞬く間に狭山を中心に巨大な竜巻が発生した。


「今のうちに、やりましょう」

「う、うん……『風よ……」


 圭の特徴的な魔術に動揺しつつも、竹岡はなんとか冷静になって魔術を唱え始めた。


「『我に従い……っ、」


 竹岡の手が射抜かれた。


 竜巻に囚われながらも、影を操り攻撃してきたのだ。


「なんつーやつだ。くそっ、もう魔術が終わっちまう」


 その後も何度も何度も執拗に影が二人の行動を阻害するため、自然と魔術を中断せざるを得なくなる。


 竜巻が消えた。



「めんどくさいけど、別の魔術で……んっ?」


 もう一度、今度は違う魔術で足止めしようとした圭は、狭山の後ろに動くものを見て手を止める。拡散された黒い影を、ズブズブとおそれなしに走る人間がいた。


 意外にも、それに対して狭山は反応していない。圭は目を丸くしてその人を見た。



「か、楓!?」


 どこからか持ってきた棒を構えた楓は、狭山の影をものともせずに走り寄っていく。


 かなり接近を許し、ようやく後ろに迫る楓を認知した狭山が振り返った。


「あぁっ、?」


 だが、楓は止まらない。


「はぁぁぁぁっ!!」


 横薙ぎに、棒が振り切られた。


 鈍い音がして、狭山の身体が変な方向へと曲がる。


「ケイ早く!」


 一瞬何が起こったか分からなかった狭山が、飛ばされた位置ですぐさま体勢を戻して楓の方へと意識を向けた。


 無防備に影の中に入ってしまった楓は、ゆっくりと足を締め上げる影に絡めとられていく。


「まだっ、」


 棒を軸に、楓は跳んだ。銀のネックレスが月夜に照らされ光る。下に沈んでいた影から身体を逃すと、その勢いのままに回転し、狭山へと鉄棒を振り下ろした。




「がっ、あ、あぁ……」


 鈍い音に一瞬気を揺るがせた狭山は、一歩二歩と後退する。

 楓の振り下ろしは、魔術師ができる最大の身体強化がかかっていた。

 圭の指導により魔術をスムーズに動かせるようになりつつあった楓は、自分の魔力の大半を身体強化に注ぎ込んだのだ。


 そのおかげで、狭山の意識を飛ばしかけるほどの威力の攻撃ができた。


 すぐさま楓は距離を取る。楓の目的は狭山を倒すことではない、時間を稼ぐだけ。圭が言っていたことを、自分が行うため。



 なにより楓は、圭のお荷物はいい加減やめたかった。



「ケイっ!」



 その意を無駄にするつもりはなかった。


「『風よ我に従い球となれ……」


 竹岡の魔術により魔法陣が発動する。目の前に展開されたそれに、圭は手を触れた。


「『乗取りジャック』」

「なっ!?」

「抵抗しないで」


 竹岡が発動した魔術に対し、前で手を添えた圭が少しずつ、魔法陣を改造していく。整合性の取れた魔法陣は、圭の手によって複雑怪奇な模様へと変貌していった。


「『風よ』」


 模様は同じままに魔法陣は両手大の大きさへと収縮する。


「『渦巻け』」


 一気に魔法陣は人を覆うほどの大きさに広がった。


「『斬り裂け』っ!」


 さらに大きくなった魔法陣は、二人が並んだ以上に大きくなり、一部が地面にめり込んだ。


「『荒れろ』っ!!!」


 4つ目の言葉が、魔法陣を極大まで押し広げた。家すら飲み込む大きさの魔法陣は、竹岡の大量にある魔力を無尽蔵に吸収していく。


「ほ、ほんとうに大丈夫なのか!?」

「いいから集中して!」


 赤く光り、キラキラと魔法陣が光ると、魔術は発動した。



 先ほど圭が発動した魔術と同じように、風が狭山の周りを回り始める。

 それは次第に大きくなっていき、大きな竜巻を顕現させた。


 さらに、そこから竜巻は四つに割れた。



「あ゛、あ゛っ、あ゛ぁぁっ、あ゛あぁぁぁあっ!!」



 四つに割れた竜巻は互いに干渉しながら激しい風の流れを生み出し、狭山を宙に舞いあげる。

 そして中心に位置する狭山を、無数の風が刃となって斬り刻み始めた。



 四詠唱。


 圭だけの魔力では、一発撃てば気絶するほどの大量の魔力を使う、超ド級の魔術。

 たとえ魔力のコントロールが上手くない竹岡でも、圭による誘導と竹岡自身の持つ大量の魔力がそれを可能にした。


 凄まじい風の暴力は、斬り裂いた先にすぐ回復する狭山の身体を永遠とも言えるほどの時間切り刻み続ける。


 いくら無尽蔵に回復する狭山でも、宙に浮き身動きすらままならない状態では文字通りなすすべはなかった。










 数時間にも及ぶ魔術の暴力は、狭山の身体がちょうど回復しなくなったあたりで効力を失った。


「楓、大丈夫?」

「うん、平気」


 少し離れたところに退避していた楓を見つけて安否を確認する。圭としてはあの行動は認めがたいが、楓が攻撃をしてくれたおかげで厄介ごとが長引くのは避けられた。それに関しては、感謝するべきなのだろう。



 ほぼ回復しない様子を見て、圭は狭山へと歩いていく。片目を隠した髪を上げ、ペシペシと額を叩く。


「『治れ』。おーい、生きてるか?」


 耳を胸に当て心音を聴くと、死に関わるものとは思えないほどに元気な鼓動が聞こえてきた。

 それが分かり安堵する。厄介な相手だったが、圭としては殺すつもりはなかった。個人的に人を殺したくないというのもあるし、別の理由もある。


「竹岡さん、大丈夫ですか?」


 その場にへたり込んだ竹岡に声をかけた。


「こんな、魔力使ったの、初めて……」


 魔力が何十倍もあるとはいえ、魔力効率が悪い竹岡は相当な魔力を消費したらしく、ほとんど身体を動かそうとしない。


「竹岡さん、この後頼みたいことがあるんですけど」


 それから竹岡の前で座り込みいくつかの話をして、圭は立ち上がった。




「そういえば、袴田さんと中田さんは?」

「あっちの方にいるわ。岩はなんとかどかしたつもりだけど、車はちょっと引っ張り上げられないからそのまま」

「そっか、いちおう引っ張り出しておこう。それに、聞きたいこともある」


 座り込んで動く気力もない竹岡と顔を合わせて、握り拳に上方向に親指を立てる。

 そしてすぐに袴田と中田の方へと移動した。


「大丈夫ですか?」

「っつつ……ああ、サンキューな」

「し、死ぬかと思いました」


 よく見ると、中田の胸元にある結界用ネックレスが破損していた。おそらく結界が作動したことで生き埋めを免れたのだろう。


 二人を引っ張り出すと、服を手で払い埃を取り払う。

 それを見て、圭は袴田に尋ねた。


「帰る前に、『闇夜の騎士団トゥワイス・ナイト』の情報を聞いとこうと思いまして」

「んぁ?ああ、その話か。それに関しちゃ、実のところ大した話じゃないんだがな……おいおい、ちゃんと話す。俺の考えは話す、でもそれだけだ」

「分かってますよ。まさか戦うことになるとは思ってませんでしたけどね」


 元々戦うつもりはなかったから、大きな情報を得られるとは期待していなかった。骨折り損のくたびれ儲けではあるが、これは自分で選択したことなので仕方がないことだ。


「それで、情報……というか、袴田さんの考えていることってなんですか?」

「ああ、それはな……」



 袴田が話したことはたったの一言。


「『闇夜の騎士団トゥワイス・ナイト』は突然現れたせいで、何も分からない」ということだった。





 それから少し言葉を交わしあう。


「どう思った?」

「どうって……」


 初めはその言葉に思わず不満を漏らしたが、話を聞いていくうちにその不満も消えていった。


「俺から言えることはそれだけだ。今回の仕事の対価に対しては小さいかもしれねぇが、それは勘弁してくれ」

「あ、はい。……そうですね、ありがとうございました」


 たとえ小さかろうと、情報は得られたのだ。多少の不満はあれど、納得することにしたのだった。









 帰ってきたときには、大晦日の昼だった。

 気がつけば深夜三時くらいに戦いに巻き込まれた圭と楓は、七時間近く戦っていたらしい。本人もそんなつもりはなかったのだが、気がついたら日が真上近くまで昇っていた。


「やべ、しんど……」

「終わった瞬間に、疲れが来たみたい……」


 重い身体を引きずりながら二人が玄関を開けると、すぐに母、妙子が顔を出した。

 そしてニマニマしながら二人のことを見てくる。


「あら、昨日はお楽しみだったの?」


 それから父、和弘も現れ、やはりニヤニヤしながら二人を見る。


 何を考えているのかは聴くまでもなく分かっているのだが、もう三十時間近く寝てない二人は頭がぼーっとしており、適当に返事をしてから部屋で泥沼に沈み込むように眠りに落ちた。

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