第41話年末でも忙しい人たち

 相性が分かるという能力は、意外と使える場面は日常的には多いらしい。


「仕入れなどをする時に便利なんですよ。それに、たまにお客様からの相談事なども受けたりします」

「そう、意外と能力者って日常にも潜んでいるのかしら」


 原田のサービスで二杯目のコーヒーを飲もうとしたちょうどその時、来客を知らせる鈴の音が鳴った。


 二人以外には初めての客に目を向けると、二人の男が目に入る。

 片方は背の高い無精髭が目立つ壮年の男で、もう一人は昔の圭を思い出させる頼りない風貌をした若い青年だった。背の高い方の男がキョロキョロとあたりを見回し、様子を伺っていた圭と目を合わせた。


「ん?……おまえか?」

「はい?」


 無精髭を生やした方の男が圭の方へと近づいてくる。唐突な話しかけに、圭も楓も状況がイマイチ読めない。


 そのまま背の高い男は自然と見下ろすような位置で、圭に尋ねた。


「おまえ、さっき探知魔術がなんか使ったか?」

「え゛っ、」

「ほぉ、やはりそうか」


 舌打ちする。実のところ、先ほどの探知でもう二人ほど、動いている能力者を探知してはいた。気になりはしたのだが、かなりの速度で動いていたため放置していた。


 ここで問題なのは、探知魔術は決して万能ではないということだ。人によっては探知をされたとバレることがある。特に戦闘系より特殊な能力持ちは気付きやすい。


 ただ、この世界では今まで気づかれたことがなかったため、大丈夫だろうとタカを括っていた圭の慢心が、ここにきて咎められた。


「別に、大したことはしてないでしょう?」

「ん、おまえから見りゃたしかにそうだ。しかしな、俺たちにとっちゃ大したことなんだよ」


 そう言って圭の隣のカウンターに座り右足を左腿に乗せる。それからコーヒーを二杯注文した。

 その隣に座った頼りない風貌の男は、気まずそうな顔で二人を見ていた。


「……それで、なんで僕たちを……あ、やっぱり聞かないことにします。それじゃ」

「いやいや、待て待て待て。ここは聞くとこだろうが」


 なんとなく嫌な予感がして逃げようとした圭を、慣れた態度でたしなめた。目の前の男が、うまく面倒ごとに人を巻き込むタイプの人間だと感じたからだ。


「まあ聞け。俺たちは能力対策課だ。能対課は知ってるだろ?」

「……ええ、まあ」

「その中でも他の奴らとは別行動で、俺たちはある組織を追っている」

「うわぁー……」


 引き気味の対応にも気にせず、さらに続きを話す。


「それでだ、どうしても探知魔術を使えるおまえの力を借りたいってわけよ」

「……そんなことだと思った。どうせ『赤』みたいな組織でしょ?そういうのに巻き込まれるのは御免ですよ」

「お?よく知ってるな。俺たちが追ってるのは、その『赤』だ。こいつぁ珍しい、普通の能力者やら魔術師やらはこういうことに関心がねぇからな。まあともかく、……」


 ポケットからタバコを取り出して口に咥える。それを見た田村がすぐに反応した。


「お客さま、申し訳ありませんが当店は全面禁煙ですので」

「お?あぁ、すまない。悪気はなかった」


 慌ててタバコを元の位置に戻してから、ヤニ臭いため息をついて話を続ける。


「今まさに、探知魔術を使える人が欲しかった。てなわけで、協力して欲しい」

「能対課には能力者に協力を強制させる権利はないと思うんですけど」

「普通はな。だが俺たちは『特殊捜査室』に所属している。こいつぁな、コミュニティ加入者にはある程度協力を強制してもらうことが可能だ。もちろん対価は払う」


 ニヤリと顔を歪める。そしてもう一言付け加えた。


「それに俺の能力は『追跡チェイサー』だからな。逃げ回っても無駄だ」




 ただ、男がそう言っても、圭にはそれを断るだけの権利があった。


「それ、ランク4か5までですよね。6には使えないんじゃないですか?」

「は?」


 眉を潜める。後ろの楓は逆に男に対してニヤニヤし返していた。

 さすがに目の前の男がランク6だとは思いもしなかったらしく一瞬硬直したが、それも一瞬ですぐに男はブツブツと独り言を溢し始めた。

 それからすぐに、もう一度圭の方を向いた。


「おまえ、『奇術師』なのか」


 ランク6の場合、たとえ国からの指令でもほとんどの場合で従わせる強制力はない。目の前の男には、圭を動かす権利を持たない。


「奇術師……葛西のやつが言ってたな。うん、そうか、うん」


 ランク6はその知名度からどんな人間かもだいたい世に広まっている。特に男は葛西と交流を持っているらしく、普通の人よりも情報は持っていた。


「三鷹圭、だったか?ある程度話は聞いている。ランク6にしては珍しい話の通じる人格者だと聞いた」


 少し慎重な様子を見せた男は、低い声で圭に聞いた。


「確か『闇夜の騎士団トゥワイス・ナイト』に興味を持っているらしいな」

「え?……ええ、まあ」

「協力してくれたら、俺が持ってるとっておきの情報を教えてやるよ」

「っ、……本当にそれだけの価値があるんでしょうね?」

「そうだな。あ、いや。情報とは言い難いかもしれんが……もし本気で闇騎士に関わるのなら、知っておいて損はないと俺の刑事としての勘がそう告げている」


 男が言うには、能対課の内情を知るからこその情報らしい。


 情報と労力、二つを天秤にかけた時、戦闘はしないという男の話を聞いて、手伝うことに決めた。







 袴田小次郎(はかまだこじろう)の能力である『追跡チェイサー』は、自分が認識した人物を一人だけ追える、という能力だ。付随能力として方向感覚が優れ、地図を見ればどこにいるか大体の位置が分かるようになる。

 この能力を使うことで、末端から『赤』の中枢をあぶり出そうとしていた。


「だがよ、下っ端と本家は全然扱いが違うらしい。『赤』の名を貸しているだけの暴力集団ってのがほとんどだ」


『赤』は規模だけでいえば『闇夜の騎士団トゥワイス・ナイト』と同じくらい大きな組織だ。その代わりに裾野が広いため、チンピラや暴力団でも名前を借りることがある。


 しかし上と末端の関係は大きな境界があるらしく、何度『赤』を名乗る奴らに接触しても、それらしい成果を上げることはできていない。このまま手掛かりもなしに年を越してしまうことを待つしかなかった。


 そんな時に、あまりにも好都合なタイミングで圭と楓が現れた。戦闘から少し外れた『追跡』の能力はたまたま圭の探知魔術に反応してしまった。


 これを運命と言ってしまっても仕方のないことだろう。少なくとも、袴田はそう思ってしまった。


 多少無理をしてでも、この二人に協力してもらいたい。だからこそ、普段は使わない『特殊捜査室』の権利を使おうとした。


 結果的には、使おうとしてよかっただろう。袴田が持つ情報は、外部に洩らしても許される範囲だ。それでランク6の協力を得られるのなら、メリットの方が圧倒的に大きい。



「それで、何か目星はついているんでしょうね」


 ジト目で袴田と、その隣にいた中田正一(なかたしょういち)を見る。


 他方、楓はこの状況にワクワクしていた。ドラマでよく見る刑事ものとそっくりな展開だ。圭のように巻き込まれることに慣れていない楓は、今回の出来事にちょっとくらい手を出してみたかった。


「ああ、多少はな。中田、地図を出してくれ」

「は、はい……」


 気弱そうに中田はカバンをゴソゴソと漁り、一枚の大きな地図を取り出す。

 地図には複数箇所にバツ印が書き込まれていた。


「コイツは今まで『赤』を名乗ってきたやつらがいた場所だ。ここでは確認できなかったが、やつらはある程度偏った地域に出没しやすい。だからその周辺を探れば、一気に中枢に近付くことができるはずだ」

「うわー、曖昧、というか、雑……」


 地図を覗き込み、袴田が指で書いた円の中を確認する。圭の実家はこの円の端っこに位置しているが、それにしても絞り込めた範囲がバカみたいに大きかった。


「まあ見ての通り、これを俺と中田で捜査するのには無理がある。だが、おまえの探知が使えればこの問題は解決できるはずだ」

「め、めんどくさい……」


 袴田の指示は、それだけ多くの箇所に移動して探知魔術を発動させろということだ。どう考えても1日で終わるレベルではない。2、3日はかかるだろう。


 隣に座る楓を見る。地図を眺めてワクワクしている姿を見て、仕方ないなと頭を掻いた。







 袴田と中田は警察らしい覆面パトカーに乗ってきたらしく、その後ろに圭と楓は乗り込んだ。

 袴田がタバコを口に咥えたのを見て楓はイヤそうな顔を見せる。ジッポで火をつけたあたりで、すぐさま窓を開けた。


 道路を走る車の中を、タバコの煙たい匂いと外の綺麗な空気が入り混じる。

 楓のタバコ嫌いに苦笑いをしてから、圭はふと思ったことを聞いてみた。


「そういえば、楓は僕が探知魔術を使っているってわかる?」

「えっと、分かるような分からないような……たまに変な感覚になるのだけれど、これってそうなのかしら」

「おお、こっちに来て何回くらいそうなった?」

「……二回くらい?」

「うーん」


 圭が探知魔術を発動させたのは昨日二回、今日二回の四回だ。もしかしたら違うのかもしれないが、


「今、何か感じた?」

「ん、ん?そんな気がするわ」


 探知魔術を広範囲に広げるように使ってみたところ、楓はなんとなくそれを感じ取っていたようだった。


「おいおい、今のが探知か?ビビッと来たぜ。なあ、中田」

「え、何がですか?」

「ったく、頼りねぇやつだ」


 やはり袴田は探知魔術がはっきりと分かるらしい。

 それに対して運転している中田には全く感じられなかったようだ。


 この世界の魔術師で探知魔術を認識できる人は多くないはずだ。なぜなら魔力を意識して魔術を発動できる人が少ないから。


 魔術師で例を挙げれば、瓦田や米田、そして学園の黒井は探知されても分からない。しかしラクシェルと灰田はおそらくだが分かるはずだ。これは後者はある程度自在に魔力を操れるのが理由だ。


 なんとなくとはいえ、楓が探知魔術を感知できたということは、魔術師として確実に成長している証だ。

 師匠の教えは間違いではなかった。成長してくれたのを嬉しく感じた。


「もしまたそんな感覚を感じたら教えて。意識して、忘れないように」

「わ、分かったわ……?」


 自分がどう成長したか分かっていない楓を見て圭は微笑んだ。



 それから、四人は予測範囲のあちこちに移動し、圭が探知魔術を発動させた。範囲は直径およそ一キロ、これは葛西に手伝ってもらってほぼ誤差なく調整できるようになっている。

 かといって範囲は直径二十キロはある。能力者の反応は何回かあったものの、追ってみれば一般社会に溶け込んだ人や護衛などの仕事についている人たちばかりだった。


 半分くらい探したところで、夜になり捜査は打ち止めになった。残りは明日と言われ、晩ご飯をいただいて車で家まで送られる。それだけで圭も楓もくたくただった。


「疲れた……明日もあるとか、シンドすぎる」

「なにか、思ってたのと違ったわ」

「言っとくけど、これで『赤』のアジトが見つかった場合また何かあるかもしれない」

「き、聞いてない……」

「だからイヤだったんだって」


 唯一良かったことは、発動したほぼ全ての探知魔術を楓が感じ取ったことだろう。この調子なら今年度中に魔術を使えるようになるかもしれない。


 それだけには期待を感じながら、この日は終わりを告げた。





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 翌日。

 三鷹家が今年の残り二日を堪能しようと雰囲気が緩んでいたところに、訪問者がやってきた。


「圭、楓ちゃん。袴田さんって人が来たわよ」

「お、おう。ダルい……楓は休んでていいよ」

「イヤ、わたしも行くわ」


 思った以上に強く出てきた楓にびっくりしながらも、圭はうなずき家を出る。

 昨日言った通り、『赤』の中枢とぶつかる可能性がある。本来の圭の立場なら楓を止めるべきなのだが、今回はそれをしなかった。


 真剣な楓を見てしまっては、圭はそれだけで逆らえない。もとより昨日からこの調べ物に目をきらめかせていた楓は、昨日の疲れが嘘のように元気だった。



 それから昨日と同じように探知魔術を使い続け、昼下がりについに大量の能力者の反応を感知した。






「一つ言っておきますけど、袴田さんのように探知魔術は一部の人には逆感知されら可能性はあります。拠点は予測できましたが、敵も警戒態勢に入っているかもしれません。とはいえなかなか探知できる人はいないとは思いますけどね」

「分かってる。俺も何回か立ち会ったことはある。気付くのはほんの一部だったが、たしかに気付く人はいた」


 探知が反応したところから少し離れたところに止めて、心霊スポットのような雰囲気を持つ廃棄施設へとやってきた。

 ガラスは割れたり外れたりしており、様々なところに葛の蔓が這い上がっている。学生の肝試しにうってつけだろう。そんなくだらないことを考えながら、もう一度弱く探知魔術を発動させて様子を窺った。


「また、使った?」

「使ったよ」


 楓が感知したのを伝えてくれてから、この場まで引っ張ってきた袴田の方を見る。


「それで、どうするんですか?」


 袴田はまた新しいタバコを咥えて火をつけてから、なんの問題もないとでも言わんばかりに、今まで運転以外何もしてこなかった中田の肩を叩いた。


「本部には連絡を入れたが……その前にこの中を調べる。中田の能力を使ってな」



 中田の能力は『石無いしなし』と呼ばれていた。これが発動されると、自身も他人も意識の範囲から消える。その様がまるで道端に落ちている石ころのようであることから、『石無』と呼ばれていた。


「俺の『追跡チェイサー』のターゲットを中田に移す。そうすれば、相手に認識されずに中の構造を調べられるってわけだ」


 自信満々の袴田に対し、中田は非常に不満げだった。


「ま、またですか……いくらなんでも……」

「大丈夫だ、俺を信じろ」


 自ら部下を敵地に乗り込ませる上司を信頼するのもどうかとは思うが、今まで何度か行ったことがあるようだ。


「というか、認識の外に出ていくのに『追跡』の能力は発動するんですか?」

「発動する。今までに何度もやってきている。存在感がなくとも、紐で縛ったら何かが動いていることは分かるだろ? ターゲットをつけるのもそれと同じだからな」


 もし中田がこの能力を発動すれば、探知魔術でも分からなくなるようだ。探知に特化した能力者であれば分かるかもしれない、と中田は言った。


 問題は、中田の意識すら希薄になってしまうことだろう。単純な指示にしか従えない。

 しかし、こういう時の袴田の指示は決まっていた。


「いつも通り、適当にふらついとけ」


 中田は別に意識がなくても構わないのだ。空間把握は袴田の『追跡』で行う。監視の位置など正確なことは分からないが、だいたいの施設構造を把握することができる。


「自動迎撃システムとかあったらどうするんですか?」

「こんな街に近い場所でか?ここだと人も中に入り込むだろう。それにそんなのつけたら自分たちが死ぬ可能性もある。それでももしやられたら、それは名誉の殉職だな」

「は、袴田さ〜ん……今回はいつもとは違うんですよぉ?」

「ほら、おまえも便利なもの装備してるじゃねえか。何かあったら全力でおまえを助けにいくさ」


 首にかけられたネックレスを見ながら袴田が言う。


「それはなんですか?」

「結界の能力者が作った小型結界装置らしい。威力にもよるが、数秒は無傷を保てるとのことだ。その間に変な動きをすれば、すぐ俺に分かるってわけだ」

「便利なものもあるんですね」


 こうして、中田の命がけの潜入作戦が始まろうとしていた。

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