第40話実家に帰るべ
クリスマスも過ぎ、年越しが近づいてきた。
クリスマスは圭は大学、楓は勉強で忙しかったため、楽しい楽しいイチャイチャデーを繰り広げたわけではない。
ただ、ちょっとだけオシャレなレストランでお互いにプレゼントを交換したくらいだ。
特に圭はあまりイベントごとが好きではないため、甘酸っぱい展開は見られなかった。
そうして、あと四日ほどで年越しとなる12月28日のこと。
「すいません、前々から言っていたのですが、年末年始は実家の方で過ごそうと思います」
大学に入ってから、圭は一度も実家に帰っていない。たまに母親から連絡が来たりするのだが、五分も話さないうちに会話が終わってしまう。
圭が報酬としてもらい受けている200万のうちの半分を実家に入れさせられているため、最近三鷹家も裕福な生活を送っていた。
ともあれ、さすがに年に一回くらいは顔を見せないとマズいだろうとは思ったのだ。
「じゃ、行きましょう!」
駅に着いた時には、隣には一人の同伴者が連れ添っていた。
「なんで楓がついてくるのさ……」
「挨拶!」
「え、マジで?」
楓は密かに外堀を埋めようと考えていた。
圭の心配くらいなら多少は分かっている。どうせ魔術がなくなったらどうしようとか考えているに違いない。
だが、楓としては圭が魔術師かそうでないかなど、今となってはどうでもよかった。
そう、覇気が出てきたせいか出会った時よりずっとカッコよくなっているのだ(楓補正あり)。そんな男に目をつける女がいないはずはない。
特に圭の地元のことは伝聞でしか分かっていない。
家族もろとも抱き込む所存だった。
新幹線に乗り数時間、そこからローカル線に乗り一時間、さらにバスで二十分程度のところに三鷹家は建っていた。
「なんだか、思ったより田舎ね」
トレンチコートを着て寒さに肩を震わせながら呟く。
「確かにそうだね。東京とはいえ、ほぼ別の街みたいなものだ」
電車なら都心部まで一時間強で行けるが、そこまでも遠い。つい一年前までバスの道を自転車で疾走していたことが懐かしい。
久しぶりに来た実家の駐車場にまだ愛用していた自転車が残っているのに苦笑いし、インターホンを押して中に入った。
「ただいま」
「あら、おかえり……」
母、三鷹妙子(みたかたえこ)が玄関口に顔を覗かせて、柔和な笑みを驚愕へと変貌させた。
「お、おじゃまします」
その先には、軽く頭を下げた楓。突然の見たこともない美少女の存在に、妙子はわなわなと身体が震え始めた。
「ちょ、ちょ、ちょっと!和弘さん!圭が、圭が女の子連れてきたよ!?」
「なにぃっ!?」
バタバタと音がして慌ただしく別の部屋から男が現れる。
彼が父の三鷹和弘(みたかかずひろ)だ。メガネをかけてたくたびれた顔は、典型的なサラリーマンを思い起こさせる。実際彼は毎日駅まで車で行き、そこから満員電車に揺られながら一時間半もかけて職場に行っている。
そんな圭の両親は、久しぶりに実家に帰ってきた圭はすでに眼中になく、一瞬で楓を拐われた。
「あ、え、あの、」
「なんて名前なの?」
「こ、琴桐楓です」
「楓ちゃん!可愛らしい名前!お人形さんみたいで、本当にかわいい!」
「本当にそうだな。あの圭がこんな可愛らしい女の子を連れてくるなんて、明日は槍でも降ってくるのか?」
「父さん母さん、あんまり恥ずかしいことはしないでよね」
「はいはい、分かっているって。それじゃ、こっちでお話ししましょう」
「は、はい……」
「いってら、がんばって」
助けを求めていた目をした楓に手を振ってため息をついた。
妙子はいわゆる典型的なおばちゃんだ。お話し大好き、噂も大好き、かわいいもの大好き、それらを隠そうとせずにオープンにリアクションを取るので、非常に騒がしい。
ちなみに父の和弘はその昔妙子にほぼ尻に敷かれていたらしい。やつれているように見えるのは、それも原因の一つかもしれない。
連れ去られたカエデを放置して二階に上がる。そして久々に自室のドアを開けた。
「おお、なにもかもそのまんまだ」
勉強机、椅子、ベッド、本棚。目立ったものは置いていないが、それでもこの風景は懐かしかった。
本棚を見ると、買い揃えていた何種類かの漫画、教科書、参考書などが詰め込まれている。特に帝一大学専用の過去問は重宝したものだ。
「これ、楓にあげるか」
そう呟きつつ椅子に座る。かなり大型のキャリーケースには着替え用の服を何着か持ってきていた。
他にも、暇つぶしの参考書や小説も用意している。読むことはないだろうなと思いながらも持ってきた。
下の階に耳をすませば、記念写真やらお赤飯といった言葉が聞こえてくる。怒涛の勢いで話し続ける妙子に対し、何やら楓も思うところがあるらしい、妙に話が弾んでいた。
隣の部屋は弟の健二(けんじ)が居座っているが、今日はまだ家には帰ってきていないらしい。健二はまだ高二、部活やらなんやらで忙しいようだ。
「おーい、楓ー」
自室から出て下に降りると、すでに楓は力なく妙子の人形になっていた。
「ちょっと、圭。どうやってこんなかわいい子を捕まえたのよ!」
「それ言う?」
「今のうちに写真撮らなきゃ、はいこっち向いてー」
スマホのカメラを向けられて、楓は引きつった笑顔を見せた。圭もそうなのだが、楓はあまり写真に慣れていない。基本的に学園と家の往復、他のところに行くにもリスクが高い。それゆえに箱入り娘と化している。
だが、そんなリアクションも妙子はお気に召したのか、それからもひたすらに楓の写真を撮り続けた。
「それじゃ、まず健二送信っと」
「え、ちょっと母さん何やって……」
「次に太一くんに送信っと」
「あ、ちょっ、」
「あ、あと香奈ちゃんにも送っておきましょう」
「あっ、……めんどくせえ」
太一とは牧野太一(まきのたいち)のことで、圭の幼なじみだ。小中高と同じ学校で、大学は都内の有名私立に通っている。
そして、香奈とは、山梨香奈(やまなしかな)という名前だ。彼女も太一と一緒で圭とは幼なじみ。圭のことを調べた時に出てきた「恋仲には至っていない幼なじみ」とは、彼女のことである。
今二人の連絡先は持っていないため何も起きないが、この帰省で二人に会ったら根掘り葉掘り聞かれるのかと少しだけ億劫になった。
それからしばらくして、家の玄関が開く音がした。「ただいまー」という声もセットだった。
それからドタドタと慌てたように走り、荷物を投げ捨ててリビングの扉をこじ開けた。
「あの女の子は!?」
現れたのは丸坊主の少年だった。今の圭と比べると劣るが、高校生にしてはがっしりした体格、冬にもかかわらず日焼け跡が残っている。
そして何より、圭の弟である健二は鼻を曲げるくらいには汗臭かった。
「健二、臭いからせめてシャワーだけは浴びてきて」
「んおぇっ!?兄ちゃん!?何そのムキムキ、キモッ!?」
「はいはい、はよ行け」
荷物から汚れ物を取り出して洗濯カゴに突っ込んだ健二は、そのままタオルを持って風呂場に向かった。
「そういえば圭、いつからそんなムキムキになってたの?」
「母さん、今更すぎない?」
その後、健二が風呂から出てすぐに楓のところに行き、兄の目の前で口説こうとしてきた。
当然圭はそれを疎み、頭を殴ったあたりで兄弟喧嘩が始まった。
「兄ちゃん、ずるいぞ。あんななよっとした男なんかに靡くのはよくないですよね、楓さん?」
「今のケイはむしろガッシリしてると思うんだけど」
「ぬ、ぬぬ、兄ちゃんなんでそんなイメチェンしたんだよ」
「そんな変わった?」
「変わった!」
その後楓が圭の方へと動いたのを見て、健二はショックを受けながら二階へと上がっていった。
「なんだったんだあいつ?」
「ふふ、分からなくてもいいの」
それから、圭が実家に帰ってきたこと、そして楓が三鷹家へと来てくれたこと。これを祝して普段食べに行かないお高い料理店に行くことになった。
「ふっふっふ、今回は僕が奢ろうじゃないか」
「おー、兄ちゃん太っ腹だなあ」
「半分母さんにお金取られてるけどね」
「……え?」
三鷹家の父と弟が母の方を向く。
「え、あれ?言ってなかったっけ?ごめーん」
確かに圭の「老後の資金に貯めとけば?」という言葉に従っていたようだが、まさか言っていないとは圭も思ってもいなかった。
そのせいで結果的に、晩ご飯はこっそり別に貯めていた妙子のヘソクリで支払われることになったのだった。
夜。圭は楓を連れて家の外へ出ていた。
「どうだった?」
「みんないい人だったわ、来てよかった」
「そうか、それはよかった」
正直、突然女の子を連れてくるのはどうかと思っていたが、思いの外なんとかなった。これなら年越しも問題ないだろうと圭は思った。
「それで、今どこに向かってるの?」
「ん?ああ、ちょっと気になるところがあってね」
「気になるところ?」
よく分からないと首を傾げると、その理由を教えてくれた。
「さっき、探知魔術を使ったんだ」
「便利な魔術ねえ」
「楓もそのうち使えるようになる。それよりも、探知魔術に何か引っかかってさ、気になるじゃん」
「まあ、それは」
そもそもなぜ探知魔術を使ったのか、それはただ純粋に癖だからだ。楓がマロウとタリナに拐われてから、圭は常にある程度の警戒心を持っていた。
琴桐邸では警戒は緩むが、勝手知る実家とはいえ魔術師としては未開の地。ごくわずかな時間探知を行うと、意外と近い距離で何かの反応があったのだ。
そして一度住宅街の外へ出て、再び中に入っていく。微弱な反応ではあるが、探知魔術によって検知されたということは、魔術師か能力者がいるということだ。
今まで住んでいた街での能力者には強く興味を惹かれていた。
「あれ?ここは……」
辿り着いたのは、もう店じまいを終えた一軒のカフェだった。
高校生の時、カフェ好きの女子がたまにここを噂していたのが記憶にある。隠れた名店として、幼なじみの香奈がよく話してくれた。
「ケイ、本当にここなの?」
「うーん、間違いない。でもカフェ?まあ明日もう一度来てみよう」
もう一度弱めに探知魔術を発動させてみて、改めて確認してから二人は家に戻った。
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翌日。
楓を見て鼻を伸ばしていた健二を殴ってから、二人は例のカフェへと訪れた。
カランカランと音がして二人の来客を知らせると、カウンターの奥にいた店主は無言で二人を席に促した。
そのまま何をいうこともなく、口髭を蓄えた店主はメニューを差し出した。
「何にしますか?」
「コーヒーで」
「わたしも」
店主が二人の注文を受けてサイフォンに手をかける。その様子を見て、圭はやはりとうなずいた。
「店主さん、もしかして能力者?」
ピタリと手が止まった。
しばらくして、店主こと原田道雄は、圭、楓と話を始めた。
「よく分かったね、でもなんでだい?」
「あー、なんとなく能力者か分かるんですよ。そういう能力持ってるんです」
火を消してフラスコに徐々にコーヒーが溜まっていく。その手腕はさすがと言うべきだろう。少なくともこの場の二人にはそう思えた。
それを見ながら、楓は目尻を下げるダンディーなおじさんに質問した。
「原田さんの能力はなんなの?」
「それはですね……なんだと思いますか?」
能力の予想は戦いにおいて非常に重要な要素だ。ケインは師匠に能力者対策をひたすら施されたが、それは向こうの世界での話。
常識が違うこちらの世界では、能力の系統も変わってくる。例えばハザマの能力は、こちらの世界オリジナルの能力と言えるだろう。
こういう時にも、なんの能力かを予想してみるのは、対人戦闘を想定した練習になる。
出来上がったコーヒーを前に出され、圭はそのままゆっくりと口をつける。楓は角砂糖一つにミルクを少し注いだ。
美味しい。
飲んだ瞬間に、二人とも同じ感想を持った。今まで飲んだどんなコーヒーよりも美味しい。コーヒーなんてたまに缶を買うくらいの圭ですら分かる。
「なんだと思う?」
自分でも予想しながら、楓に問いかけた。
少し考えてから、自信なさげに答えを言う。
「美味しいコーヒーを作る能力?」
「違いますよ」
能力に関してある程度理解のある圭は、コーヒー限定でしか働かない能力なんて普通はありえないと考えていた。コーヒーがおいしいのは事実だが、それを引き起こす何かがあるはずなのだ。
「……味が、見えるとか?」
頭を悩ませて苦し紛れに答えたが、原田はにこやかに否定した。
「惜しいけど、違いますよ」
バナナをカットしたものを二人の間に置く。それから楓には追加でワッフルを提供した。
「わたしはボンヤリとですが、相性が色で分かるのです。コーヒーを作る際にも、お客様と似たような色のものを作るよう心がけています」
「へえー、そんな能力あるのね。能力って戦いに使うものばかりだと思ってたわ」
「大した能力ではないですが、こうして商売が上手くいってくれるならそれだけで満足です」
もちろん完璧に相性が一致するものを提供できるわけではない。特に料理などは複雑に色が混ざり合うせいで良いものは作りにくい。
「ああそれと」
自分用に新しくコーヒーをいれてから、二人を交互に見比べた。
「あなた方お二人は、とても相性がいいみたいですよ」
「っ、」
「えっ、」
二人は顔を見合わせてから、気まずそうに顔を赤らめて目を逸らした。
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