第39話星詠ってもっと清楚な人だと思ってた

「葛西さーん、お久しぶりでーす」

「んお?まーた三鷹か」


 圭は定期的に警察署に来るようになっていた。

 前回、マロウとタリナを調べていたこと、そしてランク6の『重厳』真田権蔵の能力も把握できたこと、そのおかげで対応が非常に楽になった。


 最後はよく分からない力押しになってしまったが。



 そのため、いざ何かあるときに有利に動けるように、情報に関してはアンテナを張るようにしている。


 この行動のおまけの結果として、少しずつ葛西以外の能対課の面々とも最近は少しずつ打ち解け始めていた。


「あ、宮崎さんどうも」

「……ああ」


 宮崎は闇騎士拠点の制圧作戦で主力を担った人物だ。

 彼の土魔術は非常に優秀で、鋭い土の槍を操り相手を刺すことを得意とする。

 他にも捕縛のために独自に土を操作することもできるが、それはまだ習得中の段階だ。

 簡単に言えば、神城学園の黒井の上位互換である。


 部屋に入ったときに圭がいたのを見て一瞬硬直した宮崎は、葛西に後ろから手を叩かれて再び動き出した。


「宮崎、まーた三鷹にビビってんのか。大丈夫だって、『重厳』とは違って常識持ってんだからよ」

「葛西さん、いやそれでも」

「ほほう、重厳がトラウマなんですね」

「うっ、……」


 警察所属にしては長すぎる髪に隠れながら、宮崎が顔をのけぞらせた。


「じゃあ、それっ」

「うっ、!?」


 宮崎の身体が重くなる。圭のかけた魔術式重力によって上から圧力がかけられたのだ。


「うわ、うわわっ!?」

「宮崎、なにしてんだおまえ?」

「か、かか葛西さん助け……」

「ん?なんともねえぞ?」

「あ、直った……」


 葛西が肩に手をかけてもなんの影響もない。その前に圭が魔術を止めたからだ。おかげで『重厳』のトラウマが蘇させられて、余計に圭のことを警戒し始めた。


「葛西さん、やつは危険です。一度逮捕しましょう」

「職権濫用ですか?」

「ヒィィッ!」


 怯える宮崎を見てケラケラと笑う。しばらく一人で笑ってから、過呼吸を抑えて宮崎に謝罪した。


「いや、すいません。ちょっと圧力かけてみました」

「三鷹、おまえなぁ」


 昔のような見下した目ではなく、まるでバケモノでも見ているかのような態度だ。ただこれは宮崎だけで、他の人は普通に話せる仲だ。


「そういえば、例の課長さん全然見ないですね」

「ああ、課長?あの人三鷹のこと必死に避けてるからな」

「え、なぜに」

「そりゃそうだろ。あの人が下した判断はおまえに死ねと言うのと同義だからな。そんな人がランク6になったら、仕返しされるかもって思うだろ?」

「あー、なるほど。出世できなさそう」

「そう言うな、課長もあれで大変なんだよ」


 課長といえど中間管理職、上との板挟みは大きい。それに以前行った制圧作戦では別二つの場所ではほぼ全滅させられたため、人員配置の面でも各方面とやりとりしている。



 それから現れた他の三人とも、ボチボチと圭が話していたところで事件は起きた。





「やぁやぁ、皆さんこーんにちは!」


 突如として扉を蹴り開けて入ってきたのは女。身長は圭より高く、どこか男っぽさを覗かせる顔立ちだ。男装したら似合うに違いない。


 しかし、この女が誰なのか、この場にいる人は誰も知らなかった。



「どうも、ど、どちらさまですか?」


 葛西がおずおずと聞いてみると、女はニヤリと笑い近づく。そして強引に腕を絡ませ首の後ろに手をかけて自らの胸に引き寄せた。

 どうもその弾力は見かけ以上だったらしく、葛西が顔を赤くしながら鼻の下を伸ばしていた。


「いやー、ここに来るのマージでめんどかったわー。道には迷うし、男に付き纏われるしよ、自分より身長高い相手によーいけるわ」


 葛西の頭に胸を当てながら、すぐ近くにあったワークチェアに座った。


「あの、誰だか教えてもらえませんか?」


 圭がそう言うと、おっ、と声を出して、葛西を挟んだまま手を打った。


「どーもどーも、あたしは左神美子(さがみみこ)。世に聞く『星詠ほしよみ』とは、あたしのことさー!イェーーイ!」


 テンションを高く保ったままさらに葛西を胸にグリグリ押し付ける。さすがの葛西も気持ち良さと痛さが半々になってきたあたりで、ようやく左神は手を離した。


 そう、彼女が八人のランク6のうちの一角、『星詠ほしよみ』こと左神美子だ。しかし、唐突のランク6の登場に、部屋は戸惑いの空気が漂っていた。



 それを読んだのか、左神は話し始める。


「いやー、もともと来る気なかったんだけどさー。どうも、新しくランク6メンバーが増えたらしいじゃん?

 その確認をしにきたわけよ」


 この場にいる全員を見回すことすらせずに、左神は圭に視線を向けた。


「なーるほど、大したことなさそうだね、三鷹圭くんだったっけ?」

「え、ええそうですけど」

「うんうん、いやー来てよかった。まさかこんな面白い人がこの世にいるとはねえー」

「あの、一体なにを……」


 困惑を示した圭に対して知ったような口ぶりを聞いてから、まっすぐにその目を見た。


「あたしには分かるんだよ、君はなにか面白いものを持っていて、面白いことをしてくれる。

 んだ」


 余計困惑させられた。確かに、別世界の人間の記憶という意味では、面白いものを持っているかもしれない。


 しかしそれを楓以外に告げたことはない。魔術はまだしも、それを使えるようになった経緯は分かるはずがない。


 そこまで考えてから、圭は左神の二つ名を思い出した。


「『星詠』……そういうことですか?」

「ん?あー、まあそういうことだね。とはいえ完璧じゃあないんだ。あたしの能力はかなり曖昧だからね」


 着てきたコートを脱ぎ葛西に投げ捨てる。目の前の人物がランク6だと知って緊張していた葛西は、ワタワタとコートを落としそうになりながら捕まえてハンガーにかけた。



「でもまあ、暇だしぃ?ちょっと面白そうだから、見にきたわけよ」

「は、はぁ……」


 圭が調べた資料によれば、彼女はランク6ではあるが、何か仕事につくことはせずフラフラとあちこち渡り歩いているらしい。


 金がなくなればチラッと能対課の本部に顔を出して金をせびり、面白いことを探し続けている。


 そんな彼女が、三鷹圭という人物に目をつけた。



「つーことでさ、今日からしばらくここ通うわ」

「…は?」

「よろしくぅ!!」


 椅子に座りながら四肢を限界まで伸ばし、テンションの高いまま左神は叫んだ。




 それから左神は、圭のことについて根掘り葉掘り聞いてきた。それこそ今はなにをしているか、昔はどうだったか、今の能力魔術界隈をどう見ているか、などだ。


「そういや、『重厳』のやつが圭に怯えてたぞ、おまえなーにやったんだ?」

「え?怯えてました?」

「おうおう、表面上は見せねーけどな。中身はちーとばかし恐れを感じたね」

「そんなことまで分かるんですか」

「はーっはっはぁ!まあ伊達にランク6名乗ってないよねえ!ボンヤリとしか分かんないけどな!」

「あ、はい。ていうか、そこも聞くんですか?」

「あったりめーよ!そこをいっちゃん楽しみにしてきたんだからな」


 避けの代わりと言わんばかりにエナジードリンクを飲み缶を机に叩きつける。


「んで?なにやったんだ?」

「なにって別に、真田さんの能力をちょこっと弄って反撃しただけですよ?」

「ちょこっとって?そこ重要な部分だろコラ」

「どうせ言っても分かりませんから」

「んだよ、高学歴気取りやがったなこいつ、可愛くねえ」


 オラオラと圭と肩を組む。酒もないのに酔っ払いの相手をしている感覚だった。


 しかし圭としても、詳しく言っても理解されないだろうことは分かっている。


 魔力で大気を重力に干渉させ、大規模な気圧差で強力な突風を生み出した。


 たぶんなに言っているかわからないだろう。ただあの反撃は超ド級の破壊力で、生い茂っていたスギの木をひたすらになぎ倒すヤバい攻撃だ。


 見せろと言われても見せられないし、絶対にやりたくない。


 そんな感じでうまくごまかしながら適当に左神の話に適当に答えていた。


「んじゃ、しばらく圭と一緒に行動するわ」

「はい……はい?」

「ん?圭についてくって意味だぞ分かるかー?」

「い、いやそんなことされちゃこっちも困るんで」

「甘い、甘いよ圭。そんな事情あたしにはしったこっちゃないのさー、はーっはっはぁ!」


 圭も少しは期待していたのだ。

『星詠』なんて素敵な二つ名をつけられるのだから、それはもう清楚で優しい美女なのだろうと。


 それなのに、現実はこれだ。テンションの高い気分屋、能力を使いながら面白いことを探し続ける変人。

 やたらと高い身長に、異性との接触を全く気にしない性格。


 そして、確実に酒癖が悪い。

 これだけは確信できた。






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「ケイ、これはどういうことなの?」

「いや、あのね?うん、その……」


 まず初めに、当然の如く左神は楓の迎えについてきた。


 車を出して迎えに行こうと思ったら、すぐさま助手席を開けてシートベルトをしめていた。まだシートベルトの常識はあったらしい。


 それから何回かの口論の末、圭の方が負けた。ランク6では一番まともであろう圭が他の人たちに勝てる道理はないのだ。


「ほー、これが圭の彼女さん?いいじゃん、ちょーかわいい!」

「あ、えっ、ちょっと!」


 なんの見境もなく、左神は楓を抱き込んだ。グネグネと身体を動かしたっぷり楓を堪能する。その間楓は終始困惑して圭を見つめていた。そして肝心の圭はというと、諦めて肩をガックリと下げていた。



「それで、あなたはケイのことを知りたくて、ずっと一緒に行動する、ていうの?」

「そうそう、そうするよ。こんな変な生活してるやつ、ランク6どころか能力者でもレアだしな」

「あ、ちょっと、ケイを離しなさいよ!」


 グイグイと腕で圭を取られたのを見て、慌てて楓が二人の間に入り込む。見ていて腹が立った。圭が少しだけ満更でもない顔をしているのを見て、さらに腹が立った。


「ふんっ、」

「おぅっ!……な、なんで……」

「知らないっ!」


 身体強化がかかった状態で繰り出された怒りの鉄拳は、なんの準備もしていなかった圭に強烈なダメージを与えた。


「早く帰るわよっ!」

「ごめんって」

「別に、気にしてないから」

「いやマジで……」

「早く行こうぜ」


 楓が後ろのシートに座る頃には、すでに左神は助手席でいつでも準備OKな状態だった。


「なんか、この人嫌い」


 ほとんど諦め状態で、圭は運転席に乗り込んだ。



 その後も、左神はほぼ常に圭のそばにいた。

 わざわざ琴桐邸に乗り込み、圭と楓の大反対を乗り切って居候の権利を獲得した。

 ことあるごとに圭の部屋までやってきて何を勉強しているのかチラチラ見たり、楓の部屋での家庭教師の時もドアの隙間からチラチラ覗いていた。



 さらに、左神は大学にまでついてきた。


「おっすおっす」

「あ、うん……」

「お?どうした元気ないな」


 慎也が心配そうに声をかけると、その後ろからテンションの高い女の声が聞こえてきた。


「おお、これが大学か。いろいろ見てきたけど、そういえば大学には来たことはなかったぞ」


 かなり大声で一人で話す後ろの女を見て、慎也は何かを察してしまった。


「あの、左神さん。目立つからもっとトーンダウンしてください。授業は話す場所じゃないんです」

「ん?ああ、すまんすまん。初めて来たところでテンションがアゲアゲしてしまった」

「アゲアゲ?」


 圭と慎也がいつも陣取っている席のすぐそばに左神は座る。


 それを見て、慎也が小声で圭のみに話しかける。


「圭、この美人誰?」

「左神さん。能力者。そんで自由人。なんか物凄いめんどくさい人」


 見た目は確かに美人だ。それに170後半の身長は迫力がある。スタイルもいい。そして、防御がゆるい。


 なぞの美女が現れた教室では、その美女本人が全ての注目を集めていた。特に男子に。


「いいか、変なこと言わないように。魔術見たいとかそんなこと言ってしまえば、オシマイだ」

「お、おう」


 それから左神は二人の後ろで授業を聞いていたが、半分もしないうちに頭を伏せて寝てしまった。


「この人、勉強とかには興味ないから。ほっといて授業終わってから起こせばいいよ」

「このまま置いてっちゃダメなのか?」

「たぶん、大騒ぎになる」

「……起こすか」


 それから二限になってからは圭へとちょっかいをかけ続け、昼休みに左神も一緒に食堂へと移動する。


「おおお、これが大学の食堂か!」

「感動する要素あるんですか?」

「ない!」


 キョロキョロと周りを見渡して、コメントコーナーに目をつけた。


「なになに、『帝二大学よりおいしかったです(はーと)』……帝二大学ってどこだ?」

「こことは別の大学ですよ」

「しかもこのコメントはイラスト付きじゃないか」

「ああ、それは食堂バイトの人がたまに書いてくれるんですよ」


 ここのコメントにはたまに面白いものが紛れ込んでいる。圭も列に並んでいるときにたまに読んでいた。


「ん?『僕と契約して魔術師になってよ』……おい圭、魔術師って契約すればなれんのか?」

「何言ってんですか、左神さん。そんなわけないじゃないですか」

「でも返答は『別の人と契約してるので間に合ってます』ってなってるぞ。できるんじゃないのか?」

「……どうでもいいんでさっさと行きましょう」


 トレーを渡して左神を急かす。はっきり言って、彼女は目立つ。まるでモデルのようなスタイルなのに、ガードが緩い。胸元から谷間がチラチラ見えるのだ。

 おそらく明日にはSNSで広まっているだろう。





 こんな日が数日続いて、



「飽きた」



 左神は突然そう言った。


 我が物顔でソファに寝転がりながら、頭を下に向けて圭の方を向く。


「なんにも面白いこと起こんねーじゃん、何やってんだよ圭」

「厄介ごとは全部外からやってきますから」

「ん?そうか、そうみたいだな。かといってあたしにゃ呼び寄せるこたぁできねえ」

「まあ『詠む』だけでしょうからね。というか、僕にとってはあなたがすでに厄介ごとなんですけど」

「ん?そうか?そりゃわりーな」

「こいつ、絶対思ってねえ……」


 隣にいた楓がポツリと呟く。


「ねえケイ、この人、ぶっ飛ばしてもいいかしら」

「やめておいてね、さらにめんどくさくなることは間違いないから」



 ともあれ、一週間で左神のストーキングは終わった。

 その間始終楓が不機嫌に割り込んできたが、それも終わり。


 ただ、左神はしばらくこの近辺に居座るつもりらしい。

 なんでも、「なんだか圭の周りには面白いことが起こりそうな気がする」とのこと。


 圭と楓にとってはたまったもんじゃなかった。

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