第38話四ツ橋礼二郎って覚えてる?

 12月に入った。冬の気候はかなり寒く、雲が現れたら雪が降ることがあるかもしれない。圭もその寒さに耐えるべく、何枚も服を重ねた上にコートを着て大学に向かった。


「おっす」

「おっすおっす」


 教室に着くと、朝だけは早い慎也がすでに席についていた。

 彼はサークルメンバーと深夜までどんちゃん騒ぎしている時は昼過ぎまで来ないが、そうでなければ基本的には授業に出席する。


 そんな慎也が、耳寄りの情報を持って来た。



「なあなあ、能力サバイバルやるって聞いたんだけど、マジ?」

「は?なにそれ?」

「なんかよ、最近どんどん魔術とか能力を知った人が増えてるんよ。それで、その戦いを誰かが企画したらしい」


 なぜ圭より先に慎也が情報を持っているのは謎だが、魔術は徐々に一般に浸透して来ているらしい。


 そもそも神城学園での一学年の人数が四百人くらいだ。全学年で五千人、能力者全体で見れば何万もいる。それだけいれば、この情報社会で広まるのは時間の問題だった。


「ほら見ろよこれ、能力使ってる動画ネットに上がってる」

「うぉっ、マジじゃん」


 慎也が見せてくれたのは、水を蓄えて銃のように放射する能力だった。

 実のところ最初はタネも仕掛けもない水の動きはヤラセかと思われた。

 だが他にも能力の披露や身体強化の威力を見せる動画が数多く投稿されている。


「それで、この人が動画で能力サバイバルに参加します、って言ってて、それで知った」

「うわー、魔術とか能力とか、バレたらそれだけで面倒なのに」

「まあなんだ。これらを考えて、俺は思ったんだ」


 手を組みながら慎也は首をウンウンと縦に振る。一度目を瞑ってから、組んだ手を解いて圭を指差した。


「魔術、教えろください」

「命令かお願いかどっちかにしろよそこ」

「教えて、エロい人」

「ほう、教わりたくないのか」

「教えて偉い人」


 とはいえ、魔術や能力が使える人は限られている。それ自体が先天的なものなので、誰でも使えるというわけではない。


「残念ながら、慎也には使えない」

「そ、そんな殺生な」

「はい、ドンマイ」


 それにもし魔力や能力を持っていれば、基本的に神城学園に通うか野良で実力を蓄えている。今までなにもなかったということは、センスなしというわけだ。


「じゃあ魔術見せろや」

「つい一週間くらい前に披露したじゃん」

「違う、違うんだよ!あれは俺が求めている魔術じゃないんだ!」

「んなこと言ったって」


 あれ、とは、圭が真田を止める時に慎也に使った、ひたすら地面をベルトコンベアのようにしてその場に押し留めるというものだ。

 かなり高度な魔術(おそらくできる人は片手で数えられる程度)なのだが、見栄えが悪いため慎也は不満だった。


「そうだな、例えば……めっちゃでかい火の玉作るとか」

「あーうん、目立つし迷惑かかるじゃん」

「なら雷で大学を停電させるとか」

「絶対ダメだよねそれ」

無下川なげがわの水面を凍らせてスケート場にするとか」

「めんどくさいからやだ」

「お前全部できるなさては!」


 慎也は圭にまた鼻の先まで顔を近づけた。目が血走って鼻息も荒い。だが、こう期待されても圭は魔術をお披露目するつもりは全くない。


「動画で満足しといて」

「こういうのは、生で見てこそ意味がある!そう、なぜなら、魔術とは、全人類のロマンだからだ!」

「慎也、うるさいぞ」


 椅子の上に立った慎也をなだめる。あんまりにも大声を出しすぎて、教室の人たちの目線が全て慎也に向けられていた。


「うっ、……まあいいや。また今度な、絶対だぞ」

「はいはいっと」


 それから授業を受け、圭は大学を出た。







 ----------------





 琴桐楓はいつも通り七琴学園で勉強していた。


 この時期になると、推薦の面接だったりセンター対策だったり、個人個人でやることが異なってくる。

 そのため、三年生は半分くらいクラスとは別に各目的ごとに分類分けされる。


「楓ー、ここ分かんないんだけど」

「どこ?」


 誘拐事件の際、篠宮は楓が拐われるところを直に目撃したため、初めは少しギクシャクした関係になっていた。

 だが、次の日楓がケロリと登校し、その後もずっと上機嫌だったのもあって、自然と仲も元通りになった。


 ちなみに楓が上機嫌だったのは、圭が楓を守ろうとしたという話を聞いたからだ。圭はなにも言わなかったが、真田→葛西→楓の順にその場で起こったことは伝え聞かされており、その行動を知ってしばらくだらしない顔を抑えられなかった、というわけだ。



 こんな感じで篠宮や他の人たちに教えたり、一緒に考えたりするのが、ここ最近の学園生活だった。





 しかし、そんな平穏な生活に水を差す人がいた。


「楓さん、ちょっといいかな」

「四ツ橋くん?告白ならお断りよ」

「いや、そうではない。話がしたいだけさ」


 サラサラの髪の毛をかき分ける。その姿は妙に気品があった。


 普段と違う話であれば、楓は別に断る理由もない。正直に礼二郎に着いて教室を出た。


「何の話かなー」

「告白じゃないんでしょ?よく分かんない」


 不可解な礼二郎の言葉に、クラスメイトは全員首を傾げていた。







「それで、話ってなに?」


 コテッと頭を斜めに下げる。サラサラの髪がそれに合わせて舞い、清楚ないい香りが礼二郎の鼻をくすぐった。


「っ、……実はお願いがある」

「お願い?」

「ああ、うちのグループの慣例として、代理が全員で決闘をする。そこにアイツ……三鷹さんに来てもらいたい」


 四ツ橋グループは旧財閥系流の超大規模グループ会社だ。

 表面上は完全に別会社を装っているが、実際は裏でインサイダー取引なども度々行われている。それらの不正はごく少数ではあるが、とにかく旧四ツ橋は実質グループ化し、相互で強い絆を生んでいる。


 そして、ここからが問題だ。


「ケイに来てもらうって、どういうことかしら」

「三鷹……さんに、うちが社長を務めている、『四ツ橋重工』の代表として出てもらいたい」



 四ツ橋グループは大規模がゆえに、大きな利権争いが発生する。最も強いのが四ツ橋重工、四ツ橋商社、四ツ橋銀行の三社。その下に主要十社が、さらにその下にいくつもの企業が連なっている。


 これらの会社の社長のみが、五年に一度の利権争いに参加できる。


 各々が自らの金、コネ、権力を駆使して、最強の決闘代理を呼んでくる。呼び出された彼らが、サバイバルマッチを行いどの地位を手に入れるか争うのだ。


 それが行われるのが一月中旬、四ツ橋重工という御三家の威信を得るべく、礼二郎はランク6である圭に焦点を当てたのだった。


「金はいくらでも出す。十億でも、二十億でもだ」


 会社の威信をかける意味合いもあるこの戦いは、各会社の純利益を考慮して一定範囲内であれば会社の方から金を出すこともできる。


 四ツ橋重工は御三家の一角、出せる金ならいくらでもある。

 それ以外にも交渉できるのならほぼ全て叶えさせてもいい。


 親にそう言われた礼二郎は、目の前で考え込んでいる楓を祈るように見る。

 これを受けるべきか、やるならどんな条件がいいか、楓の頭の中でぐるぐると思考が回り続ける。



 たっぷり五分ほど考えてから、この場で結論を出した。


「分かった、受けることにする。ケイの同意が必要だけど、それはなんとか捻じ伏せるつもりよ」

「本当か!?」

「ただし、条件があるの」


 人差し指を天へと向ける。シミひとつない手が、礼二郎から10cmも離れていないところまで近づいた。

 そして楓は口を開く。


「お金はいらない。その代わり、四ツ橋重工の事業に、琴桐グループを贔屓にしてもらうわ」




 今、琴桐グループは事業拡大の真っ最中だ。メンベル含めた別会社から優秀な人材を引き抜き、他社との共同研究でさらなる強度を目指すなど、尋常じゃないくらい多忙である。


 そこに、四ツ橋重工とのつながりを作る。

 琴桐グループの弦の技術はナイロンなどの化学繊維によるものもあれば、ピアノ線のような金属部品も扱っている。

 これらは、確実に四ツ橋重工の事業の一部を担う。


 父である亮太郎はすでに頭がパンクしそうなくらい連日忙しいが、もっと頑張ってもらうしかない。


「どうするの?」



 礼二郎にとっては想像だにしてなかった話だ。どんな条件を使ってでも、とは確かに思っていたが、企業がらみとなると話は別になる。


 だが、四ツ橋重工にとっても利益のない話でもない。

 弦の技術は魅力的だ。四ツ橋グループにも技術があるとはいえ、今絶好調の琴桐グループの商品は、十分なメリットをもたらしてくれる。



「少し待ってもらいたい、これは流石に一度家に持ち帰った方が良さそうだ。だが、悪くない話だろう。おそらく了承は取れるはずさ」






 ----------------




 楓が家に帰ると、早速圭にこのことを話した。


「ケイ、サバイバルバトル出て」

「え、命令?」

「そう、出てほしいの」

「さ、サバイバルか……」


 ちょうど先ほど慎也から聞いたため、非常にタイムリーなネタだ。

 だが、圭にはなぜそのサバイバルバトルに出場しなければいけないのかよく分かっていない。


「ちなみに、なんで?」

「今日、四ツ橋くんに聞かれたのよ。ケイに出てもらえないかって」

「なぜに四ツ橋、あの人僕のこと嫌いじゃなかったのか……?」



 それからしばらく二人で押し問答を繰り返していたが、やはり最終的には圭の方が折れた。



「わたし、ケイのカッコよく活躍してるのをちゃんと見たいの」


 実は楓は圭の戦いをあまり見たことがない。だからこそ、ここで圭の戦いっぷりを見たかった。



 そして、甘えるような声でこんなことを言われては、圭には断れるはずがなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る