第37話勉強と鍛錬、あとその他
あの真夜中の激闘から3日が経った。
あの後、仕方なく真田権蔵の怪我を治したり、目口手足全て鉄で拘束したマロウを手渡したり、少し慌ただしかった。
また、葛西にいろいろな書類を書けと言われたし、能力犯罪者を捕まえたことで褒賞を与えるなんて話も出た。
マロウとタリナの二人組には何人も魔術師や能力者を殺されたらしい。特に能対課の面々はかなりやられている。
それを一人殺して一人捕まえたのだから凄まじい功労なのは間違いない。
ただ圭には気になることがあった。
「なんで真田は暗殺者のことを知ってたんだろ」
激闘が終わって次の日には新幹線に乗って帰ってしまったため、結局詳しい話は一切聞いていない。せっかく治したのに、お礼もなしに圭のことを見向きもせずに去っていった。
真田には今回の件についてを調べるように身体に刻み込むくらいに頼んでおいたが、そもそも先にそちらを聞くべきだったかもしれない。
そして、嬉しいこともあった。
「ケイー!」
楓が元どおり元気になった。
タリナの毒がどういうものかは圭もよくわかっていないが、すぐに治癒魔術をかけたのが良かったのだろうか。後遺症なども一切見られない楓を見て、圭は安堵の息を吐いた。
さらには、彼女は次の日ケロッとして学園に登校したのだ。その肝っ玉はなかなかのものだろう。
そしてその日のうちに楓経由で圭は学園に呼び出され、拐われた件を謝罪された。その上で口外秘密を約束させられた。
これは人を拐われたという事件自体をもみ消そうという理事会からの働きかけが原因だ。
そもそも楓が拐われた場面ではほとんど人がおらず、たまたま近場にいた学生の篠宮と護衛の和波には箝口令を敷いていたため、学園のほとんどの人はそれを知らない。いつも楓に絡んでくる六条美波ですら把握していない。
唯一近くにいた篠宮は焦りに焦っていたが、翌日何事もなかったかのように登校し、むしろ上機嫌になっていたのに首を傾げざるを得なかった。
「んふふ、帰りましょう」
「え、ああはい」
「せんぱーい、いつになったら私の相手をしてくれるのです?」
「うーん、また今度ね」
「楓せんぱーい!ひどいっ!」
下校組の一人である美波が絡んでくる。これもいつも通りの光景だ。
そして、少し離れたところで四ツ橋礼二郎と百瀬海斗が三人の方を眺めていた。
初心者マークがついている黒塗り高級車のドアを開け、楓を車内へと誘導する。そして、これまたいつも通り琴桐邸へと帰宅した。
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家に帰って着替えてから、楓は圭を部屋に呼んだ。
これは今日だけの話ではない。ほぼ毎日だ。
だからといって恋人っぽく何かをするわけでもない。
なぜなら楓は高校三年生、受験生。
したがって毎日毎日家庭教師代わりに圭を呼んで、勉強の監督してもらっているのだ。
そしてこの日は、勉強の成果を自慢する日だった。
「見てこれ、帝一大学模試。A判定よ!」
「お、おおーやるじゃん」
10月末に受けた対策模試の結果が好成績をおさめた。
パラパラと解説を見てみると、その最後にに収録されているランキング部分に「琴桐楓」と名前が載っていた。
ここのところ楓の成績は非常にいい。前回の成績は学年二位を取った。そもそも七琴学園に通う人たちが上流階級の御子息なので平均学力は高い。
その中で二位は大健闘というべきだろう。
「ふふふ、あったりまえよ。なんなら主席で合格してみせるわ」
「はーい、じゃあ頑張りましょうねー。あと、魔術の方も頑張ろうねー」
「うっ……ここでそれを言うのかしら」
「ん?」
顔を赤らめて下を向く。
魔術に関してはあまり芳しくない。今できたらそれはそれでセンスの塊ではあるが、まだ魔術現象は一切引き起こせておらず、進展なし。これは楓としては少し堪えていた。
「部分強化はできてるんじゃないの?」
「それは……たぶん、できてるけど……」
魔力の扱いは理屈では説明できない。特に魔力を溜め込むような便利な道具もない。魔力を見る道具もない。
そのため、楓も感覚でしか分からない、できてるかと言われてもなんとなくしか答えられない。
しかし、部分強化を無意識から意識へと引き上げると、一気に魔力の操作能力が上がる。
今回の襲撃のこともあり、圭としては一刻も早く楓に魔術を使えるようになってほしかった。だが、それは圭個人の願望、楓がまず第一に目指すべき場所ではない。
「ま、いいか。魔術を使うよりも今は勉強だ。センターまで一月半、二次までは三ヶ月。高校生の宿命だけど、がんばれ」
七琴学園では、進学は二つのパターンに分かれる。
一つは推薦。七琴学園自体が推薦の枠を複数所有しており、特にここからかなり離れた位置にある帝二大学へ行く人が非常に多い。
この枠は言ってしまえば家の格で推薦メンバーが決まってしまうので、帝二以外にも行く人は多い。
ただ、帝二は他の大学とは違い、護衛の融通が効きやすい。
二つ目は一般入試。推薦と人数を二分しているこちらは、楓を筆頭に帝一大学志望がメインだ。
だが本格的に帝一大学を目指す人は少ない。センターのボーダー、二次の難易度、共にぶっ飛んでるからだ。
そこで、センター試験の結果を元に、帝一か帝二、もしくはその他を判断する人が多い。
世の中、学歴は金と権力で買えてしまう。一般人としては残酷な世界だ。
「なんで帝一だけは国語も必須なの……」
「諦めるんだ、国語は僕にもわかんない」
家に帰って三時間ほど勉強をしてから、二人は道場に移動し鍛錬を行う。
その時間は二時間ほど、楓が拐われてから時間を増やした。多少は無理をしてもらわなくてはならない。
護衛をしている間は大丈夫だと自信を持って言えるが、離れているときは安全とは限らない。
特に今回は学園内でも拐われてしまった。
自分勝手ではあるが、圭目当てで楓を拐われてしまっては今後も困る。そのためある程度の自衛能力くらいは備えて欲しかった。
「はい、ほっ」
「くっ、いたっ……」
「ほい、はい」
「あっ、ぁっ……」
「はい、『治れ』」
鍛錬とは、一方的なイジメである。圭が持つ鉄棒で、身体のあらゆる部分を攻撃する。これを楓は避けずに受け止める。
当然、しっかり強化しないと痛い。
一度崩れたらそのまま追撃を喰らい、挙げ句の果ては地面に寝転がる。
これをひたすら繰り返していた。
「……はぁ、はぁ、これ、本当に意味あるの?」
「なきゃ困る。それに僕が実際に体験してるんだから」
「あ、……」
楓が何か思い出したように言葉を出してから、身体を起こして目を伏せる。
それを見て、前にこんなことがあった気がする、デジャヴのような感覚に陥る。
「そういえば、……」
少し口を開いてからすぐ止めた。これを聞くのは憚られる。なんとなく自分で言ってしまいたくない、そう思ってしまう。
だが、圭は楓の考えていることを汲み取った。
「僕がなぜ魔術を使えるか、聞きたい?」
ストレートに言葉を投げかけられ、楓は大きく困惑した。あれだけ散々気になっていたのに、こんな気軽に話すのも憚られたのだ。
だが、あえてそれを圭は選択した。
「え、……いや、べつに、そんなつもりはないの……」
「いや、まあいいんだ。うん、うーん、うん。信じるか信じないかは別にして、楓には話しておくよ」
魔術を使って道場の隅においてあったペットボトルを楓の方へと投げ渡す。
同時に自分のも魔術で手元まで運んでから、キャップを外して中の水をあおった。
「たしか、『三鷹圭は魔術師ではない』って言ったんだよね」
「う、うん」
蓋を閉めて、地面にあぐらをかく。大切なことを話す時、頭の後ろを掻く。楓はその癖を知っていた。
「信じてもらえるかは分かんないんだけど、僕はいわゆる『転生者』だ。大学に入ってすぐに別世界の記憶が現れた」
「……」
「その別世界の人格の方が魔術を極めに極めてて、そのおかげで今僕はいろんな魔術を使える。どう?信じる?」
「……」
無言。
何も言わずに、楓は圭を見つめる。そして圭は、少しいたたまれたくなり縮こまり、楓と目を合わせる。
それが数秒なのか、数分なのか、はたまた数時間なのかは分からないが、圭にとっては無限の時間に感じられた。
「よく分かんないけど、ケイはケイよね?」
「え?うーん、……」
「わたしは魔術師の三鷹圭しか知らないもの。気になったのは事実だけど、聞いてもイマイチ分からなかったわ」
それから楓は少しだけ圭に近寄った。
「ならその、別世界のケイ?でいいのかしら。教えてくれる?」
話した本人としては、これでよかったのかは悩みながら話してはいた。それは楓も感じ取っていた。
けれどもそれが不和のきっかけになることは、楓にはあり得なかった。
「あ、ああ分かった。そうだな、あっちの世界ではケインって名前だった。前も言った通り、師匠はちょっと……いや、かなり特殊で、あっちで唯一『魔女』と呼ばれていた人だ」
思い返してみると、ケインの世界はいわゆるファンタジー世界そのものだった。
剣と魔法の世界、そう言うにふさわしい世界だった。
五十年に一度勇者が召喚され、人類を脅かす魔王を倒す。必ず五十年に一度現れる魔王は、歴史を遡れば七千年昔には存在したらしい。
そんな世界で、魔女は特別な存在だった。あらゆる魔術や能力、武術や技術をすべて記憶しており、しかもそれを自在に操れる。誰もが極めんとしたありとあらゆる道を、すべて極めていた。
そんな魔女は年に何人か、どこからか孤児を拾ってくる。孤児たちは魔女の住む『塔』の下で手伝いをし、修行をし、勉強する。
そして、一通り終えたら一般世界へ出ていく。
この魔女の孤児拾いにあった一人がケインだった。
記憶にある最初の顔が師匠である魔女のもので、それから十年以上ほとんど外の世界とは関係が絶たれていた。
しかし、ケインは魔女のお気に入りだったようだが、逆に戦闘に関しては難ありだった。
あちらの世界では、才能の差が非常に大きかった。強い人はそれだけの能力を有している。逆に弱い者はとことん弱い。
全てが並か少し上程度しか才能がなかったケインは、そのまま魔女の弟子として世間に出れば恥同然だ。
仕方なく魔女の指導のもと、死ぬほど辛い修行をつまされた。
ケインの記憶には今でも強制的に焼き付けられている。最初は飲み物すら通らなかった。あらゆる魔術で死ぬほど痛めつけられたときは、本当に死んでしまいたいと何度も何度も思った。
それでも死ぬことは許されず、逃げ出すこともできず、ひたすら身体に、そして脳に文字通りその記憶を焼き付けられた。
魔術を扱えるようになってからも、シミュレーション戦闘と称して戦わされ、何度も何度も死にかけた。
だが、このケインの修行のおかげで今がある。死にたくない、戦いたくない、という考え方もセットではあるが、ケインの命を削るような修行が、今のような自在な魔術を使えるようにしてくれた。
「とまあ、こんな感じ。師匠は五千年くらい生きているらしいから、師匠がやった修業なら確実に効果はある。だから魔術に関しては心配する必要ないよ」
「そう……」
普通ならざる異世界の記憶にどう返答すべきか楓は迷ったが、圭はそれを笑うことによって諭した。今の圭は三鷹圭でもケインでもある。それを敢えて気にしないように、圭は肩を竦めた。
その意を汲んでか知らず、楓は過去の話に何かの言葉をかけるのはやめた。今何かを言っても、それは蛇足にしかならないと感じた。
「それなら、ケイ……ケインはなんで転生したのかしら」
「それは……なんでだろうね」
両手を後ろにつき上を眺める。
いつ、どこで転生したのだろうか。その記憶がない。ただ、圭にとっては『記憶がない』ことがヒントなのだろうと考えていた。分かっていた。
「まあ、おそらく何かをするためにケインは僕の記憶に現れた。何かは分からないけど。
そのせいで今自分がどちらなのか分からなくなっているって状態なんだけど、ちょっとそうも言ってられなさそうなんだよね……」
再び頭を掻く。
マロウが言っていたが、どうも圭は『
だからといって別に楓に言っておく必要はなかったのかもしれない。だが、不安がある。その部分については曖昧すぎて自信がないので、楓に言うのは避けた。
「どう思う?ズルいと思った?」
「……よく分かんない」
「まあ、そうだろうなあ」
初めて楓と会った時を思い出した。あの日、圭自身が頭の中の記憶を否定してたのだ。何度も妄想だと思ったし、夢か何か見たのかとも思ったのだが事実だった。
自分自身でも分からなかったのに、人に分かるわけはなかろう。
「とりあえず、この話はおしまい。さっさと風呂に入って寝よう。眠くなってきた」
「一緒に入る?」
「またいつか」
「ツレないのね」
ペットボトルの残りをすべて飲み干し、魔術でグシャグシャに潰してコンパクトにする。
「少なくとも、これくらいできるようになってからだね」
楓は自分のペットボトルが宙に浮いて圧縮されるのを見て、苦い顔をした。
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