第34話暗殺者か殺し屋かなんてどっちでもいいから

 七琴学園はいわゆる上流階級の方々の御子息が在籍している。


「ねえ、楓の彼氏さん紹介してよ」

「何言ってるの、紹介するも何もケイはいつも校門に迎えにくるじゃない」

「そういうことじゃないんだよねぇ」


 ここに通う生徒は人質や身代金目当てに狙われやすい。そのため、基本的にはほぼ全員寮に入っている。


「だってさ、ランク6なんでしょ?なんかカッコいいじゃん!」

「ふふん、それはそうだけど。仮にも部外者なのよ?学園内に入ることなんてないじゃない」

「それはそうだけどさあ」


 ただし、例外はある。その一人が琴桐楓だ。彼女は家が近すぎる。車で10分もないところにあるため、寮入りが認められなかった。

 家の格を考えても、楓は超VIPというわけではない。優先度が下がるのも理由の一つだ。


 他にも、自ら寮入りを拒否する生徒がいる。六条美波、四ツ橋礼二郎、百瀬海斗などがその例にあたる。彼らは親の意向で、あえて自ら護衛を持つことで自分の力を誇示しようとしているのだ。


 当然、通いの生徒の登下校は学園の護衛の対象とされていない。

 類稀な美貌と相まって、楓は非常に狙われやすい立場にあった。


「じゃあじゃあ、そのケイ?さんを中に呼び寄せようよ」

「中に?どういうことかしら」

「えっとね?」


 楓の友人、篠宮明穂(しのみやあきほ)が耳に手を当て口を寄せる。


 篠宮は学園での楓と一番仲がいい友人だ。楓と比べると身長は低く、どこか気の抜けた顔をしている女の子。言っていることはたまに楓でも分からなくなるが、なぜか勉強はできる。

 家の格も同じくらい、同じクラス、そして同じ受験生。彼女は帝一大学を目指すわけではないが、一番一緒にいる時間が長い。


「それって、わたしにメリットある?」

「うーん、ないかな」


 モヤモヤしながら楓は篠宮と教室を出た。




 作戦は簡単、楓はまず校門に行かない。周回している学園所属の護衛に楓が大変なことになっていると言ってもらう。


 それを聞いて慌てて来てもらう、というなんとも拙い作戦だった。


「えーっと、まずは警備員を探さなきゃ」


 学園所属の護衛たちのランクはほとんどが5だ。一部4もいるが、それはランク5と同じくらいの働きができる能力を持っている者たちだ。


「あ、いたいた。あの人!」


 篠宮が見つけた護衛は、この学園所属の能力者の中でもリーダーを任されている人だった。名前は、たしか、和波……そこまで思い浮かべて楓は考えるのをやめた。


「おーい、護衛さーん」

「……ん?何かようか?」


 四十代の中年だが身体は鍛えてある。楓が知る限りでは、たしか音を操る能力の持ち主だ。

 学園内に何か問題があった時、彼がいれば瞬時に状況を学園中に知らせることができる。リーダーだけでなく、通信係としても有能な男だ。


「あのね、楓がちょっと大変なの」

「……何を言っているんだ?」

「楓がちょっと大変なの」

「……いや、」

「楓がちょっと大変なの」

「……もういい、要件はなんだ」


 整えられた顎髭を触りながら男は聞いた。こういう生徒からの個人的なお願いも、護衛はよくさせられているため、この手合いは慣れていた。


「あのね、楓がちょっと大変だから、楓の護衛さんにここまで来て欲しいって」

「いや、部外者を入れるのはマズい。正規の手続きを踏まないとダメだ」

「えー、でもでもー」

「明穂、もうこれやめない?」

「うーん、うーん、」


 なんとか圭を呼び寄せたい。篠宮がそう考えていた時だった。



「あらあら、部外者はダメなんですね」

「普通ダメだよね、うんうん」




 和波はすぐさまその場から飛び退いた。


「誰だ!」


 学園の塀のすぐ外に二人の姿を捉えた。さすがに和波も常に学園の外まで意識を割くような真似はできない。そのせいで認識するのが遅れた。


 聞いたことのない声だ。和波は全員の音をなんとなく把握している。風邪なども分かる便利な能力だが、これは何より侵入者をすぐに判断できるのが優れどころだ。


 その和波が言うのだから、目の前の二人の女は確実に部外者なのだろう。


 何者かを確認するまでもなく、和波は息を吸った。

 声を出せば護衛全員の耳に確実に届く。


 そして、大きく息を吐こうとした。


「……あ、あ、」


 ガクガクと身体が震えだし、その場にゆっくりと倒れ込む。


「え、なに、なに!?」

「黙って」


 焦る篠宮を楓が制する。何度も襲われたことのある楓としては襲撃は慣れっこだ。


 だが、和波になにをしたのかすら分からない。それ以前に学園への侵入は前代未聞だ。


「誰なの?」


 その問いの答えは帰ってこない。


「うんうん、琴桐楓。彼女で間違いない」

「そうですか。なら、おやすみなさい」

「えっ、……」


 気がついたら手首に細い針が刺さっていた。それを視認した瞬間に視界がグラリと揺れ、


「おっと、誰だか知らないけど、君もおやすみ」


 地面に倒れ伏した楓が見たのは、意識を保ちながら痙攣する和波と、楓より前に意識を失った篠宮の姿だった。







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「米田さん、状況は?」


 私生活で魔術を使わない。自分なりのルールを完全に破って、圭は自転車を壊れる勢いで走って琴桐邸にたどり着いた。


「たしか、楓の携帯に防犯用のGPS発信器がありましたよね」

「すでに探索させた」

「場所は?」

「無上山」

「……拐われた場所は?」

「学園だ。乗り込まれたらしい」

「チッ、そうきたか……」


 圭は一度家の中に入り、立てかけてあった鉄棒を持って窓をこじ開け外に出る。


 犯人は分かっている。自分を狙った暗殺者とやらだろう。

 楓は人質だ。


 学園も学園で役立たずだと思いながら、圭は家を飛び出す。この際、魔術を使う使わないを考える余裕はない。

 自転車を跨いで、米田に言伝を頼んだ。


「真田さんに連絡を入れてほしい。お仕事だってね」


 魔術で強化された身体を使い、凄まじい勢いで無上山に向かって走り出す。

 途中の道路は身体に反動をつけて、自転車ごとトラックすら飛び越えた。


「情報が欲しい。魔術師か、能力者か……ん?」


 ポケットから手が震える。取り出して確認してみると、そこには琴桐楓という文字が表示されていた。


「……もしもし」

『あ、出た出た』


 その声は楓とは違う。女性の声ではあるが、その中でもかなり高い声だ。


「誰だ、あんた」

『えーっと、えーっと、え?うんうん……はい、わたくし、マロウちゃんでーす』

「マロウ?それより楓はどこだ」

『楓ちゃんは寝かせてるよー、うんうん。大丈夫、命の危険は半分くらい?だからねー、うんうん』

「半分……なめやがって」

『そんなこと言っていいのかなーっと。知ってると思うけど、今無上山にいるんだ。頑張って、きてねー、うんうん』

「おい!せめて楓の声を……チッ、切られた」


 足は止めずに頭を掻き毟る。ここ最近、ストレスが溜まっていたのだ。

 慎也の魔術無心はまだしも、楓へ過去を伝えるべきか否かは常に考えさせられていたし、暗殺者とやらが狙ってくるのに対して常に警戒する必要があった。


 そして、何よりあのランク6だ。

『重厳』の身勝手な行動は、圭に激しいストレスを与えていた。


 一通り声にならない声を上げた後に、両手をハンドルに戻す。


『マロウ』のことは、圭は把握している。能力はイマイチ分かっていないが、能力者だ。特徴は目立つブロンド髪、そして女性にしては高い身長。当然指名手配者だ。

 そして、マロウと一緒にいるだろう人物は『タリナ』。こちらは黒髪で、身長はマロウと同じく高い。二人とも170はあるらしい。そして、彼女の能力は、『毒』だ。こちらも指名手配者。


 この二人は暗殺者というよりも、殺し屋と言うのが正解だろう。殺す際に、よく暗殺の形になっているだけで、表に出て戦うこともあると書類には載っていた。


「無上山のどこだ?頂上まで行くのか?」


 ドリフトして国道から山道に入る。まだ日が出ているとはいえ、山に入れば一気に周囲は暗くなる。きちんと整備されていない道路は、たまに自転車の車体を跳ね上げ、それに乗る圭は棒を背負ったままバランスをとって着地する。


 並のスプリンターを真っ青にさせるような走りで、山の中腹にある小盛りの土山までたどり着いた。


 そこは、かつて圭がハザマと戦い、洋館を土塊にした場所だった。





 小山の高さは10mはある。その天辺に、楓はいた。


「お、おい、楓?大丈夫か?なんだこれは……」


 なぜか頂上に突き刺さった椅子に、楓は縛り付けられていた。どうやら意識はないらしく、身体はグッタリとしていた。


 自転車を乗り捨て、山に手をかける。その時、


「『守れ』」


 展開された魔法陣に弾かれて、なにかが地面に落ちた。


「……針?」


 飛んできた方向を見る。そこには一人の女がいた。


「あ、きたきた。遅いよー、うんうん」

「マロウ、だっけか」

「そうだよー。わたくしが、マロウでーす」


 キャップを外して、ブロンドの髪をかきあげる女は、晴れ晴れした表情で、笑顔を圭に見せた。


「あんたらは確か、ターゲット以外は殺さないことを信条にしてたと聞いているが」

「あー、大丈夫だよー。眠ってもらってるだけ。毒でだけどねー」

「……」


 マロウを無視して、圭は跳んで楓の方へ向かう。


「おっと、あぶないよー?」

「なにが?……っ!」


 マロウの言葉で動きを止めた圭の前に、おどろおどろしい液体が線を引く。見た瞬間にこれが何かはわかった。


「毒か」

「せいかーい」


 飛んできた方向を見ると、木の影から黒髪の美女がこちらに手を振っていた。


「タリナに能力で毒を盛ってもらったんだー、うんうん。だから魔術じゃ治せない、もちろん君を殺ってから彼女は解放するつもりー」

「ほう」


 小山を飛び降りて、マロウとタリナの位置を確認する。圭の位置を中心に直角になるように二人は陣取っていた。


「僕を殺すのか。なら楓を巻き込む必要はなかったはずだ」

「そのつもりだったんですけど、あらあら参ってしまいますね」


 タリナが頬に手を当てて首を傾げる。


「あなた、ちっとも隙を見せないんですもの。尾行しようとしても気配を把握されるし、隠れても見つかるし、あらあら困っちゃいます」

「そりゃ、警戒してたからね。変な人が僕のことを慎也に聞くとか、怪しさ満点でしょ。それに、政府も分かってたみたいだ、あんたらが襲ってくることは」

「あらあら、バレてましたか。それは困りますね」


 何も問題ないと言わんばかりの調子で嘯く。要は、実力で圭を倒せると踏んだらしい。


「ランク6なのに、ナメられてるなぁ」

「だって君、大魔術使えないんでしょー?調べた感じ、相手の力を利用してるみたいだし、うんうん」

「あたくし、別に派手な能力は持ってないのです。ランク5相当なら、十分殺せますから」

「なるほど、なら見せてもらおうか」


 ノーワードで発動した魔法陣が、二人の下から土刺を生み出す。それを瞬時に読んだ二人はすぐさま位置を変えて攻撃に移る。


「『守れ』」

「『風よ』」


 マロウが手を大きく振ると、複数本もの針が射出される。

 圭は飛んできた針を結界魔術で防ぎ、能力による気体毒を警戒して空気を散らす。


 魔術の干渉があれば能力はうまく起動しない。これを利用すれば、空気に含まれた毒は効力を失い、圭まで被害を及ぼさなくなる。

 魔力が多くない圭でも、自分の周囲だけなら何時間でも持続できる。


「『毒水』」

「『水よ』『守れ』」



 毒液を水で相殺し、隙をついて飛んできた針を結界で防ぐ。探知魔術を、秒間何十回という単位で極小時間発動させた。

 マロウの攻撃もほぼ全て防がねばならない。どの攻撃にも、タリナの毒が盛られている可能性が高いからだ。そのため、今の圭には超高精度の空間把握能力も必要になってくる。


「またー?」


 不満げにマロウが言葉を漏らす。


 この二人の定石は、同時に攻撃をすることで少しでも毒を浴びせることだろうか。

 うまい具合に死角を取られ、移動しているタイミングで攻撃を仕掛けられる。想像以上に連携がうまく、今の状況では受けに回らざるを得ない。


 状況を変えようと木の枝に飛び乗り、二人の位置を俯瞰する。隙あらばとばかりに針が飛んできたが、それを鉄棒を傘にして防いだ。



 枝から枝へ、飛ぶ。



「『キュー』」

「っ、!」



 不可視の弾丸が、タリナの胸元に突き刺さった。

 胸を抑えて蹲ると、長い髪が地面にまで届く。


「『キュー』」

「っ、……」


 二度目の攻撃はわずかに逸らされたタリナの肩に当たった。一瞬動きを拘束するが、そもそもこの技は威力がそこまで高くない。三度目を打つ前に木に隠れ視界から逃げられた。


「どうしたのー?」

不可視の弾丸インビジブルショットです。どうやらあの鉄から出るみたいですよ」

「りょーかい」


 再び二人は圭の視界に同時に入らないように身体を動かす。


「『捉えろ』」


 戦局は、森の中へと移った。山の斜面に人工的に植えられたスギの木が、月明かりを覆い隠しさらなる暗闇を作る。圭は常に探知魔術を使って状況を把握する必要があった。しかしこれにより、相手の動きだけでなく能力を使った攻撃も把握できる。


「『土よ』」

「おっと危ない、それー」


 地面から生えた槍はマロウを狙うが、避けられ逆に針が投げられる。それを防ぎつつ、別方向から来た毒水を水球を作り出し勢いを殺した。


「『守れ』『水よ』」

「あらあら」


 状況は、膠着状態に入った。


 どうしても後手後手へと回ってしまう。圭が魔術で攻撃すると、その気配を感じてすぐに避けてしまう。そのタイミングで別の方から攻撃が送られ、思うように押し切ることができない。


「めんどくさい……」




 まずは毒女。こっちがいなくなれば危険度は一気に下がる。多少無理をしてでも攻撃することに決めた。


「『風よ』」


 魔法陣を先端に展開させた棒を大きく縦に振ると、そこから真空刃が現れる。そしてその太刀筋が死角になるように、大量に生えているスギの木を斬り裂くルートをついた。


「タリナ!」

「あら?っと、」

「『土よ』」


 死角から突如現れた真空刃に驚き避けたところに、土の魔術で身体を絡めとるように動かす。


「っ、このっ」


 咄嗟に身体を浮かせたタリナは壁ジャンプの要領でスギの木を登り、木に絡みつくように伸びる土蔓を躱していく。すると今度は、圭の魔術がタリナを追わないようにマロウが何本も針を飛ばしてきた。


「させないよー」

「能力は、針か?」


 あんまりにも針ばかり使うので、物は試しに聞いてみると、暗闇で見えない中マロウはニヤリと口角を上げた。


「大当たりー」


 能力がバレたと分かった瞬間に、針の量が激増した。どこに隠していたのかと問いたくなるほどに夥しい量の針が、マロウの服の中からこぼれ落ちてくる。それらは地面に落ちることなく、マロウの思い通りに宙を舞い始めた。


 探知で把握できる針は何本も宙に動きながら、圭の方向へと向いている。


「どこからでも尖ったものを生み出せる、そんで、ぜーんぶ操れる。うんうん、素晴らしい能力だなー」

「『守れ』『重ねろ』!」


 全弾射出、まさにその言葉にふさわしい勢いで、周りを浮遊していた針が一斉に圭へと降り注いだ。


 咄嗟に結界魔術を重ねることでなんとか防いだが、防いだそばからまた宙に舞い上がるせいで、完全にジリ貧だった。



 特定のものを操る能力は、非常に厄介だ。

 そして、強い。


 一番分かりやすい例は、葛西だろう。彼の能力である『皮』は、皮どころか『表面部分』と認識できるものは全て操れる。

 皮膚だって皮だし、家の大理石やフローリングも言ってしまえば表面部だ。熟達度合いにもよるが、やろうと思えば表面に塗られたペンキなども操れるかもしれない。


 これと同様のことが『針』にも言える。

 針の場合は認識するものは、『尖ったもの』となる。


 世の中尖ったものなんて沢山ある。


 その一つが、木だ。


 削れてささくれだった部分が次々と捲れて剥げていく。


 初めは大地に根付いていたはずの一本の木がまるまる空中分解され、そこから無数の『針』が製造された。


「なんつー能力だ……どうしようか」

「えーい」

「『風よ』」


 気の抜けた掛け声とともに放たれた木針を、自分の周囲に強い風を舞わせ、魔力によって能力を遮断する。コントロールを失った木針は、全て風に蹴散らされていく。


「『守れ』」

「ちぇっ」


 ちゃっかり飛んできた鉄の針は、結界魔術で防ぐ。



 そのやり取りの間に、タリナはあらゆる範囲に毒をまき散らしていた。

 タリナの毒の効果は自由自在。魔術能力が熟達した実力者であれば多少堪えられるが、大抵の人は一撃昏倒するような毒を周囲にぶちまけることで、圭がわずかでも毒に触れるようにする。


 それは結果として自然の死滅へと繋がる。

 毒に触れたスギの木は、幹の部分から腐り落ちて、地面にぶつかると同時に地響きを立てた。


 だが、タリナはそれを気にしない。スギの木がどうなろうと知ったことではなかった。


「真っ暗でも、よくみえますこと」


 真っ暗闇の中、ゴーグルを着用する。ゴーグルには暗視スコープがついており、視界を失った圭を誘導して仕留める予定だった。



 だが、この計画はうまくは行かなかった。

 視界不良ではあるが、圭は探知魔術を一定間隔で発動することで、わずかな魔力で周辺環境を把握できていた。


「こっちもあんたらがなにしているか、よく見えるよ」

「そっかー」

「おっと危ない」


 後ろから飛んできたものに風を当て、木屑を取り除いてから結界を使い金属針を防ぐ。

 問題は、防いでもまた針が操られてしまうことだ。結界魔術で防いではいるが、消耗戦は分が悪い。


 今度は一気にマロウの方へと仕掛けた。


「『雷よ』」


 距離を詰めて、魔法陣を展開させて紫電を針の主に向かわせるが、マロウはそれを片手で受け止め消してしまった。


「効かないよー、残念」

「なんで!?……『雷よ』」

「はい、効かない」


 再び雷を放ってもかき消される。

 少し冷静になって、マロウを見た。今の二回とも、マロウは手を出して雷の魔術を防いでいる。


「なら、『水よ』、『雷よ』」


 三発目は水による誘導を行い、前に出された手を避けるように雷をマロウに向けた。


 するとマロウは、それには警戒して身体を投げ出した。


「小細工か。毒沼作戦は無駄だよ、『土よ』」

「きゃっ、危ないじゃないですか」


 後方で毒を広げ続けるタリナへ妨害を送る。残念ながら、彼女たちの作戦は圭には意味がない。


 マロウは水を伝わる雷は避けた。それは雷自体は効くことを意味し、同時に前に出した手に絶縁体か何かを仕込んでいることも分かる。


「なんで見えてるんですか」

「秘密」

「ふんっ」


 毒糸が宙を走る。手から射出された毒液は、一直線に圭の元へと向かい、突然宙に現れた水によって妨害される。


「『氷よ』『重ねろ』」


 魔法陣が人の大きさまで広がり、宙に氷柱が大量に出現する。それらが全て、タリナに向かって射出された。


「させないよー」


 ほぼ全ての氷が、軌道から逸らされる。ずらされた氷柱の全てに横に針が突き刺さっていた。

 マロウの針から逃れた氷柱はタリナを追うが、身体能力だけであっさり躱された。



「ほんと、めんどくさい……」


 木に垂直になって止まる。足元は土の魔術で木に固定されていた。


「それはこっちのセリフだねー、うんうん」

「あらあら、その通りですね」


 圭の魔術に関しては二人も調べ上げていた。あらゆる魔術が使用可能な圭に対して、なんらかの制限をかける必要があると二人は考えた。


 それが現状。森の中ゆえ炎の魔術は使えない。雷の魔術は対策として絶縁手袋をしてきた。昼では仕留めきれないと考え、敢えて視界を失う夜の森の中でしかけた。そのために暗視スコープも手に入れた。



 にもかかわらず、三鷹圭という魔術師はそれをものともしない。一切光のない状態で自由に動き回れるし、せっかく雷対策に持ってきた絶縁手袋は、水の魔術により無効化される。


 マロウとタリナにとっても、圭は厄介かつめんどくさい相手だった。



 二人の殺し屋は珍しく合流する。


「タリナ、あれやる?」

「あらあら、あれ痛いんですけどねえ」

「やらなきゃやられるよ、力づくにしよう、うんうん」

「それなら仕方ありませんね。っ、と」


 氷柱の射出に合わせて二人は大きく飛び退いた。



 そして、お互いがお互いを、攻撃しあった。




「なんだ?」


 様子がおかしい。二人の存在感が増したように感じた。


 マロウは毒を浴びながら、タリナは無数の針に刺されながら、揃って木に張り付く圭を見た。


 そして、口を揃える。





「「『狂化バーサク』」」

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