第33話ランク6はどいつもこいつも問題児

 唐突に現れたランク6こと真田権蔵は、どこからか暗殺者が圭を狙っていることを知り上層部から送られてきたらしい。

 そのため、暇を持て余した真田は警察署に毎日顔を出していた。


「早く立て、死にたいのか!」

「は、はいっ!」


 彼のせいでトバッチリを受けるのは、葛西含める能対課の面々だ。暇があるたびに鍛錬と称して彼らをボコボコにしていく。当然大きな怪我をしない範疇ではあるが、業務に支障が出る程度には激しかった。


 さらに、真田はこちらに来る前に能対課の情報を見てきているらしく、葛西以外の四人はしこたま怒鳴られながら真田と戦わされている。


 葛西から言わせてもらうと、非常に迷惑だった。



 そもそもランク6は、強さだけで大きな権力を与えられている人たちだ。故に奔放、そして止められることもできない。実力以上に問題児ばかりだ。


重厳じゅうごん』の二つ名を持つ真田は、見境なく戦闘、鍛錬と称したイジメ、多方面への圧力などがよく問題に挙げられる。

 フォローしておくと、鍛錬に関してはひたすら能力を使わないと成長しないため、イジメは最高の鍛錬となり得る。ただし、能力者に限るが。


 さらに言えば、彼はこれがいいことか悪いことかという思考は有していない。やりたいからやる、仕方なくやってやるという認識である。


 だが、これでもランク6ではマシな方だ。少なくとも三人は、彼よりも問題児だ。


「葛西、三鷹のやつはどこだ?」

「へ?なんでですか?」

「治癒魔術を使わせるためだ。こいつら根性がなっとらん」

「あの、三鷹は能対課じゃないですので、強制はできない……」

「いいから呼んでこい」

「は、はい……」


 葛西は闇騎士拠点制圧作戦の時に優秀な働きをしたため、真田のシゴキを回避できている。逆に、失態を犯した四人は目をつけられてしまったというわけだ。



 とはいえ今はまだ昼の一時だ。圭は大学で授業を受けており、生活に支障が出ることを激しく嫌う。


 かといって、もし真田に圭が大学に通っていると伝えてしまえば、確実に大学に乗り込む。


 葛西はそう確信していた。


 そして、上司である課長は真田の目にも止まらなかったらしい。ほとんど顔を合わせることなく仕事場から逃げ出していた。


「くそ、めんどくせぇ……ランク6は問題児ばかりだとは聞いていたが、『重厳』でこれか。なんとかしねぇとあいつら死ぬが、かといって三鷹を頼るのもそれはそれでまずい」


 圭を頼って真田を止めさせたら、今度は圭に標的が移る。唯一能対課と圭を繋ぎとめている葛西まで嫌われたら、この地区では大きな損害につながる。

 課長含めた残りの五人はそんなつもりはないだろうが、七琴学園や帝一大学もあるこの街で、圭の存在による影響は大きい。

 さらに、最も話の分かるランク6だろうとも言える。


 愚痴を言っても始まらない。

 大きなため息をつきながら、スマホに登録されている番号に電話した。





 ----------------






「はい、もしもし。『重厳』関連ならお断りします」


 電話がかかってきた圭は、まず初めに断りを入れた。


『頼むよ三鷹、でないと部下が死にそうなんだ』

「死にそう?なぜに?」

『それが、うちの部下を鍛え直すとか言って『重厳』ひたすらボコボコにしてんのよ。マジで死んじまう』

「そんなこと言われても、もし治癒魔術を使ったらそれが習慣になってしまいますから、余計にイヤです」

『頼む、マジでおね……』


 通話終了ボタンを押した圭は、興味を示してきた慎也に苦笑いした。


「なに、魔術?」

「いや、違う。警察が死にそうだから助けてくれって」

「は?どういうこと?」

「だろ?僕にもよく分からないからイヤですって言って切った」


 早めに切り上げられた授業の後に、構内にあるベンチに並んで座る。

 今日はテニスをする予定は慎也にはないらしい。腕をベンチの後ろにかけて、空を仰いでいた。


「魔術、見せろよ」

「えぇ、イヤだよ」

「なんでなん?」

「日常生活では使わないようにしてる」

「ほう、じゃあかわりに俺が質問してもいいか?」

「いいけど」


 慎也が顔を少しだけ圭の方に向ける。圭は両腿に肘を置いてスマホをいじっていた。


「魔術って、どんなことができんの?」

「いろいろ」

「空飛べる?」

「頑張れば」

「頭良くなる?」

「それは無理だね」

「モテる?」

「それ聞く意味ある?」


 慎也が勢いをつけて身体を起こす。チラリと見たが、非常に不満げだった。


「もう少し教えてくれてもいいだろ?さっきの電話とか」

「知ったらドン引きすると思う」

「なんだよ、教えろよ」

「警察の能力専門の人たちがいるんだけど、厄介な人がこの地区にやってきて後輩がボコボコにされてるって」

「え、えぇ……」

「それで、僕に治癒魔術を使ってほしいって」

「治癒魔術って、怪我直したりできんのか!」

「まあ。というか、だいたい直せる。ペンとか、カバンとかも」

「お、いいね。俺のこの財布直してくれよ。ほら、カード入れる部分ちぎれかけたんだよね」

「いいよ、『直れ』」


 小さく光に包まれると、慎也の財布はあっさりと壊れたところが修復された。


「めっちゃ便利じゃん」

「スマホとかはやらないからね。中身よく分からないから修復できる自信はない」

「いやー、それでもよ、それでも。今度うち来ない?ラケット一本フレーム折れててよ、使い物になんねぇんだ」

「めんどい」

「頼むよ」


 そんなやりとりをしていた時、再び圭のスマホが震えた。着信を見ると、やはり葛西だった。


「はいはい、無理ですよ」

『ヤバイぞ三鷹!部下の一人がゲロりやがった!大学に乗り込んでいく気だ!』

「は?……はぁ?」

「おい、どうしたんだ?」

『頼む、そっちで騒ぎが起こらないようにしてくれ!後生の願いだ!』

「……」

『おい、三鷹!聞いてるか!み……』

「くそったれめ……」


 隣ではてなマークを浮かべている慎也は、圭がなぜ暴言を吐いたか分かっていない。


「おい、何かあったのか?」

「ちょっと面倒なことになったから、先帰るわ」

「え、ちょっ、おい!」


 そばに置いてあった自転車を跨ぎペダルを踏む。頭の中で警察署と大学の地図を浮かべ、真田が通ってきそうなルートを予測。


 すぐに大学から飛び出した。




「おーい、圭!」

「慎也!?なんで来てるの!?」

「いや、なんか面白そうだったから」

「……」


 自転車を漕ぎながら、手で頭を押さえる。圭が魔術師と知ってから、ずっと慎也の目が期待に満ちているのだ。ロードバイクに乗る慎也を振り切るには、魔術を使わないと無理だ。


「はぁ……ほら、期待していた魔術だぞっと」

「え?あ、え?なんで?ちょ、ちょっと、圭!?」


 使ったのは土の魔術。アスファルトの慎也の自転車の部分だけ、後ろへと動かしたのだ。そのため、ベルトコンベアを逆走しているような状態になった慎也は、瞬く間に圭との距離を離されてしまった。


 慎也には申し訳ないが、巻き込むのはさらに面倒なことになりそうだった。



 しばらくすると、歩いていた真田を見つけた圭は、目の前でドリフトして自転車を止める。

 僅か数十センチのところまで迫っても、真田は微動だにしなかった。


「真田さん、あなた大学に乗り込もうとしましたね」

「だからどうした」

「迷惑って言葉、知ってます?」

「もちろん知っている」

「……まあいいです。警察署に戻りましょう。あなためっちゃめんどくさいんで」


 その言葉に、真田はギラリと目を光らせた。


「その言葉、聞き捨てならんな」

「はよしろ脳筋」

「っ、いいだろう、ここでもう一度貴様を……

「葛西さんに連絡を取って『上』とやらに連絡を入れます。暗殺者の仕事どころか、弱いものいじめをしているクソ上司って」

「……生意気な小僧め」


 真田も上司には逆らえないらしい。『重厳』は政府の走狗の一人であることは分かっている。どういう評価なのかは知らないが、効果はあったようだ。



 それから真田を急かして警察署に戻ると、四人の男たちが修練場で芋虫みたいに転がっていた。


「うわぁ……」


 ドン引きした目で横を見る。反省の色はない。むしろ彼らを問い詰めんばかりの形相をしている。そして、修練場の端に葛西がいたたまれない仕草で直立していた。


 骨の一本二本どころではない。唾液と血反吐が混じった吐瀉物が散らばっており、魔術でなければ確実に治らないような角度に折れた腕や足、口を大きく開けて舌を出した、一見死んだかのように見える男。

 なるほど、問題児だ。


 圭は何も言わずに治癒の魔術をかける。

 彼らのことは好きどころか嫌いだが、このままほっといたら死んでしまう。


 一通り治癒すると、四人のうち二人が身体を起こし、不思議そうに自分の身体を見回した。


「葛西さん、ちょっといいですか?」

「お、おう。なんだ?」

「彼を送ってきた上層部に、これまでの所業を報告してください。ランク6にどこまで効果があるかは分かりませんが」

「わ、分かった。それで解決するなら」


 睨み付けるように圭を見る真田を気にすることなく、圭は手を頭の後ろに組んだ。


「はぁ、これだから政府関連のことは嫌いなんだ。真田さん、あなた確か暗殺者に関連してここに来たんですよね。具体的には何をするんですか?」

「三鷹圭と協力して暗殺者を捕縛もしくは殺害せよ、という勅令だ」

「じゃあ、さっさと捕縛しに行ってください」

「場所も人も分かるわけないのに、どうやって「というか、僕について来ない時点で捕まえる気ないですよね」


 真田は押し黙った。実際、圭の言う通りだからだろう。そしていつもの通り圭を睨んだが、それに圭は怯まない。

 別世界でも真田は強者として通用するだろうが、残念ながら真田程度の実力者なら掃いて捨てるほどいる。それらに比べたら、真田の威圧は大したことはない。


「これだから脳筋どもは……」


 圭がそう言うのも仕方のないことなのかもしれない。学歴以前に、教養がない。例えば、「タイマン」(一対一の喧嘩)という言葉を覚えた中学生が、そのまま大人になった感じ。もっと言えば、ワガママな小学生とも言えるかもしれない。


 神城学園に通えば、集団生活が身につくためまだマシなのだが、いわゆる野良は、力は強くても協調性やら頭脳やらが足りない。


 護衛業に就くと、上流階級に関わるため大それた行動は自然となくなるが、自由すぎるランク6はそれすらないらしい。


「そういうわけで、厄介ごとを起こさないでくださいね」


 圭は舌打ちをして警察署を出ていった。






 警察署を出て、すぐに琴桐家へ戻り七琴学園に向かう。すでに楓は授業は終わっているらしく、校門に立って話をしていた。


「あ、護衛さん護衛さん!ちょうどいいところに来たのです」

「ん?美波ちゃん?」

「楓先輩をいじめるのはやめてほしいんです」

「イジメ?なんのこと?」

「しらばっくれても無駄です。毎日楓先輩に魔術をぶつけてるという話は聞いているんです」

「はぇー、うんうんそれで?」

「だ、か、ら!いじめるのはやめてほしいんです!」


 どうやら最近楓への特訓を厳しくしていたのを愚痴ってしまったらしい。それで美波が腹を立てているようだ。


「大丈夫ですよ。死にませんって」

「死なないって!それ、半殺しって意味です!?」

「だってそうしないと意味ありませんから。楓からも何か言ってくれる?」

「そうね……しんどいのは確かだけど、不満しかないけど、死にそうなのも確かだけど、なんとか耐えてるわ」

「文句ばっかです!?」

「うまくいけば魔術使えるようになるから、それまでの辛抱だね」

「魔術……自衛のためにも必要……かといって、これは横暴です!」

「ここでやめたら今までの成果が無駄になる。大丈夫、死にはしないから」

「はわわっ!?」


 ニコニコ圭が説明する隣で、楓が死んだような目で空を見上げる。精神的に相当クるようだ。

 ただ、圭としても早く魔術を使えるようになってもらいたい。それは楓の目標だけではなく、圭も必要性を感じているからである。


「行くよ楓」

「ええ、分かったわ」

「じゃ、美波ちゃんまたね」


 車の窓越しに手を振る。不機嫌そうではあるが、手は振り返してくれた。




「楓、メンタル大丈夫?」

「最近勉強に身が入らないの」

「……それは困るね」


 最近まで成績がゴリゴリ上がっていった楓は、優秀な七琴学園でも一桁を連続で取った。模試でも合格ラインにギリギリ到達している。だが、ギリギリだ。特訓が原因で成績を落としては元も子もない。


「じゃあ、入試が終わるまではやめとくか……」

「ダメ、やるわ」

「え?」


 バックミラー越しに楓を見る。目は死にかけてはいるが、完全には死んではいない。


「最近、前よりも痛みが和らいでる。圭の言う、魔術の局所集中ができてきたのかもしれないわ」

「うぇ、早っ!……あの短時間で……いや、精神的な問題か?幼少期よりすぐに身につけられる可能性はあるか」


 しばし車を運転しながら頭を巡らせる。この調子なら、卒業どころか、入試前に魔術が使えるようになる可能性もある。

 他にもさまざまな要因やスケジュールを加味しながら、魔術師の計画を立てていく。


「分かった。なら、そろそろ次のステップに移ろうか」




 そして夜。二人は道場に立っていた。端には米田が立って観察している。米田も魔術を使えるようになるまでの工程は気になるようだ。圭が棒を持っているのを見て察したらしい。


「じゃあ、これからは僕と戦ってもらうよ」

「圭と?なんでかしら」

「魔術による局所身体強化を、楓は僅かながら習得できた。それをさらに成長させるように、かつコントロールできるようにするため。棒で攻撃したところを身体強化で守るようにするんだ。でも全身にかけるのはなしだからね」

「む、難しいこと言うわね」

「まあ、アザだらけになっても魔術で元通りだから」

「やっぱり、痛いのね……」


 どうやら痛いのは変わらないらしい。護衛に痛めつけられるというのも変な話ではあるし、勉強も集中して継続できるかも分からないが、圭の言葉なら信頼できる。


 楓はそれだけは確信していた。






 ----------------




 翌日。


「なあなあ、昨日のなにしたん?」

「ん?魔術」

「いや、そうじゃなくてだな」


 慎也が若干怒り気味に圭に詰め寄る。どうやら昨日のことを根に持っているらしい。


「どんな魔術を使ったんだよ」

「えーっと、アスファルトを動かしてベルトコンベアみたいにした」

「な、なにぃ!?っ……」


 思わず声を上げてしまった慎也は、慌てて口を塞いだ。キョロキョロと周囲を見渡すが、一度こちらを見てからすぐに元に戻る人が大半だった。


「な、なんて魔術を使うんだ」

「そんな大したことないって」

「違うわ!なんて無駄な魔術だって言いたいんだよ!」

「便利でしょ」

「便利……いや、便利だけどよ」


 いくら漕いでも進まない自転車。ある意味恥晒しである。慎也はあの後、諦めて自転車を降りていた。


「魔術って、他の人にバレたら面倒じゃん。バレない程度に使うのがミソだ」

「なんかさ、もっとこう、詠唱して、派手にバーーンってやる魔術を期待してたんよ。それが自転車を進めなくするように地面をちょっと動かす魔術なんて、期待外れじゃん」

「便利だぞ、こういうの」

「ロマンがねぇんだよ、気付けよ」

「そうか?」


 ド派手な魔術を使うよりも、小さな魔力で相手を翻弄する方がロマンがある。そう考えている圭は、どうやら慎也とは考え方がズレているらしい。


 それからも魔術を強請る慎也に雷魔術でスタンガンをかましてやると、簡単に意識を飛ばしてしまった。それを見て慌てて治癒魔術をかける。


「で、電気やば……」

「あー、うまく調整するのが難しいんだよ」

「でもよ、回復するやつ便利だよな」

「まあ、これがなきゃ十回は死んでるね」

「圭、何やってるんだホントに……」


 呆れ顔で圭を見るのだが、本人はなんでもないかのように振る舞う。死んでるなんて平気で言われてもかなり困る。そんな困惑を露知らず、そろそろ帰ろうかと伸びをした時だった。



「あ、電話」



 番号は米田を示していた。何か変なことがあったのだろうか、なんて考えながら通話ボタンを押した。



「もしもし、米田さ……」

『おい三鷹!大変だ!楓さんが、拐われた!』

「……は?」


 考える間も無く、圭は走り出した。

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